第26話 錬金術師は神に同情する
女の名乗りは、概ね予想の範疇であった。
神格であるのは把握していた。
纏うオーラを見ればすぐに分かる。
人間には存在しない神気である。
守護神という役職までは知らなかったものの、類似する立ち位置だとは思っていた。
守護神の佇まいは、使命を背負う者のそれだ。
自らを正義だと疑っておらず、こちらを悪だと断じる批難の目をしている。
飽きるほど向けられてきた感情だ。
故に何も思わない。
欠伸を洩らす私は、前髪を軽く払った。
首を鳴らして尋ねる。
「それで? 守護神が私に何の用だね。暇な身分でもないだろう」
「くっ……」
不快そうに眉を寄せた守護神が唇を噛む。
ただ、いきなり仕掛けてこようとはしない。
内心を抑えつつ、彼女は答えを述べた。
「貴方にこの国からの退去命令を伝えに来ました」
「何」
私は動きを止めて訊き返す。
守護神は堂々としていた。
毅然とした口調で話を続ける。
「他の守護神と協議した結果、決まったことです。異論は許しません」
現代の神々がどういった構図なのかは知らないが、守護神とやらは複数いるようだ。
この国だけで複数いるのか、それとも他国の守護神と協議したのか。
多少の興味が湧くも、ここで解消したいほどではない。
何より、目の前の守護神の態度が気に入らなかった。
私は深々と嘆息する。
目覚めてからは愉快なことばかりだった。
いつの時代も、神々は私の機嫌を損ねたいらしい。
「今まで私を放置してきた癖に、今更そんなことを言うのか」
「貴方の覚醒は、最初の段階で察知しておりました。ここまで接触してこなかったのは協議が長引いたからです」
守護神は調子を崩さずに反論する。
その協議とやらも、どうせ大半が愚痴や文句だろう。
神々は基本的に傲慢で、自分達が最上の存在だと勘違いしている。
私が目覚めたことは、さすがに感知していたはずだ。
こちらの行動を黙認していたのは、協議のせいではない。
単純に私の殲滅対象になりたくないのだろう。
一部の賢い神は、関与しないことが最も安全だと知っている。
「命令を無視するのなら容赦はしません。全力で排除します」
「ほほう」
黄金剣を構える守護神に、私は嘲笑を深める。
なんとも珍しい反応であった。
神格にしては面白いくらいに勝ち気だ。
緊張は感じられるものの、私を本気で排除するつもりらしい。
万に一つでも勝ち目があると思っている。
(何か勝算でもあるのか?)
ここまで自信を見せ付けられると、気になってしまう。
もし勝算が存在するのなら、是非とも披露してほしかった。
色々な予想をする私だったが、ふと別の可能性に気付く。
確認のため、守護神に質問を投げかけた。
「君、年齢は?」
「何ですか」
「だから年齢だよ。神になってどれくらい経ったのかな」
私は重ねて問いかけた。
質問の意図が読めないのか、守護神は難しい顔で思い悩む。
やがて渋々といった様子で彼女は答えた。
「千五百歳です……それが何か?」
「やはりそうか」
私は手を打って笑う。
漠然と感じていた違和感が解けた。
同時に微かな期待は消え去り、冷ややかな気分が訪れる。
腕組みをした私は、同情を含む視線を守護神に向けた。
「気の毒に。君は鉄砲玉にされたようだ。だからと言って、手加減するつもりはないがね」
守護神は、私が休眠する間に神となった。
つまり活動期の私を知らない。
古参の神々から概要は聞かされているだろうが、正確な情報を把握していない言動が目立つ。
誤った情報を教えられたか、或いは風評を過大評価だと見たか。
どのみち私の力を甘く見ている。
古参の神々は、あえて傍観しているのか。
この幼い守護神をぶつけて、私の反応を見定めるつもりなのかもしれない。
(もしかすると、女王との決闘から私の実力を勘違いしたのか)
守護神から感じる妙な自信について推測する。
あの時の立ち回りから私の力量を測ったのなら、とんでもないミスだ。
もっとも、訂正してやる義理もない。
私は両腕を広げて、七色に輝くオリハルコンを宙に浮かべた。
数千の粒に拡散すると、高速回転させながら守護神を包囲する。
守護神は今更になって狼狽えていた。
脱出しようにも、既に逃げ道はない。
私は憐れな神に宣告する。
「神の分際で私に命令するとはな。身の程を知りたまえ」




