第25話 錬金術師は不意の来客に応える
地図をなぞりながら思案していると、背後に微かな気配を感じた。
どうやら不埒な輩がやってきたらしい。
なんとも空気が読めないものである。
私は地図を元の場所に戻して屋根を改竄する。
足元一帯をオリハルコン製に変えて、卵の殻のように膨らませた。
一瞬で全方位を守る盾を形成する。
刹那、背後で金属音が鳴り響いた。
何かが盾にぶつかった音がして、オリハルコンが歪んで変色する。
破れそうになるも、この程度で破損しないことは知っている。
私は変色箇所へと手を伸ばした。
それに従って盾が変形し、槍のように伸びて相手を突き刺そうとする。
しかし、貫いた感触は返ってこなかった。
どうやら回避されてしまったらしい。
(素早いな)
私は盾を解除して屋根を元通りに戻す。
前方に白いローブを着込む女がいた。
手には黄金の剣を握っている。
あれで私に不意打ちを仕掛けたのだろう。
剣からは魔力とは異なる力を感じた。
私のよく知る反応である。
なんとも懐かしい感覚だった。
白ローブの女は奇襲の失敗に歯噛みしている。
再び攻撃をしようとして、悔しそうに中断した。
この状況から攻撃は成功させられないと悟ったのだろう。
まさしくその通りだ。
カウンターで彼女を塵芥にする自信があった。
私は悠々とスーツの乱れを直しながら話しかける。
「黙って近付くとは、いい度胸ではないか」
「……察知していたのですね」
「当然だろう。君達は自己主張が強い。神気で丸分かりだよ」
私は笑みを深める。
人間の中でも暗殺者として一流の者は、素晴らしい隠密能力を有していた。
私に察知されることなく、先制攻撃を浴びせてくるのだ。
あの瞬間の感覚は、なかなかに悪くない。
驚きと感心を同時に味わえるのだ。
退屈を相殺する素晴らしい体験である。
そもそも私の感知能力は大したことがない。
よほど警戒していない限り、出し抜くことは難しくなかった。
それにも関わらず、白ローブの女は奇襲に失敗した。
まだまだ技量的に拙い証拠だ。
力に頼り切っているのが見え透いていた。
私は足元の屋根を端まで改竄し、オリハルコンの流体金属に仕立て上げる。
そこにさらなる加工を施して、対神の力を宿した。
艶やかな金属光沢に七色の輝きが灯る。
これを散弾のように解き放てば、大抵の生物を瞬殺できる。
目の前の女も例外ではない。
彼女が指先一つ動かす間に、全身を蜂の巣にしてやれる。
「私の考え事を邪魔する君は誰だ。名乗りたまえ」
冷ややかに尋ねると、白ローブの女は息を呑む。
沈黙が続くこと暫し。
とうとう観念したのか、女は構えを解いて口を開く。
「――武と繁栄を司る神。そして、この国の守護神を担っています」




