第23話 錬金術師は女王と再会する
三日後。
城で退屈していた私に、女王が目覚めたという報が入ってきた。
さっそく私は一人で向かう。
本当は所長を連れていくつもりだったのだが、彼が胃痛を訴えたので休ませることにしたのだ。
もちろんすぐさま治癒したものの、体調は改善しなかった。
おそらくは精神的な部分が要因かと思われる。
仕方がないので安静にさせている。
所長も私が蘇ってから気苦労が絶えないのだろう。
いつも具合が悪そうにしていたのでよく知っている。
諸々を鑑みて、この辺りで休んでもらうべきである。
彼には今後も尽力してもらう予定なのだ。
私の前ではすっかり大人しいが、所長は野心の強い性格で有名らしい。
前々から何かと策略を巡らせており、ライバルとなる者達を蹴落としていたそうだ。
そんな所長にとって、私との出会いは運命だろう。
私のそばにいれば、彼は自動的に出世できる。
金と権力を狙う所長からすると、悪い話ばかりではないのだ。
本人もきっとそれを察している。
だから自分に言い聞かせて、一貫して従順な態度を取っている。
健気な姿には、さらなる試練を課したくなってしまう。
所長の慌てる姿を想像しつつ、私は城内を移動する。
すれ違う使用人や兵士は、その都度パニックに陥っていた。
貴族などは血相を変えて逃げ出す。
私の存在は知れ渡っているらしい。
礼を欠いた反応であるが、妙な人間に絡まれずに済むのは楽だ。
女王の側近が、私に接触しないように厳命しているのかもしれない。
賢明な判断である。
万が一にも喧嘩が発生すれば、余計な問題が起きる。
私の匙加減で、この城が消滅する恐れもあった。
もちろんそのようなことをする気はないが、人間からすれば私は真正の怪物だ。
過度に恐怖するのも当然の反応だった。
(もう少し歩み寄ってくれてもいいのだが……)
きっとそれも難しい。
このようなことを真剣に考えるのは初めてで、どうしたものか分からない。
そろそろ真面目に対策を検討すべきだろうか。
考えているうちに、目的の部屋に到着した。
扉の前には数人の衛兵が控えている。
彼らは私を目にした途端に身構えて、銃を手にしようとした。
しかし寸前で堪えてみせると、無言で道を開けた。
衛兵の真面目な仕事ぶりを褒めながら、私は入室する。
簡素な一室には、ベッドに横たわる女王がいた。
傷は綺麗に治っている。
彼女の持つ再生能力によるものだろう。
目を開いた女王が上体を起こしてこちらを見た。
私は微笑んで挨拶をする。
「おはよう。今日はいい天気だな」
私はテーブルの瓶に添えられた花に触れる。
硬い割れるような音を立てて、茎から花が変質していった。
あっという間に鮮やかな色合いの宝石になる。
私はそれを得意げに示すと、窓際に寄りかかりながら女王に告げる。
「宝石の花だ。遠慮せずに受け取りたまえ」
「…………」
女王は浮かない顔でじっと私を注視する。
あまり喜んでいない様子だった。
不思議に思った私は尋ねる。
「どうしたのだね」
「……寝込んだ余を、嘲笑いに来たのか」
女王は憮然として様子で言う。
ため息を洩らした私は、大げさに肩をすくめた。
「臣下が主君の身を案ずるのは、当然の行為だと思うが?」
「お主が余の臣下……」
「決闘の決まりだろう。気絶して忘れたのかね」
かなりの激戦で、当時の女王は意識が朦朧としていた。
記憶が混濁しているのかもしれない。
そう思った私は改めて女王を称賛することにした。
「君の健闘ぶりは、どれだけの言葉を以てしても表現し切れない。末代まで誇るといい。この私――原初の錬金術師に勝ったのだからね」
「敗者とは思えない態度だな」
女王は苦笑いする。
我ながら陰気な言動は似合わないのだ。
瓶から宝石の花を取ると、それを女王に押し付けながら告げる。
「詳しい契約は後日で構わないが、私は君の部下になった。手駒として遠慮なく使いたまえ。ただし、世界を滅ぼすような命令には従えないがね」
「……世界を滅ぼすつもりはないが、従えない理由を聞きたい」
「私は人類を愛し、世界を育むと決めた。どちらも戦争を通して進めようと思う」
現代を見聞きして辿り着いた考えを披露した。
さぞ感心されると思いきや、女王は妙な表情だった。
信じ難いとでも言いたげである。
「正気か?」
「もちろんだとも。私は有言実行を信条としている。ああ、安心したまえ。私が全力を出すことはない。君との決闘と同様にね」
私はウインクを以て答えて、踵を返して部屋の出入り口へと向かった。
今のうちに話すことはこれくらいだろう。
女王もまだ休んでいたいはずだ。
せっかくの時間を邪魔するのも申し訳ない。
扉に手をかけた私は、そこで振り返って女王を見やった。
怪訝とする彼女に助言をする。
「能力の性質上、私は防衛が得意だ。是非とも役立ててくれ」
「攻撃が苦手には見えないが」
「加減が難しいのだよ。少し間違えるだけで敵国が消し飛んでしまう」
「…………」
女王は顔に手を当てて唸る。
何かを悩んでいるようだ。
謁見の間で目にした、堂々とした姿とは若干異なる印象である。
こちらが素なのかもしれない。
「それじゃあ、これからよろしく頼むよ」
私はそれだけ言い残して部屋を立ち去った。




