第22話 錬金術師は決闘を振り返る
給仕の少女が部屋の端に退避したタイミングで、所長が新たな話題を切り出した。
「ルドルフ様は、その……怒っていらっしゃらないのですか?」
「私が怒る? なぜそう考えるのだね」
首を傾げて訊き返す。
なんともおかしな質問だった。
どうしてそのような考えに至ったのだろうか。
私に促された所長は逡巡する。
視線を彷徨わせるばかりで答えようとしない。
それほど言いにくい内容なのだろうか。
私が指で机を叩き始めると、所長は消え入りそうな声で述べる。
「決闘に負けたことに腹を立てるのではないかと思いまして……」
「ああ、そんなことか」
私は手を叩いて微笑。
ようやく所長の思考が読めたのだ。
言われてみればそのように予想するのも不自然ではない。
紅茶を飲んだ私は、諭すように説明をする。
「愚問だよ。怒るどころか感動している。条件付きとは言え、無敵に近い私をたった一人の人間が打ち負かしたのだ! これほど愉快なことはあるまい」
あれは真剣勝負だった。
女王は正面から私に傷付けて、絶望的な状況から勝利を掴み取った。
勝算こそすれど、結果に不満を覚えるはずがない。
あの瞬間の高揚は表現し難い。
当分は忘れないだろう。
悠久の時を生きていると、こういったことが起こるから面白い。
私は決闘において女王に敗北した。
それはただの出来事に過ぎず、何か変わるわけでもない。
我ながら勝利に固執する性質ではなく、むしろ過程を重視している。
此度の決闘は、私の汚点ではない。
女王の勲章と評すべきだろう。
ちなみに地面を改竄して生み出したオリハルコンは残らず女王に提供した。
私に勝利した以上、それくらいの報酬は必要だろう。
現代における稀少性はそれなりにあるはずだ。
女王もきっと喜ぶと思う。
私は葉巻を取り出して吸う。
今日は気分がいい。
後で晩酌でも始めようか。
適当な人間に頼めば、準備くらいはしてくれるだろう。
私は紫煙をくゆらせる。
紫煙は不死鳥の形を取り、羽ばたきながら室内を旋回飛行する。
やがて薄れて霧散した。
一連の光景に見入っていた所長は、我に返って質問をする。
「では、本当に王国に所属なされるのですか?」
「もちろんだとも。私は約束を守る男だ。女王に忠誠を誓ってもいい」
私は笑顔で頷く。
葉巻を弄びながら所長に提案をした。
「彼女が目覚めたら、真っ先に挨拶へ行こうじゃないか。君も同席したまえ」
「しょ、承知しました」
所長は深々と頭を下げる。
なんだかんだで、彼との付き合いも長くなってきた。
私の同行者としては長命な部類だろう。
過去には、不快な言動を理由に消してしまうことが多々あった。
そういった面々に比べると、しっかりと空気を読めている。
所長には、今後も頑張ってもらいたいものだ。




