第20話 錬金術師は底力を目の当たりにする
足元からの攻撃に対し、女王は大胆不敵な選択をした。
すなわち左右の拳で槍を砕きながら、私へと一直線に突進してくる。
先端だけとは言え、オリハルコンが欠けるとは大したパワーだ。
普通は破壊自体は不可能なのだ。
それを素手で成し遂げるなど、才能の域を越えている。
しかし、さすがの女王も無傷ではない。
全身各所を槍に貫かれ、或いは抉られていた。
鮮血を飛ばし、激痛を堪えながら接近している。
オリハルコンは最高峰の素材の一つとして数えられる。
攻撃に使った場合、同格以上の防具でなければ防げない。
その常識を女王はあっけなく塗り変えてみせた。
感心する私だったが、女王の変化に気付いて注目する。
オリハルコンの槍で付いた傷が、次々と治癒し始めていた。
一歩進むごとに血が止まって無事な皮膚に覆われる。
(やはり再生能力か)
予想していた事態を前に私は納得する。
直接の改竄が効かなかったのも、この再生能力が原因だろう。
改竄した端から瞬時に治されていたのだ。
女王は、術による不可逆の変化すらも再生して打ち消していた。
再生能力を持つ相手とは何度も戦ってきたが、これほどの強度は稀である。
大抵は改竄の出力とスピードに抗えず、自慢の回復力を発揮できない。
気の遠くなるほどに長い人生を振り返っても、女王のそれは十本指に入るのではないか。
再生能力の一点に限って言えば、魔神すらも凌駕している。
(まさか、現代でそのような人物と会えるとはな……)
私は静かに感動するも、すぐさま我に返る。
気が付くと女王が目前にいた。
振り上がった剛腕が私に向けて放たれる。
無論、それを大人しく受ける私ではなかった。
地面のオリハルコンを液状にすると、目の前に持ち上げて盾にした。
水音を立てて女王の拳が埋まったところで、さらに絡め取って勢いを完全に殺す。
女王の拳は液状の盾を破れず、私の鼻先で止まっていた。
「くっ……」
女王は拳を引き抜こうとするも、オリハルコンはびくともしない。
既に液状化を解いて固定している。
純粋な破壊力では絶対に変形できない。
その間に私は、周囲に無数のオリハルコンの粒を浮遊させる。
青銀色をした粒は、豪雨のような密度で女王を囲う。
回避は不可能な配置にしておいた。
防御しようにも、オリハルコン製なのでそれも難しいだろう。
「……チッ」
女王は舌打ちした。
その場を離れようにも、片手が拘束されている。
さすがの彼女でも、私が固定したオリハルコンの塊は破壊できない。
「さあ、これにどう対処する?」
私は嬉々として両手を上げると、一気に振り下ろす。
それに従って、オリハルコンの粒が女王へと殺到した。
短距離から加速して一斉に叩き込まれる。
その瞬間、鼓膜の破れそうな金属音が爆発的に連鎖した。
常人ならば肉塊に早変わりする。
神の使徒でも、魔力を込めて連打すれば殺せるような攻撃だ。
私はある種の期待を抱きながら結果を確認する。
拳を囚われた女王は未だに立っていた。
血みどろで全身が穴だらけだが、強い意志を感じさせる瞳を私を向けている。
身体の穴から、オリハルコンの粒がせり出て落下した。
硬い音を立てて地面を転がる。
(筋肉で押し出したのか)
魔力で瞬間的に肉体を強化し、ダメージを小さくしたらしい。
無理やりに防ぐのではなく、攻撃を受けた上での工夫だ。
なんとか即死を免れるように頑張ったようである。
その努力は素直に称賛したい。
女王は固定された手をオリハルコンから力任せに引き抜いた。
肉の千切れる音がして片手が現れる。
垂れ下がった手は、指が何本か無くなっていた。
皮膚と肉が裂けて骨が露出している。
血が滴ってオリハルコンの地面を汚した。
それらの負傷は徐々に塞がっていく。
欠損した指の断面も、肉が盛り上がって骨が伸びようとしていた。
再生能力が働いているのだ。
欠損も関係なく治せるらしい。
女王は荒い呼吸で踏み出そうとする。
しかし、膝から崩れ落ちて倒れた。
ついに限界が訪れたのだ。
再生能力の常時発動で消耗していたのだろう。
致命傷を何度も回復したのだから、その負担も大きい。
さらに私との戦いは、一瞬の油断が命取りとなる。
精神的な摩耗も無視できない規模だったに違いない。
「よくやったものだ。感激したよ」
拍手をしながら私は述べる。
女王は力尽きた。
殺すのは惜しいが、これは決闘だ。
止めを刺すのが務めだろう。
そこで私は、倒れ伏す女王の表情を見る。
彼女は、うっすらと笑みを浮かべていた。
再生しかけの手が上がり、私の足下を指した。
それに従って視線を落とす。
スーツの破れた右膝が、血を流していた。
オリハルコンの粒が刺さっている。
戦いの最中、自分が傷付かないように調整していたのに負傷していた。
つまりこれは、女王がやったのだ。
無数の粒を叩き込んだ際、そのうち一つを弾き飛ばしてきたのだろう。
「い、ちげき……いれた、ぞ……」
女王は呻くように言うと、気を失って脱力した。
私は膝の傷からオリハルコンの粒を引き抜く。
血に染まったそれを顔の前に持ち上げた。
「――上出来だ」
微笑した私は肩をすくめると、静かに粒を投げ捨てた。




