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第2話 錬金術師は遥か未来で目覚める

日間総合19位です!

ありがとうございます!

 無機質な音が脳内で反響する。

 微かに人の声もしたが、内容は聞き取れない。


 深い眠りから浮上していく。

 意識は徐々に明瞭なものとなっていった。

 五体の感覚がはっきりとしたところで、私は静かに目を開ける。


 私は円柱状の密室に座り込んでいた。

 床や壁や天井は鋼鉄製で、触れた部分が冷たい。

 加えてかなりの厚さがあるようだ。


 天井に近い壁の一カ所のみ、分厚いガラス部分が設けられている。

 その奥に白衣を着た人々が見えた。

 私を見下ろす彼らは何かに驚いている。

 ひたすらに喚いているようだった。


 耳を澄ますと声は聞こえた。

 しかし、肝心の内容が分からない。

 人々は未知の言語を使っているらしい。

 年月の経過で、新たな体系が生まれたのだろう。

 幾度も休眠した身としては、慣れた事態であった。


(この感覚……数百年は休眠したな)


 最低でもそれくらいで、おそらくはそれ以上である。

 少なくとも千年は過ぎたに違いない。

 休眠にしてはやや短かった。

 不自然な環境のせいで、眠りが浅くなったのかもしれない。


 考察を進めているうちに、私は自身が裸であることに気付いた。

 一糸纏わない姿を晒している。


(休眠前は、衣服を着ていたはずなのだが)


 それも朽ちないように加工した代物である。

 おそらく休眠中に奪われたのだろう。

 実行したのは、ガラスの向こうから眺める人々だ。

 まったく無礼で野蛮な連中であった。


 密室に裸で閉じ込められた私は、大勢の人間に見下ろされている。

 まるで見世物のような状態であり、実際にそうなのだろう。

 彼らからすると、実験動物に違いなかった。


(しかし、状況は読めてきたぞ)


 どこかの組織が、休眠していた私を発掘した。

 そしてこの密室に収容した。

 おそらく私の正体も分からず、観察と調査を続けているのだろう。

 ついに私が目覚めたことで、彼らは騒然としている。


 このような待遇は不愉快であるものの、私は寛大だ。

 本来なら大陸を丸ごと消し飛ばすところだが、特別に許そうと思う。

 賢者の提案で、人類を愛すると決めたのだ。

 少々のことで癇癪を起こしてはならない。

 紳士的な振る舞いが必要だろう。


 それにしても、世界は無事に再生を果たしたらしい。

 この空間は高度な文明を窺わせる。

 あちこちに魔術が使用されており、私の知るそれよりも遥かに発展していた。

 一見すると用途や効果の分からない術式も多い。


(――素晴らしい。再生どころか進化しているではないか)


 このようなことは初めての経験だった。

 休眠後の世界は、決まって衰退するからだ。

 私が滅亡寸前まで追い込むせいで、あらゆる文明が消失していたのだろう。


 ところが、今回はやりすぎなかった。

 他にも要因があるかもしれないが、とにかく世界はまだ見ぬ形へと変貌したのである。


 賢者の提案に従って正解だった。

 世界の可能性は未知数である。

 外に出れば、まだまだ発見がありそうだった。


 世界の再生を実感できたところで、私は思考を切り替える。

 さっそく行動に移りたかった。

 今度の目的は、世界を育むことである。

 そのための行動を始めようと思う。


 しかし、ここで私は大きな問題に直面する。


(そもそも、世界を育むとは具体的に何をすればいいのだろう?)


 定義が曖昧な表現である。

 賢者からは詳しい内容を聞いていなかった。

 彼女はとっくに死んでいるため、答えも確認できない。

 自力で結論を導かねばならなかった。


「ふうむ……」


 私は密室で考え込む。

 人々の視線を無視して頭脳を働かせた。

 今までの経験を基に、なけなしの推理を深めていく。


(世界を育むとは、すなわち発展に導くことだろう)


 今の状態が如実に物語っていた。

 あの滅亡寸前だった惨状から、世界はこのような文明まで進化した。

 まさに育まれた証拠だと思う。


 私はこの状態に介入し、より良い形にしたい。

 世界にさらなる飛躍をもたらせば、それは発展に貢献できたと言えよう。

 きっと賢者の提案にも沿う形である。


 これでひとまず定義付けは完了した。

 では次に、世界を発展させるには何が必要かを考えたい。

 私は過去の記憶を漁る。

 答えはすぐに見つかった。

 ある種の確信を得た私は、自らの閃きを言葉にする。


「――戦争だ」


 これは間違いない。

 戦争こそ、発展の象徴である。

 いつの時代もそうだった。


 憎き隣人を殺そうとする意志は、技術力の向上を後押しする。

 その果てに自滅が待っている時もあるが、今回は私が食い止めればいい。

 別に難しいことではなかった。

 国同士の喧嘩を仲裁するだけだ。

 交渉力には自信があった。


 戦禍を広げていくほど、争いに揉まれた世界は成長する。

 人類を愛しながらそれをこなすのは、きっと世界を滅ぼすより何千倍も難しい。

 だからこそ、やり甲斐がある。

 未知の経験は刺激となり、退屈を紛らわしてくれる。


 賢者の言っていたことがよく分かった。

 世界を育んで人類を愛するのは、退屈しのぎに最適であった。

 当分は熱中できそうな目標だろう。


(まずは世界の現状を知りたいな。情報が不足している)


 たとえば、この施設の責任者に相談してもいい。

 きっと私の求める情報を持っているだろう。

 懇切丁寧に説明すれば、力を貸してくれるはずだ。


 そうと決まれば、ここから出なければならない。

 いくらでも観察してもらって構わないが、私には私の目的がある。

 報酬も無しに居座る義務はないだろう。


「準備を始めようか」


 私は頭上を見上げて、ガラス越しに覗く人々に注目する。

 そうして彼らを逆に観察し始めた。


 人々の発音や口の動きから法則性を割り出し、そこに身振り手振りと表情を加味する。

 それに対する周りの反応も合わせて考察していった。

 あらゆる観点から理解を深めることで、私は彼らの言語を理解する。


 休眠のたびにやってきたことだ。

 流れはだいたい分かっている。


 やがて私は、彼らの言語を喋れるようになった。

 実際の会話から微調整するつもりだが、やり取りは既に可能だろう。


「さて……」


 立ち上がった私は、次に壁や天井に目を向ける。

 そこに張り巡らされた術式を認識して、大まかな構造を理解した。

 私を閉じ込めるための策が何重にも施されている。


 術式はやはりよく考えられていた。

 私では同様の型を思い付けないだろう。

 それだけの発想を持ち得ないからだ。


 魔術は時代と共に進歩してきたらしい。

 人類の成果を如実に表していた。

 この辺りは手放しで称賛したくなる。


(もっとも、肝心の性能には難があるようだが……)


 私は指先で壁に触れる。

 上の人々が騒々しいが、放っておいていいだろう。

 どうせすぐに黙ることになる。


 私は魔術を行使し、手近な術式を破壊した。

 術の効力は床や天井まで連鎖し、厄介そうな効果を残らず潰していく。


 最も堅牢な結界が破れた途端、けたたましい鐘の音が鳴り響いた。

 天井の照明が赤く明滅して異常事態を知らせている。

 どうやら警報が作動したらしい。

 残らず無力化したつもりだったが、遠隔で何かが発動したようだ。

 やはり現代の魔術は侮れない。


「改めて勉強し直すべきかもしれんな……」


 密かに反省しつつ、私は床に干渉する。

 足元が膨らんでせり上がっていった。

 私の身体は上へと運ばれて、あっという間にガラスの壁と並ぶ位置に到達する。

 その向こうにいる人々と目が合った。


 彼らはひどく仰天している。

 腰を抜かしていたり、必死に命令をしている者がいた。

 存外に愉快な反応である。


 軽やかに嘲笑いながら、私は目の前のガラスに触れる。

 性質を改竄すると、分厚いガラスが破裂した。

 飛び散った破片が人々に襲いかかって、さらなる混乱をもたらす。


 そんな中、私はガラスにできた穴を跨いで室内に入る。

 白衣の者達は一目散に逃げて、代わりに軍服姿の兵士が扉から現れた。

 彼らは扇状に私を囲うと、揃って奇妙な物を向けてくる。


(あれは何だ?)


 私は兵士の手元を注視する。

 構えているのは、鉄の筒に持ち手が付いた代物だ。

 内部に複数の術式が仕込まれており、どうやらそれは武器らしい。


 この時代の杖だろうか。

 それにしては術式の汎用性が低い気がする。

 もっと限定的な運用に見える。

 気になった私は質問することにした。


「あー、すまないが教えてくれるかね。それは一体――」


 遮るように轟くのは、無数の炸裂音だった。

 兵士達の持つ筒が火が噴いて、一斉に何かを飛ばしてくる。

 生憎と私の動体視力では追えなかった。


(まったく、困った連中だ)


 内心で嘆きつつ、私は周りの空気を改竄した。

 弾性を帯びた盾にすることで、飛んできた何かを受け止める。

 私は盾に食い込んだそれらを注視する。


 兵士から浴びせられたのは、鉛の粒であった。

 魔術による炸裂で飛ばしてきたらしい。

 先ほどの勢いを見るに、人間を殺傷できるだけの威力を秘めていた。

 微小な魔力でこれだけのことをできるとは、面白い工夫である。


「な、何が……」


「どういうことだ!? なぜ効かない!」


「まさか、無詠唱の魔術だと……っ」


 兵士達は唖然としていた。

 追撃するのも忘れて、宙に浮かぶ鉛玉を眺めている。

 目の前の光景が信じられないらしい。


 兵士達を動揺させたことに満足しつつ、私は片手を掲げた。

 そうして彼らに告げる。


「お返しだ。しっかり味わいたまえ」


 掲げた指を鳴らして、浮遊する鉛玉を反射させた。

 鉛玉を食らった兵士達は、血飛沫を散らして倒れる。

 防御できた者は一人もいなかった。


 今の反撃で死者も出たが仕方ない。

 私の質問を遮っていきなり攻撃してきたのだ。

 相応の罰は許容されるだろう。


 生き残った兵士も、私に反撃してこない。

 負傷した身体を庇って、次々と逃げ出していく。

 直前の応酬から勝てないと判断したらしい。

 その辺りの理解は早いようだ。


 私は室内に残る兵士のうち、両脚を怪我して動けなくなった者に歩み寄る。

 彼の前に屈み込むと、優しい声音で話しかけた。


「君、私に衣服を提供してくれないか」


「ひいいっ」


 兵士は泣きながら軍服を脱ぐと、床を這いずって部屋を去ってしまった。

 よほど私との会話が嫌だったらしい。

 別に怖がらせる気はなかったのだが、


 私は脱ぎ捨てられた軍服を着込む。

 似た体格の兵士を選んだので、大きさは特に問題ない。

 軽くて動きやすい良質な素材であった。


 ついでに私は、床に転がっていた筒の武器を拝借する。

 詳しい構造を知りたかったのだ。

 やはり外から目視するだけでは判然としない部分がある。

 筒の中を覗き込んだりしながら、私は武器を細部まで調べた。


(このような武器まで発明されているとは……)


 私は素直に感心する。

 試行錯誤から生まれる発想こそ、人類の本領だろう。

 弱い存在だが、故に侮れない一面を持つ。

 どのような時代でも、怪物を倒すのはいつも人間だった。


「私も殺されないように気を付けなければな」


 死を恐れなくなって久しいが、我ながら無敵ではない。

 いずれ私を脅かす傑物が現れるかもしれない。

 その時は楽しませてもらおうと思う。

 両手で筒の武器を解体しながら、私は死体だらけの部屋を立ち去った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんか、サンタナを目覚めさせてしまった ジョジョ世界のナチスドイツを 彷彿とさせる今話でした。 結城さんがこれまでに書いた 爆弾魔の物語も、 魔王になった賢者の物語も、 暗殺拳を使う武術…
[一言] 交渉力=暴力ですね!分かります!
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