第19話 錬金術師は女王を評価する
女王の大胆な攻撃が迫る。
彼女の蹴りは、並の大魔術より威力があるのではないだろうか。
一撃を当てるどころではない。
しっかりと私を殺しにかかっている。
なぜ女王をやっているのか甚だ疑問に感じてしまう。
(まあ、それはどうでもいいな)
私は思考を打ち切ると、女王の背後にて地面を隆起させた。
大蛇のような形状に仕上げて、横合いから彼女にぶつけて押し流そうとした。
本来なら、衝突するだけで人体が四散しかねない勢いだ。
しかし女王は、砂の濁流の中を突き抜けてくる。
蹴りの姿勢は崩れていない。
ただし、砂に呑まれたことで、勢い自体は削がれていた。
狙いもずれたらしく、突き抜けた蹴りが私のすぐそばを通過する。
こちらに向かって女王が手を伸ばすも、僅かに届かない。
私はウインクで応じる。
すれ違いざまに再び女王に術を使った。
彼女の存在がぶれるが、すぐさま元に戻る。
女王に変化は生じない。
(やはり無理か)
思った通りの結果だ。
明確に術を弾かれた感覚があった。
女王は能力的に相性が悪いようだ。
原因はいくつか考えられる。
こういった出来事は初めてではないが、とても珍しい現象であった。
まさかこのようなところで経験するとは思わなかった。
後方に着地した女王は砂を払い落とす。
彼女は不機嫌な心情を露わに話しかけてきた。
「本気を出していないな」
「当然だろう。私と君では次元が違う。出力の調整をしなければ決闘が成り立たない。理解していると思っていたが?」
「…………」
女王は不機嫌そうに沈黙する。
私の反論に言い返せない。
その通りだと分かっているのだろう。
確かに私は本気を出していない。
神々の軍勢すら単独で屠れるのだから、その気になれば女王の殺害など容易だ。
この大陸ごと消し飛ばして、数か国まとめて滅亡させることもできる。
さらに規模を拡大して多くの大陸を一気に蒸発させてもいい。
しかし、そのような決着は最も愚かしい行為であった。
はっきり言って馬鹿げている。
決闘に対する冒涜であり、獣の所業と評してもいい。
何より私が楽しめない。
だから今の状態は、手加減――或いは制限を自らに課している。
銃を始めとする現代兵器を装備したのもその一環だ。
我ながら空気を読めない性質ではある。
しかし、ここで決闘を台無しにするほど、ナンセンスではなかった。
現在の目的とも反しているため、絶対に本気を出すつもりはない。
それに女王のような人物は珍しい。
しっかりと殺し合いたいと考えるのは、自然なことだろう。
「安心したまえ。制限の範疇になるが、君の殺害に力を尽くすつもりだ。決闘を愚弄するつもりはない」
「そうか」
女王は素直に応じる。
漲る殺意は、先ほどの数十倍まで膨れ上がっていた。
彼女の足下が振動している。
放射される気迫が、物理現象にまで昇華したようだ。
彼女はプライドを傷付けられて怒り狂っている。
ただし、理性を失ったわけではない。
その双眸は、周到に私を観察していた。
どう仕掛けるべきかを常に考えている。
「ハァッ!」
間もなく女王は突進を再開した。
私は両手をだらりと上げて待ち構える。
(もう少し出力を上げてもよさそうだ)
そう考えて地面を改竄した。
今度はオリハルコンに変える。
辺り一帯の地面が青い輝きに包まれた。
オリハルコン特有の光沢である。
このオリハルコンと呼ばれる金属は、一般的な鉱石とは比較にならない硬度を誇る。
加工もしやすく、何かと使い勝手が良い。
一級品の武具を拵える際には必須の素材で、大半の神器にも用いられているほどだった。
現代における稀少性は知らないが、私にとってはちょうどいい素材という認識である。
そんなオリハルコンの地面を仕立て上げたところで、それをさらに改竄する。
刹那、青く輝く地面が幾本もの槍と化して女王に襲いかかった。




