第15話 錬金術師は王と出会う
扉の先には広々とした空間が広がっていた。
赤い絨毯が扉から奥へと一直線に続いている。
天井には色とりどりのガラスが使われていた。
金細工が施されており、柔らかな日光が室内を照らしている。
なんとも幻想的な光景であった。
室内の両脇には、兵士が向かい合って整列していた。
小銃を縦に持って直立不動だ。
総勢二百人くらいだろうか。
視線は向かい側の兵士を見ており、こちらには目を向けない。
ただし、私に対する恐怖や怒りはひしひしと感じられた。
それを精神力で懸命に抑え込んでいる。
室内の奥には、魔術のヴェールがかけられていた。
風もないのに絶えず揺れている。
ヴェールの向こうに誰かが座っているが、その姿は窺えない。
単純な防御能力に加えて、ヴェールには認識阻害の効果もあるらしい。
総じて見事な空間を前に、私は軽く拍手をする。
「いい部屋じゃないか。私室にしたいくらいだ」
その途端、兵士達の怒りが増幅する。
殺気に近いものも少なくなかった。
私の言葉がよほど頭に来たらしい。
ついには兵士の一人が、絨毯の上に進み出る。
彼は顔を赤くして私を睨むと、怒声を響かせながら銃を構えた。
「貴様! 王を前に何を――」
「少し静かにしてくれないか」
私は遮るように言って指を動かす。
怒鳴る兵士の口がぴたりと塞がった。
唇が溶けて境目がなくなる。
「――! ――、――ッ!?」
その兵士はこもった叫びを上げる。
塞がった口を触りながらパニックに陥っていた。
他の兵士達は、その様を目にして驚愕する。
「無粋な口を閉じてもらったよ。手術すれば外れるから安心したまえ」
私は唸る兵士に歩み寄り、肩に手を置いて告げる。
兵士は泣きながら銃を押し付けてきた。
私は慈悲深い顔でそれを見つめる。
そこで他の兵士達も我慢の限界に達した。
彼らは素早い動きで私を包囲すると、遠巻きに銃を向けてくる。
なぜか所長も一緒に銃を向けられていた。
所長は頭を抱えて蹲る。
私は悠々と兵士達を見回し、笑みを湛えて言う。
「おっと、これは手荒な歓迎だな。現代の流行りなのかね?」
私の皮肉に大きな反応をする者はいない。
ただ殺意が強まるだけであった。
ほんの少しのきっかけで、一斉射撃が起きるだろう。
私は勿体ぶるようにスーツの襟を正す。
兵士達を一人ひとり見つめながら、用件を発表した。
「私は話し合いをしに来た。しかし君達が戦争を望むのなら、それでもいい。我々のコンビネーションを披露してやろう」
「ちょっ、あ、えっ!?」
所長が顔を上げた。
彼はあちこちに視線を泳がせて、口を無意味に開閉する。
私の発言に異議を唱えたいようだ。
しかしそれは、私との敵対を決定付ける。
味方ではないとなれば、一瞬で肉塊になるかもしれない。
きっとそう思ったはずだ。
自らの命が惜しい所長、発言すべきか否か迷っている。
兵士達も互いに視線を交錯させていた。
揃って険しい表情だ。
私の銃を向けた状態で固まっている。
ここで動き出せば、きっと取り返しの付かないことになる。
室内の誰もがそれを予感していたことだろう。
そんな時、凛とした声が響き渡った。
「戦争は行わぬ。こちらも話し合いを望んでいる」
声のした方角は、ヴェールの向こう側である。
私は笑みを消して尋ねる。
「国王かね」
「そうだ」
肯定の声がした。
ヴェールは静かに揺れ続けている。
謁見の間に沈黙が訪れた。
誰かの息を呑む音や、些細な呼吸音もはっきりと聞こえる。
腕組みをする私は嘆息を洩らした。
「交渉相手とは顔を合わせたい主義なのだが」
兵士達の緊張が頂点に達した。
刹那、魔術のヴェールが薄れていく。
玉座に座る人物が立ち上がり、絨毯を歩き進む。
やがてヴェールが完全に消え去った。
現れたのは、赤いドレスを着た美女だった。




