第11話 錬金術師は軍を蹂躙する
私の言葉に所長は逡巡する。
彼はバックミラーでこちらを窺いながら口ごもる。
「いや、でも、さすがにこれは――」
「やれやれ、君は学習しない男だな」
嘆息した私は、座席に深く腰かけた。
バックミラー越しに所長を見つめ返す。
「私が進めと言ったのだ。従った方が賢明だと思うがね」
「し、しかし……」
所長はそれでも躊躇う。
軍隊に直進するほどの勇気はないらしい。
仕方がないので、私は彼を応援することにした。
「まあ、無理強いはしないさ。君を粉末状に加工してから、私が運転するという手もある。好きに選ぶといい」
「加速しますっ!」
悲鳴のような叫びを上げて、所長がアクセルを踏み込んだ。
車両が低く唸りながら爆走する。
揺れが強くなったが、その分だけ加速していた。
「ははは、それでいい。やればできるじゃないか」
私は脚を組んで拍手をする。
所長は肩で息をしていた。
よほど集中しているのか、こちらの言葉に反応しない。
一方、軍隊にも動きがあった。
居並ぶ兵器のうち、砲身を抱えた金属車両がこちらに狙いを定める。
それに気付いた所長が戦慄する。
「せ、戦車が稼働しています! このままだと砲撃が……っ!」
間も無く戦車が火を噴いた。
高速で迫る砲弾が、魔術的な推進力を得て突き進んでくる。
螺旋運動も込められており、貫通力も高まっているようだ。
(いい一撃だ)
胸中で評しつつ、砲弾の軌道を歪ませる。
私達の車両に触れる寸前で旋回させると、そのまま軍隊へと返してやった。
砲弾が戦車にめり込み、大爆発を起こす。
近くにいた兵士が即死した。
大地が抉れて土煙が舞う。
遠目にも血飛沫が確認できた。
「ミサイルを防ぐ男が同乗しているのだよ。何を恐れる必要がある?」
「あ、ありがとう、ございます……」
所長がなぜか礼を述べる。
口角が引き攣って、ぎこちない笑みになっていた。
砲弾の炸裂によって、軍の陣形が大きく乱れている。
もはや統率をとることは困難だろう。
しかし、ここで逃げ出すような臆病者の集まりではなかったらしい。
生き残った兵士達が、無秩序に銃を乱射してくる。
「わ、わわっ!?」
所長のハンドル捌きが荒ぶるも、車両は弾丸を弾いていた。
車内の私達が傷付くことはない。
「車体の素材を一時的に改竄した。たとえ神器だろうと打ち破れないよ」
「なる、ほど。そうでごさいますか……ははは」
所長が乾いた笑いを洩らす。
少しやけになっているようだった。
その眼差しが、若干の現実逃避を始めている。
軍は既に壊滅状態だが、生き残りが果敢に攻撃を続けていた。
ただし先ほどの被害を繰り返したくないのか、さすがに砲撃はない。
徐々に縮まる距離を確かめて、私はふと呟く。
「今度は我々から攻撃してやろう」
言い終えるのに合わせて、車のそばを突風が吹き抜ける。
それは砂塵を舞い上がらせて、渦巻きながら進みだした。
急速に規模を拡大し、ついには竜巻となって軍を呑み込む。
竜巻はその場に停止して、彼らを蹂躙していった。
大型兵器も無差別に浮かび上がって、外側から解体される。
何もかもが粉砕されて暴風に囚われていた。
「うおぉっ!?」
竜巻を目撃した所長が慌てて停車させる。
まだ距離はあるが、驚いた拍子にブレーキを踏んでしまったようだ。
兵士達は上空で回転している。
何か喚いているものの、この距離では聞こえない。
「いい光景だ。君もそう思わないかね?」
「あ、あぁ……神よ」
所長は呆然としている。
神に祈っているようだが、残念ながら神は人間の味方ではない。
それに私が殺し回ったせいで、世界を管理している暇はないだろう。
現代の状態は知らないが、目覚めた私に干渉してこないことから、きっと忙しいのだと思われる。
無関係な思考を打ち切った私は、遠くの竜巻を眺めながら呟く。
「さあ、これで止めだ」
指を鳴らすと、竜巻が消失した。
兵士と金属部品が落下して、雨のように地面へと激突する。
兵士達は一瞬で肉塊となった。
金属部品の残骸は、轟音を伴って大地に突き刺さる。
生存者は、一人もいなかった。
「ふむ、敵は片付いたな。少し散らかってしまったが、気にせず進みたまえ」
「はい……」
車がゆるゆると発進する。
肉塊を轢きながら、金属部品を避けて道路を走る。
軍を叩き潰した私達は、引き続き城を目指して移動するのであった。




