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憎んでる?
恨んでる?
呪ってる?
そう聞かれても、なんだかよく分からないけれど
愛してる?
そう聞かれたら、三秒後に必ず肯定する。
わたしにとって、父はそんな人だった。
父はゆるやかに壊れていった、今ならそれがよく分かる。
少しずつ日常から離れていく母を目にしていく内に、彼もまた少しずつ、しかし確実に、何かを取り零していった。
そして最期の日、ぷつりと切れた。その音さえも聞こえた気がした。
あの後も彼が動いているのが不思議なくらいだ。
「バイオレット、お前はこの舞台の華であれ」
母の死をわたしたちは親子三人で背負っている。
父は仕事にのめり込み、兄は研究に没頭した。
誰もが必死に、痛々しく、目の前のものだけしか見えないように、努力した。他人にも、自分にも厳しく。
甘さの象徴のような優しい人は、もういないから。
不器用な家族だと思う。
でもわたしたちは頑張らなければならなかった。
死の悲しみを何かの糧にしなければ耐えられなかった。
「しかたない」
この言葉を何度繰り返しただろう。
いつだって何かを諦めてきたし、いつだって諦められた。
自分に厳しく甘さを捨てれば、父と、兄と、家族でいられる。会話が無くても、会えなくても、誉められなくても、家族でいられれば、それでよかった。だから、しかたない。
ちらりと、建物の隙間に森が見える。
「なにが仕方無いのですか?」
背後に立ったポーラにそう言われて、初めて口に出ていたことに気づいた。気が緩んでいる。情けなくて、また自分がひとつ嫌になった。
「なにが…なにが、かしらね」
「?」
「…なにもかも、かしら」
ぼんやりとした答えにポーラが困惑しているのを肌で感じたけれど、自分でもよくわからなかった。
諦めたものが多すぎて、繰り返した分だけ、考えることは放棄した。理由も、意味も、感情も、なにもかも。
「…お嬢様?」
優しい声で気遣ってくれるポーラ。優しいあたたかいポーラ。
返事を躊躇っていると、空気がしんとした。
わたしに話しかけてくれるのは、もうポーラしかいない。
ただの事実に、わたしは時たまひどく傷ついてしまう。
「わたし…」
「体調が優れないのでしたら医師をお呼びしますよ」
「ああ、それは駄目よ。医師になんてかかったら病名を付けられてしまうわ。医師にかからなければ、わたしは病気じゃないのよ」
「相変わらず医師嫌いですねぇ…なんだか心配ですしほんとにお呼びしますよ?」
「あは、心配してくれるのね」
軽口の中に嬉しい言葉があって、嬉しくて泣きそうになった。
大丈夫よ、ちがうのと笑うと、ポーラは口を尖らせた。じゃあなんですか、と。
「違うの、わたしあなたが羨ましいのよ」
いつも通り薄暗い部屋で冷めたお茶を見つめながら、わたしは酷い独白の口火を切った。二度と謝れないことが分かっていたら、絶対言わなかったのに。




