表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かくしごと  作者:
7/7

6


憎んでる?

恨んでる?

呪ってる?


そう聞かれても、なんだかよく分からないけれど


愛してる?


そう聞かれたら、三秒後に必ず肯定する。

わたしにとって、父はそんな人だった。




父はゆるやかに壊れていった、今ならそれがよく分かる。

少しずつ日常から離れていく母を目にしていく内に、彼もまた少しずつ、しかし確実に、何かを取り零していった。

そして最期の日、ぷつりと切れた。その音さえも聞こえた気がした。

あの後も彼が動いているのが不思議なくらいだ。


「バイオレット、お前はこの舞台の華であれ」


母の死をわたしたちは親子三人で背負っている。

父は仕事にのめり込み、兄は研究に没頭した。

誰もが必死に、痛々しく、目の前のものだけしか見えないように、努力した。他人にも、自分にも厳しく。

甘さの象徴のような優しい人は、もういないから。

不器用な家族だと思う。

でもわたしたちは頑張らなければならなかった。

死の悲しみを何かの糧にしなければ耐えられなかった。


「しかたない」

この言葉を何度繰り返しただろう。

いつだって何かを諦めてきたし、いつだって諦められた。

自分に厳しく甘さを捨てれば、父と、兄と、家族でいられる。会話が無くても、会えなくても、誉められなくても、家族でいられれば、それでよかった。だから、しかたない。


ちらりと、建物の隙間に森が見える。


「なにが仕方無いのですか?」


背後に立ったポーラにそう言われて、初めて口に出ていたことに気づいた。気が緩んでいる。情けなくて、また自分がひとつ嫌になった。


「なにが…なにが、かしらね」

「?」

「…なにもかも、かしら」


ぼんやりとした答えにポーラが困惑しているのを肌で感じたけれど、自分でもよくわからなかった。

諦めたものが多すぎて、繰り返した分だけ、考えることは放棄した。理由も、意味も、感情も、なにもかも。


「…お嬢様?」


優しい声で気遣ってくれるポーラ。優しいあたたかいポーラ。

返事を躊躇っていると、空気がしんとした。

わたしに話しかけてくれるのは、もうポーラしかいない。

ただの事実に、わたしは時たまひどく傷ついてしまう。


「わたし…」

「体調が優れないのでしたら医師をお呼びしますよ」

「ああ、それは駄目よ。医師になんてかかったら病名を付けられてしまうわ。医師にかからなければ、わたしは病気じゃないのよ」

「相変わらず医師嫌いですねぇ…なんだか心配ですしほんとにお呼びしますよ?」

「あは、心配してくれるのね」


軽口の中に嬉しい言葉があって、嬉しくて泣きそうになった。

大丈夫よ、ちがうのと笑うと、ポーラは口を尖らせた。じゃあなんですか、と。


「違うの、わたしあなたが羨ましいのよ」


いつも通り薄暗い部屋で冷めたお茶を見つめながら、わたしは酷い独白の口火を切った。二度と謝れないことが分かっていたら、絶対言わなかったのに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ