5
東屋を出て部屋に戻ると、扉の前にポーラが立っていた。今さらだけど、お付きを一人もつれずに歩くなんて我ながら伯爵家令嬢にあるまじき不用心さだと苦笑いする。
「あっお嬢様。戻られたのですね」
「ええ、ありがとう。部屋の前で何してたの?」
「これが届いたのでお持ちしました」
とりあえず入りましょうと部屋に入りながらポーラが差し出したのは、一通の手紙だった。
椅子に腰掛け裏の宛名を見ると、濃紺のインクでエリック・テイラーと記してある。
「遅いですよねぇ」
先にそう言って笑ったのはポーラだった。
まったくだわと答えながら、はてエリック様はどんな顔だったかしらと考える。思いだそうにも、頭の中は白銀の髪と鳶色の瞳でいっぱいで、すぐに塗り潰されてしまう。
とりあえず手紙は後で読もう。今はいいや。
「ポーラ、都の外に森ってある?」
「都を出たら森だらけですよ、お嬢様」
「あー…そうよね…」
「一番近いのは東の森ですかねぇ。ほら、遠くに少し見えますでしょう?」
ポーラが窓越しに指した方向をたどると、確かに遠くの建物の隙間からチラリと緑が見えた。今まで気にしたこともなかったけど、あれは森だったのか。
「そう…」
「森がどうかされました?」
「…なんでもないわ」
「そうですか…?」
平民だし、常識もないし、言葉遣いもなっていないし、あの様子じゃ女性の扱いも駄目だ。年齢は聞かなかったがどうせ年下だろうし、忠告したからにはまずもう二度と会わないだろうけどーーー綺麗な瞳と髪をしていたとは、思う。
それだけだ。
その日の晩、ベッドの上で手紙を開けた。
読みたくて手に取ったというよりは、暇でなんとなく封を開けた。紺色のインクが予想以上の密度で便箋の上で幅をきかせていて、なんだか読む前から面倒だった。
「…うわ」
そして中身も予想以上の暑苦しさだった。
詩的といえば詩的だが…貴族の恋文ってみんなこうだ。もったいぶっていて、自信満々で、回りくどい。そして長い。
昨日の夜会では焦らしすぎただろうか。読後の胸焼けがすごい。
「貴族…ね」
あの平民の能天気そうな不審者は、恋文なんて書くのだろうか。
全然想像できない。字が書けるかも分からないし。
というか恋とかしたことあるのかしら。平民の男と話したのなんて初めてだったけど…あれが普通?
「もやもやする!」
というより、時間差で少し腹が立ってきた。
夜会の華とも言われるわたしを前にして、あの態度はないんじゃないか。見惚れるなり、赤面するなり、もっと、なんか、あるだろう!あんなに女性の扱いをされなかったのは生まれて初めてだ。
ぼふっと枕に顔を埋める。
眠りに落ちる頃には、エリック様からの手紙の内容は一行も思い出せなかった。




