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ヴェルリーニ家には正門と裏門、二つの出入り口があり、その両方に高額で雇われた兵士が毎日24時間警備をしている。
「え、えぇ…なんか無視されている…」
一見、粗末な服と擦りきれた靴を履いた平民然とした能天気男だけれど…服の裾にナイフを持っているからもしれない。指先に毒を塗っているかもしれない。気を抜いては、いけない。手のひらが汗ばむのを感じた。
「あの…お邪魔したならすみません…僕、もう行きますね…。女の子に声掛けるなんて慣れてないことしたからこんな目に合うんだ…」
「えっ」
ああ、駄目だ。暗殺だとかスパイだとか侵入経路だとか危険な単語は脳裏を駆け巡るのに、いまいち緊張感が出ない。
考えてる間にも、白銀頭の男はとぼとぼ背中を向けて東屋を出ていくところだった。というかどこに行くつもりだ。
「ま、待って!」
「え!あ、あの、はいっ、待ちます!」
「…あ、ありがとう…?」
「いえいえ!全然!」
…ペースが崩れる。両手をぴしっと太股の横に伸ばして嬉しそうに待つ姿はなんだか犬のようだ。ぶんぶん揺れる尻尾が見える。
「とりあえず…名前は?」
「はい、ヒースです!」
「…家名は?」
「かめい…?」
嘘をついてる様子は無いように見えた。困惑したあと、よく分からないけどごめんなさいと呟いてしょんぼりしている。平民…孤児だろうか。
「じゃあ、あなたどうやってここに入ったの?」
そう訊ねると、ヒースはスイッと視線を反らした。分かりやすいことこの上ない。
「………………………どうやって、ここに、入ったの?」
「…………塀を…ヒョーイと…」
「…あの塀を越えてきたの…?あの高さを?嘘でしょう?見張りもいたはずよ!」
「怖いおじさんいっぱいいたので、隣のおうちの屋根からとんで…ああっごめんなさいごめんなさい!お城みたいだったから気になって!」
「………………………」
目の前で半泣きになっている男をまじまじと見る。この精神年齢でいままで逮捕されず生きてこられたのは奇跡ではなかろうか。
兵につきだそうか非常に悩む。不審者なのには代わらない。ただ、つき出せば拷問は避けられないし、場合によっては死罪もありうる。なんせ伯爵家への不法侵入だ。
「僕、今日きてばかりなんです。郊外の森の空き家に住んでるんですが…悪いことしたんですよね…本当にごめんなさい。もう二度としません…!」
ーーー死罪。その単語が脳裏で存在感を主張する。
どうしよう。どうしよう、どうしよう、どうしよう。
勇気が、出ない。だって拷問って、何されるの?
絶対絶対、痛いこと、されちゃう。
「…はぁ。約束よ」
ぱぁっと嬉しそうに笑う男に苦笑いをする。
長めの前髪から見えた瞳は、薄い薄い、鳶色だった。
わたしはこの場面を、あとあと何度も思い出すことになる。




