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ヴェルリーニ伯爵家には、兄テオドールと妹バイオレット、二人の子供がいる。テオドールはあらゆる最年少記録を塗り替えた神童として大人に持て囃されたが、その6つ下のバイオレットは運動も勉学もパッとしない地味な子供だった。
ただ、ひとつ救いだったのは、瞳と髪。
異邦人である父の黒髪と、美貌で知られた母の紫宝のごとき瞳は、ふたつとない特徴として人の目を引いた。
そんな幼いわたしに、父から掛けられた言葉はひとつだった。
「バイオレット」
父の堅苦しい言葉が好きじゃなかった。
額縁がついたような言葉には背筋が伸びるけれど、心臓が縮む思いがする。
「バイオレット、お前はこの舞台の華であれ」
だけどやるしかないのよね。
だってわたし、こんなことでしか親の気を引けないから。
「――行ってくるわ、ポーラ」
「はい、馬車でお待ちしております」
こんなときポーラは「頑張って」「楽しんで」「気を付けて」なんて絶対言わない。
わたしはそんなところが結構好きだけど、そう言えば本人に言ったことはないかもしれない。気が向いたら今度言ってみようかしらと思いつつ、馬車から出ていく。
もう振り返らないから、ここからのわたしは知らなくていいよ、ポーラ。
身体中に力を入れて、しなやかに階段を上る。ホールに近付くたび、溢れる光で紫のベルベットのドレスが鈍く艶を見せる。
少しずつ集まってきた視線と、息を呑む気配、熱の籠った空気。
きらびやかな照明や人々の存在を恐れたことは一度もない。この場所で恐れることはひとつもない。
「バイオレット嬢!」
「ごきげんよう、エリック様」
「今夜のドレスもお似合いで…あなたは変わらずお美しい」
「まぁ……ありがとう」
ポーラが選んだんだから当たり前でしょもっと言えなどとは、思っても決して言わない。ここでの「正解」は恥じらう慎ましやかな微笑。
「わたくし招待してくださったメアリー様にご挨拶してきますわね、ごめんあそばせ」
そして、引き。
この間口づけまでしたのだから、今回は思う存分モヤモヤとでもしておいてほしい。ダンスもするもんですか。
わたしにはなんとなく、「正解」が分かってしまう。
この舞台にわたしが合っていたのか、合わせたのか、今はもう分からない。
でも輝く術なら、手に取るように分かる。
「バイオレット様」「バイオレット嬢」「バイオレット様」…
わたしを呼ぶ声は絶えない。
平等に、優美に、圧倒的に、支配する。
華にはなれているだろうか。
わたしは咲けているだろうか。
いつまで咲いていればいいんだろうか。
いつまでこの色を纏えばいいのだろうか。




