序
バイオレット。
世の人々の網膜にその色を焼き付けた女の名前は、バイオレット・ヴェルリーニ。絹糸のような漆黒の髪とアメジストの瞳を持つ、ヴェルリーニ伯爵家の末姫。
「髪なんてね、風に揺れるたびシャラシャラ奏でるようだったよ」
「聞いたことだけ答えるように」
ピシャリと檻の外から言う看守の女の髪は、言っちゃ悪いが枯れ草のようだった。潤いも艶も、色の深みさえもない。その髪を見てバイオレットの美しさを思い出したんだと言ったら怒られるだろうな。
「それに」
女は鬱陶しそうに息を吐いた。冷々した空気が微かに揺れる。
「彼女の美しさなら、嫌と言うほど知っています」
宝石の輝きを持つ大きな瞳、それを彩る長い睫毛、色づいた唇に小さくも整った鼻。長い黒髪に娘たちはみんな憧れ、豊満な体つきに男たちはもれなく魅了された。
彼女の美しさは誰もが知る事実で、象徴の代名詞とも言える。『バイオレット』なんて絵本まで出版されている程だ。
バイオレット、肝心の君は知らないだろうけれど。
「そう、それはごめんね」
「…話を戻します」
女はひとつ改まって咳をした。
空気がピリッと強ばるのを肌に感じる。
この空気は好きじゃないな。ただでさえ真っ暗で黴だらけで辛気くさい場所なのに。
「質問です。答えは簡潔に。バイオレット・ヴェルリーニを殺したのはあなたですか?」
チャラ、と四肢に巻き付いた鎖が楽しげに鳴いた。
「はい」




