さよならyear
大野美里
年越しはいつも家族と一緒に過ごす。
みんなでこたつに入って、NHKで紅白を見ながら年越しそばを食べて、あと十五分程で今年も終わるという時間になれば、続けてテレビから聞こえるどこかの寺の鐘を聞く。
それで、あぁ、今年も終わるんだなぁって。
テレビの横に置いてあるデジタル時計が午前0時を示したら、今年も平凡でありますように、なんて願ってお風呂に入る。
それがいつもの私の、年越しスタイル。
クラスの友達は皆で近所の神社に集まってわーわーと騒ぎながら年を越すらしい。別に友達がいなくて誘われないから行かないわけじゃない、決して。
今日だって誘われたのだ、けれど寒いしわざわざ出向くのも面倒だと思って行かなかった。(薄情な奴だと思われたかもしれない)
そばもとっくに食べ終えて、テレビでは紅組と白組のどちらが勝つかというところだった。
たぶん、白組。いや絶対白組。そう思っていると、
『今年は……、紅組の勝利です!』
テレビからは私の予想とは違う声が聞こえた。
パンッと軽快な音をならして巨大なクラッカーみたいに舞台横から金銀のテープが飛んでくる映像が映る。
「今年は紅かー、まぁ白イマイチだったしなぁ」
パジャマ姿でみかんの皮を剥きながら、眠そうに呟くお父さんを横目に、私はため息をついた。
「美里、ため息はいかんぞ」
「今年もあと十五分だし、最後くらいいいでしょ」
私の中で例年の締めくくりである、紅白の賭け。最近紅組が勝ったときはズバリ的中させたのに、今年は後味が悪かったなぁ。
「ねぇチャンネル変えちゃダメ?」
すると二つ下の妹がそわそわしながらお父さんと私に聞いてきた。
「何で」
「他に見たいのがあるんだってば」
「ガキ使は却下」
ガキの使いシリーズは確かに面白いけれど、あれを見ていたらいつ年を越したのか分からない。だからどうしても見たかったら、毎年録画しているという友達の家に行って観る。
「違うよ」
紅白でもガキ使でも無ければなんだろう。毎年紅白しか見ていないから、他にどんな番組をやっているか忘れてしまった。
「……ジャニーズのカウントダウンライブ」
「「却下」」
「えー!」
お父さんと声を揃えて妹の意見を否定する。ジャニーズなんて全く、そういえば最近この子、部屋に山田なんちゃらのポスター貼ってたな。
「とにかく却下。うちではNHKの“ゆく年くる年”を見ます」
「そんなぁー」
「そんなに見たいならワンセグでもつければ?」
大画面で見たいのにぃ、なんてぶつくさ言ってる妹は、しぶしぶワンセグでジャニーズを見始めた。
「まぁそんな喧嘩せずに。はい、みかん」
キッチンからリビングへ戻ってきたお母さんが、かごの中に入れたみかんをこたつの上に置く。
「ありがと」
私もお父さんと同様、蜜柑の皮を剥きながらテレビを見ていた。
――ブー、ブー。
こたつの上にある私の携帯が揺れる。
「美里、電話だぞ」
「誰よこんな時間に、……って、綾瀬?」
着信の相手はクラスメイトの綾瀬カケルだった。
東堂めぐみ
クラスのみんなに、年越しのとき集まろうって声を掛けた。別にみんな一緒じゃなくて良かった。そうでもしないと多分、来ないと思ったから。
「寒い!」
学校の近くの神社に到着すると、既にほとんどの人が集まっていた。
「東堂、遅ぇ」
「ごめん、雪こんなに積もってると思わなくて」
家を出るまで雪が降っていることに気付かなかった。これじゃパンプスで来るのは絶対無理だと思って、急遽ブーツに合う格好に着替えた。だから集合時間に少し遅れてしまったのだ。
「つかそんな薄着してくんなよ、馬鹿じゃねぇの」
「馬鹿って何よ!」
「そのままの意味ですぅー」
――こいつ、本当ムカつく。
さっきから私に突っかかって来てる奴、クラスで一番ウザい男、武本航平。
今日だけじゃなくて普段から何かにつけて私の邪魔をして、今みたいな文句を言ってきたりする。本当、小学生かっつーの。
「何で大晦日までアンタの顔みなきゃいけないのよ」
「誘ったのはお前だろ」
「アンタは誘ってない」
「俺だってクラスメイトじゃねーのか」
「……もういい、アンタといたって疲れるだけだし」
ああ言えばこう言う、もう相手をするのも面倒になってきた。
というか私が今日クラスで集まろうって言ったのは、こんな奴との言い合いのためじゃない。
まだ隣でああだこうだ言ってる武本を無視して、その姿を探した。
綾瀬カケル
クラスの女子が集合をかけた大晦日。本来ならば家でゆっくり、出来れば、二人で年越ししたいと思っていた。
だが彼女はどうやら来ないらしい。そういえば毎年の年越しは家族で過ごすのだと言っていたな、とぼんやり考える。
自分から誘うのは無理だから、せめてクラスのみんなと一緒でいいから、同じ空間で新年を迎えたかった。
――自分で誘う勇気も無いくせに図々しいな。
はぁとため息を吐いたら、息は真っ白で、水蒸気となってすっと消えた。
「綾瀬君」
ビクッと肩を揺らす。背後から急に声を掛けてきたのは今日の集まりを呼びかけた東堂めぐみだった。
「……東堂さん、どうしたの」
雪も積もってとんでもないくらい寒いのに、上はコートとワンピース、下はタイツとブーツといった彼女の服装はある意味尊敬に値する。風邪引かないといいけど。
「向こう、行かないの?」
彼女の指差す方にはクラスメイトがわいわいと騒いでいる。
家でゆっくりしたかったのにわざわざ外に出て来たのは彼女に会えるかもと思ったからで、彼女がいないなら(言い方悪いと思うけど)こんなところに用はない。
「あー、うん」
「……もしかして年越しは家で過ごす派だった?」
図星だったから、ギクッとした。それから少しだけ、罪悪感。結果的には会えなかったとはいえ、東堂めぐみは彼女と会えるかもしれないチャンスを作ってくれたのだ。
感謝するべきなのかもしれない。
「いや、静かな方が良いだけ。ごめん、……ありがと」
「え、あ、うん?」
いきなり言ったものだから、東堂めぐみはなぜ感謝の言葉を述べられたのか分からないと言った様子だ。
「東堂さんが言ってくれなきゃ俺も来なかったと思う」
クラスの集まりが、例えば武本の声掛けだったら、俺はもちろん彼女も来るわけないと思ったし、どうせ集まるのはクラスでもよく騒いでる男子ぐらいしか集まらないだろう。
「だから、ありがとう」
彼女は来なかったけど、新年を迎える瞬間は一緒に過ごせないけど、会えるかもしれないと思うことが出来た。
「……ただ日付が変わるだけなんだけど、やっぱり今日は特別だと思うから。同じ瞬間を一緒に過ごせるだけで、ちょっとだけ幸せな気分になれる」
「うん」
そうだ。同じ瞬間を一緒に過ごすって、実際に会えなくたって出来るんじゃないだろうか。
ポケットの中にあるものを確認して、よし、決めた。
「ほら、みんなのところ行こう。あと五分だよ」
「ちょっと先行ってて」
「……いいけど、早くしないと日付変わっちゃうよ?」
「後で行くから」
せめて瞬間だけは、君と一緒に。
武本航平
あと五分もしない内に今年が終わるってのに、東堂がいない。
「ったく、どこ行ったんだよ」
元はと言えばアイツが声掛けしたくせに、本人がいないとあれば盛り上がりに欠ける。
――いや、ただ単に俺が面白くないだけか。
好きな子に嫌がらせしたり文句言ったり、自分でも幼稚だってことくらい分かってる。けどそれ以外にどうして良いか分からなくなって、きっと東堂には、“ウザい奴”なんて認識されているんだろうな。
「おーい、とーどぉー。どこ行った、……あ?」
向こう側から歩いてくるのは――俯いているから最初は分からなかったが――東堂だ。
「おい、お前どこ行ってたんだよ。迷子か? みんなもう向こうに集まって……」
いつもならすぐに言い返してくるはずの東堂がやけに大人しい。不思議に思って、俯いている東堂を下から覗きこんだ。
「お前……、泣いてんの?」
「……うるさい」
東堂の頬には幾つか涙が流れた跡があって、俺に言い返してきた声も心なしか震えている。
「何かあったんか」
「何も」
「何もなくてなんで泣いてんだよ」
泣いてる訳を俺には話してくれないのか。そう思うと胸が苦しくなって、いつも言い合いばっかりしてた関係が煩わしくて、自分が情けない。
「さっきまで綾瀬君と一緒にいた。私が誘ったから来たって言ったの。なのに、みんなのところ行こうって言ったら先行ってって、そしたら美里に、電話してて」
「……」
泣いてるせいで聞き取れないところもあったが、とにかく綾瀬がこの場にいない大野美里に電話したことがショックだったらしい。
長い人生で考えたらたった一回の、年越しだ。日付が変わるだけだ。今この瞬間だって、二十四時間営業のスーパーでレジ打ちしてる人もいれば既に眠って夢の中という人もいる。
でも高校生の内に体験出来る年越しってのは三回しかなくて、いつもと違って、世界中がざわめきたって、ちょっとだけ特別な感じがするときは、特別な人と一緒にいたいって思う。それはきっと理屈なんかじゃなくて、本能というか。
「あー、何つーか、上手く言えねぇけど」
ひっくひっくと泣き続けている彼女を見兼ねて、ガシガシと頭を掻いて、彼女を抱き寄せた。
「ちょっ」
「泣いて年越したってのも、後から考えたら良い思い出になってかもよ」
東堂を抱きしめた瞬間、時刻は午前0時を回った。
大野美里
『もしもし、大野?』
あと五分で来年が今年になる。私はテレビからどこか知らない寺の鐘の音を聞いた。それなのに綾瀬は、私に電話をかけてきた。
「どうしたの」
『あー、もうすぐ年越すね』
「うん」
――ゴーン、ゴーン。テレビの音。
そういえば電話の向こうからは雑音が聞こえない。
「……綾瀬、今外にいるの?」
『うん、ほら、クラスの集まり』
「綾瀬行ったんだ」
『大野は来ないの?』
「私は毎年家で過ごす派だから」
『そっか』
「……」
『……』
沈黙が流れる。でも不思議と嫌な静けさじゃなくて、どちらかというと神聖な感じの気分。
「もうあと一分だね」
デジタル時計が一定のリズムで秒を刻む。
『……明日さ』
「うん?」
『あ、もう、十秒』
「うわ。……ご、よん、さん」
『に、いち……』
「『ぜろ』」
デジタル時計が[12/31 23:59:59]から[1/1 0:00:00]に変わった。
「『あけましておめでとう』」
「……」
『……』
「ぷっ」
『ふ、はは』
ちょっとした間の後、ほぼ同時に吹き出した。
今年はいつもよりちょっとだけ良い年になりそうだ。




