刻印と陰謀
…まだ気持ち悪い。ちょっと動くだけで目眩もする。少しの間動かず、このまま休ませてもらおう。
そう考えながら横にいる後輩を見る。まだ生きてるよな?
「彼、かなり衰弱してるみたいですね?」
うお!いきなりドボルさんが現れた!いつの間に後輩の横でしゃがんでいた!?
驚いて飛び退こうとするが、目眩のせいで尻もちをついてしまった。
「こ…細かい説明は後で…。そいつは…私の前に来た例の…後輩君です。『刻印』のせいかは…判りませんが、死相じゃないかってくらい顔色が悪いんです…桜井先生に…クライさんに診てもらうことは出来ませんか!?…うっ」
…気持ち悪くてまた吐いてしまった。ごめんなさい、ドボルさん。土の栄養にでもしてあげてください。
でもおかげでかなり楽になった。
「胃液まみれの物はちょっと肥料には向きませんが…しかし、クライの件は承りました」
そう言うと、彼は軽々と後輩をお姫様抱っこで持ち上げ、スタスタ建物の中に入ってしまった。185の巨体をあんなに軽そうに…
俺もようやく立ち上がれそうなので、ドボルさんについていこう。後で彼に聞きたい事もあるし。
「…うん、間違いなく『刻印』が刻まれてますね。しかも首の後ろ。エネルギーの9割は既に奪われています。一刻も早く処置しないと命に関わります。念の為、貴方達は別室に避難して下さい!」
前に先生と話した時に聞いた。首の後ろに『刻印』が刻まれると、生命エネルギーの吸収が早くなるそうだ。モノによっては、吸いきった絞りカスの体を操ったり、スペアの体にするくらいの強者もいるらしい。ただ『刻印』をつける条件が厳しいのかはわからないが、首を狙われることは稀らしい。
ちなみにへその下辺りは丹田と言って、俺たちの世界でも「気」の集まる場所と言われている。こちらの方がよく狙われるみたいだ。
言われた通り二人で部屋の外に出て、下の階の応接室に移動する。
今は二人きりだ。ドボルさんには、今のうちにどうしても聞かなければならないことがある。
「ドボルさん、貴方…知っていましたね?」
「さて、何の事でしょう?」
「さて何の事、とはまた…私の心を読むことが出来ていて、知らぬふりですか!」
少し怒鳴ってテーブルに拳を叩きつける。
そう、この人は知っていたはずだ。後輩が『刻印』されていて、俺がまた戻ってくる事を。
それは俺が送還される前に彼が言った言葉。「また来ていただけるんですから」
その時は冗談だと思っていたんだが、多分この人は知っていたんだ。でなければ、あんなに断定的には言わないだろう。
ではどうして知っていたか?彼も特殊な力で見えるのか?…いや、多分それも違う。俺を屋敷に案内する前、サラがクライのところに連れて行くかどうかと聞いていた。もしドボルさんが見える事をサラが知っていたなら、わざわざ先生のところまで連れて行くなんて言う必要もない。仮に知らなかったとしても、サラとガーランドに命令を出した後、ドボルさん自らが先生の所へ連れて行く必要はない。
つまりどういうことか?
「貴方…いや、ドボル。あんたが自分で後輩に『刻印』をつけたんだな?」
力ではまず敵わないだろう。それでも確認しておきたかった。たとえこの場で殺されても、後輩にしたことは許せない。
「…ふ…ふふふふ!素晴らしい!その慧眼、まるであの方の片鱗を見たようです!貴方様はここに来た時から非常に用心深かった。そして、思慮深かった…と言い難い行動もありましたが」
「それは元々の性格だ。…お前は後輩を餌にしてでも、どうしても俺をここに呼びたかったんだな?」
「おっしゃる通りです。本当なら彼の死後、その体を異世界での…いや、そちらの世界での…の方が分かりやすいですね?私のスペアとし、貴方様の事をその世界中探して回るつもりでした。まさか知り合いの方とは思いませんでしたが、貴方様の話からすぐここに戻ってくるだろうと確信しておりました!」
「…もし俺が違う世界に転生していたら?」
「その時はその時です。またこちらに戻ってきて、新しいスペアを用意し、そこに飛ぶつもりでした」
「ふざけるな!!人の命をなんだと思っているんだ!」
なんだ、こいつ。その犠牲となる命は安いとでもいうのか!?魔王を必要とし、その為にはどんな犠牲もありってか!ふざけてやがる。魔族っていうのはこんなにも狂信的なのか?それとも俺を殺した後で、その失った力を復活させて操るためか?万が一の時の為に自刃用に持ってきていたナイフを背中から取り出し、自分の首に近づける。
「…お怒りはごもっともかと。しかし、それでも私は貴方様を探さねばならなかったのです。もちろん貴方様を殺したり操るためではありません。もしそうなら、アルゴリズマイア様の転生者と確信した時点で、お命を頂戴しております。ですから、それはどうかお止め下さい」
…確かに。冷静に考えればその通りだな、後輩を狙われて頭に血が上り過ぎたか。ならば、なぜ…
「失礼します」
ノック音がして、お辞儀姿で先生が入ってくる。
顔を上げた先生は、向き合い一触即発の俺たちを見て固まってしまった。それを見てナイフを背中に隠す。
「な…何が一体…?」
「先生、後輩はどうでしたか!?」
「え、えぇ。なんとか間に合って、今はただ寝ています。その報告に来たのですが、これはどういう状況ですか?」
「…丁度いい。ドボル、先生も来たことだし、後輩の『刻印』について、理由や目的、一から全部説明しろ」
そう言うと、俺はドボルには効かないだろうナイフをもう一度取り出し、威嚇目的でドボルに向ける。
さぁ、全部話してもらうぞ。
全然冒険始まらなかった…
もう少しだけ続くんじゃ…