思いの外、俺はすごい人らしい。でも帰りたい。
「…今、なんと?」
おかしい。今、俺が魔王様とか言われた気がしたけど。気のせいじゃないよね?
「もちろん気のせいではございません。今一度申し上げますが、貴方様はかつて我らが象徴たる偉大な魔王アルゴリズマイア様だったんですよ。数多の術式を識り、操り、創り、支配したあの大錬金魔術師王アルゴリズマイア様だったのです!」
「ナ、ナンダッテー」
もはや驚きよりも呆れの方が出てくる。さっきよりも偉大すぎる感じで肩書き増えてるし。ドボルさんの目は光かビームでも飛び出さんばかりに輝いてるし。こんな人だったの?
そもそも、この一般人の権化とも言われる(言われたことないけど)普通で普通で仕方のない佐藤康雄さんが、そんな偉大そうなやつなわけないでしょ。だってそんな人だったら記憶ありの今世転生どころか、不老不死だって出来そうじゃないか。俺そんなの出来ないし。会社の仕事ですら四苦ハ苦して、残業してようやく出来てるかな〜くらいの奴が?大魔術云々アルゴなんたらさんの生まれ変わり?はんっ、比べるのも虚しすぎて鼻で笑っちまうよ。馬鹿にはしてないけど信じられるわけがない。
「大錬金魔術王アルゴリズマイア様ですよ。もちろん不老不死不壊などと、神にも迫らんという力もお持ちでした。この読心力も、かの方に頂いたものです。しかしある時、かの方はすべての記憶、能力、ステータスなどを封印して違う世界に生まれ変わることを選ばれたのです。しかし、今!かの方は今ここに!!」
「…なぜ封印したのでしょうか?」
「私も存じません。今の貴方様ならいざ知らず、当時の貴方様のお考えなど、私にはわかるはずもありません」
ならどうしてここに来てしまったのだろうか?
理由はわからないけど、この世界を捨てる形で生まれ変わったのなら、戻れないように細工ぐらいしそうなもんだがなぁ。
なぜかそこら辺でクルクルと小躍りしているドボルさんに話しかける。
「ドボルさん」
「なんでしょう?」
「私は元の世界に帰らなければなりません。仮にその偉大な何某さん「アルゴリズマイア様です」あぁあアルゴリズマイア様?さんだとしても、俺には俺の今の生活がある。元の世界に戻るためにはどうしたら良いのでしょうか?」
…なんだこの人、ちょいちょい名前に食いつくな。
仮に生まれ変わりだとして俺に何をして欲しいのだろう?それに何か出来る出来ないよりも元の世界に帰りたいしな。このままじゃ上司の小言が大事に成りそうだ。失踪事件として。
「…どうしても戻られるのですか?」
「えぇ、どうしてもです」
「…貴方さえいれば我々もこの窮地から救われるのですが…それにこちらで過ごせば貴方様の力も戻っていきましょう。ですがそれは飽くまで我々の望み。多くは言いますまい。そこまで言うのでしたら、ご帰還をお手伝い致しましょう。」
「ふぅ、助かります…」
「断腸の思いですが…仕方ないですね」
「……」
…なんだかやりづらい人だな。
「ただ、ひとつお願いと申しますか、幾つか転移のための儀式をお教えいたします。もしそちらの世界に絶望したり、失望したり、こちらの事が気になった時には戻れるようお教えします。もしもの時にお役立ちさせていただければ幸いなのですが、よろしいですか?」
「帰らせてくれるんですから、まぁそれくらいなら。覚えるだけで、使うかどうかは別ですけどね」
「もちろんそれで結構でございます。」
ドボルさんが両手を上にあげ、パンパンと小気味いい音を鳴らすと、先ほどの男女の黒ローブが入ってきた。
「「失礼します」」
「挨拶が遅くなりまして申し訳ありません。私は錬金魔術師のサラと申します」
「私はガーランドと申します。魔術の研究をしております。以後お見知り置きを」
二人ともローブから顔を出し片膝をついて挨拶してくる。
女のサラは水色の髪をしたかわいいというよりも綺麗とか美しいが近い。目鼻立ちはしっかりし、細くキリッとした眉、小顔に小さく結ばれた唇。彼女も耳が長く、顔も青みがかったような白だ。
ガーランドは思った以上に背が高かった。俺より高いんじゃないか?彼もまた顔立ちが整っている。よく石膏で見かけるような美しい顔に、短めでクリクリした癖のある髪。髪色はサラと同じ水色で耳も長く、肌の色も同じ。兄妹かな?二人とも20代半ばくらいに見える。
ふむ、魔族って美形揃いなのかな?この二人もそうだけど、ドボルさんもなかなか渋かっこいい。カイゼル髭を生やし、背筋はビシッとしている。何より一挙手一投足すべてに木品を感じるほどに美しい。こういう40代になりたい。
しかし俺はこんな凄そうな人たちが片膝をつくような相手じゃないんだけどなぁ。もし俺の地力というか内面とか無力さを知ったら、幻滅されるどころか侮辱されてると思われて攻撃されても仕方ないくらいしっかりした対応で、かなり度を超えて分不相応すぎるものだ。どうしよう、さっきと別の感情でふるえるわ。
「やはりアルゴリズマイア様は過去の事を全て忘れておられた。だが、失礼のないようにおもてなしをさせて頂け。詳しい事は後で話す。まずは食事の用意と送還準備を!」
「「はっ」」
ドボルさん、やっぱりさっきの目のキラキラは見間違いだったようだ。今は威厳で満ちているように見える。
「とりあえず…サトウ様、でよろしいでしょうか?」
「ええ、構いません。むしろそれ以外はありません」
「ふっふっふ、ご冗談を。サトウ様、今から食事の用意をさせますが、その間にもう一人会っていただきたい者がおります。よろしいですか?」
「ええ、構いません。しかしどんなご用事で?」
「申し訳ございません。質問を質問で返すようで恐縮ですが、本日サトウ様はどこを通ってこの村まで至りましたか?街道からですか?」
「街道?いや、えーっと…門の目の前の森の方からまっすぐですね」
「そう、実は来訪者の多くは森の奥から現れます。それは森の奥の次元層が薄くなっているためなのですが、その後の進行方向を間違えると、次元断層から漏れ出る瘴気の関係でグールになるか魔物になるか…まぁあまりいい事はない為、こちらに進むよう意識を向ける術式が周辺に組まれております」
「なるほど、仕組みはよくわかりませんが…それであいつもここに来たんですね」
「えぇ。ですが道中、気づかぬうちに『刻印』を付けられてしまう場合があります」
「『刻印』?」
「魔物に変わった者の内、意志を持ったまま変化した者はかなりの強者になります。さらにその者らの中には、自分の目に映った生き物に『刻印』を付けることで、生気を吸い取ることが出来る者もいるのです。これは次元を超えて有効となり、徐々に衰弱させてしまうもの。今のサトウ様の体力だと、万が一『刻印』が付けられていたとすれば1週間と持ちますまい」
「やばいじゃないですか!背中とかについてるんですか!?服で防げたりは!?」
「ご安心下さい。それをこれから会わせる者に診てもらうのです。闇祓いが出来る者でないと診ることができませんので。ちなみに服では防げません」
思ったより怖い話だ。俺があのまま隠れていて何も知らず送り返されてたら、ポックリ死んじゃってた場合もあるわけだ。しかも見た目は過労死。やっぱり洒落にならん。
「ではさっそく行きましょう。こちらにどうぞ」
ドボルさんに案内されたのは二階の部屋。ノックしてから部屋に入ろう。
「失礼します」
「どうぞお入りください」
中から女性の声が聞こえる。どうやらドボルさんは部屋の外で待っているようだ。右手でドアを開けた後、後手で扉を閉めて失礼にならぬよう気をつけながら、扉を手でしっかりおさえ閉める。
振り返ると部屋の奥側に大きな机があり、社長椅子のようなしっかりした椅子に座った女性がいた。
おいおいおい、見たことある、見たことあるぞこの人!と言うよりも久しぶりに会った!
「もしかして…さ、桜井先生ですよね?」
そう。そこには小学校の頃、俺たちクラスメイトを森へ誘って遊んでくれた担任の先生、桜井先生の姿があった。昔のままの姿で。
担任の「もう我慢できない!」の人