私だけが知っているお姫様の素顔~とある日の一コマ~
桜の花弁が舞い落ちる季節。
出会いと別れ。新しい生活が始まる――そんな時期に私は一つの出会いをした。
長い髪、綺麗で現実味が薄く、まるで人形のような神聖さがある。
だからといって機械的ではなく、きちんと人間味を感じることが出来る。なんというか、とても不思議な雰囲気を持った人。
そして彼女を何かに例えるのであれば、誰もが同じ台詞を言うだろう『お姫様』と。
見ているだけで、遠くから眺めているだけで満足。
最初の頃はそう考えていたけど、どうやら私は思ったよりも独占欲が強かったらしい。
意を決し言葉を詰まらせながら必死に話しかけて、どうにか仲良くなっていくことに成功した。
あの時は、憧れのお姫様と友達になれたことに喜んだりしたけど、どうやら遠くから見ているだけでは分からないことが多々あったようだ。
「……ったく、どーして私がパシリみたいなことをしないといけないのかしら?」
「ごめんなさいね、由香里さん。我儘を言ってしまって」
「全然悪びれているように感じないんだけど」
「ふふっ♪」
じとー、と人のことをパシリにしてくれた相手を睨む。
と言っても別に本当にそういう扱いをされているわけじゃないし、弱味を握られて脅されているわけじゃないわよ?
あっ、でも弱味という意味では彼女に惚れてしまっているという部分では間違っていないかもしれない。
それに彼女のお願いってどうしても断ることが出来ないのよね。
凛としていて、それでいて何処か甘ったるい声質だけでも厄介だっていうのに、それに加えて保護欲をそそるような表情。
このコンボを食らって断固として拒否をすることが出来る人は居ないと思う。
これも一種のお姫様パワーなのかしら?
「大体、あんたの家でなら好きな物なんていくらでも手に入るでしょうに。佐久間家の財力なら余裕でしょ?」
佐久間家――どういう人かを詳しくは知らなくても、名前だけは大抵の人が聞いたことがある。
庶民ではいまいち想像出来ないほどに金持ちで様々な方面に影響力が強い一族。
その中の子供の一人が目の前に居る彼女――つまりは七海なのである。
「あら、由香里さんは分かってませんね。大好きな人にお願いをするというのが大事なのに」
「んなぁっ!? だ、大好きって……」
「違うのですか? 由香里さんはわたくしのこと、嫌いですか?」
瞳をうるうると潤ませ、更には上目遣いで問いかけてくる。
罪悪感に苛まれるような表情をされてしまっては、一切の勝ち目がなくなってしまう。
「……嫌いなわけ、ないじゃない」
初めて見た時から心を奪われ、憧れていた。
今の仲になるまで色々な障害もあったけど、好きじゃなければここまで頑張らなかった。
だからこそ、嫌いなんて返答はあり得ない。思うことすら考えられない。
「ん~中途半端ですね。きちんと由香里さんの答えをわたくしに聞かせて下さいな♪」
「わ、分かってるでしょ?」
「さぁ、どうでしょう。わたくしは超能力者とかではありませんので、ハッキリと言葉にしていただかないと分かりませんよ?」
ニヤニヤと、とてもイイ笑みを浮かべている七海。
状況としては下品なのに、七海の笑みはさすがお姫様。イヤらしさの欠片もなく、眩しさがある。
「……好き」
「誰をですか? それと、もう少し大きな声で言って欲しいですね」
「七海が大好きッ!」
凄く、ものすご~く恥ずかしいけど言わないと許してはくれないだろう。
そういう所では変に意地悪だから、こういう時はさっさと言ってしまうのが正解なのだ。
「はい。わたくしも由香里さんのことが大好きですよ♪」
「う、うくっ」
何度言われても慣れない。
あの七海が、誰もが憧れているようなお姫様が私に愛の言葉を囁く。
それだけで身体中が熱くなって火照ってしまう。顔も真っ赤になって、思考もろくにできなくなってしまう。
「本当に由香里さんは可愛いですね。わたくしの大事な人が貴女でよかった」
「そ、それは私も……」
「ふふ。わたくしのこのような姿を見せられるのは由香里さんだけですからね♪」
他の人の前では見ることの出来ない、緩みきった態度。
私以外では家族などの身内しか知らないであろう本性を気にせず晒してくれている。
その事実に心がポカポカと心地よくなっていく。
「……さて、それではせっかく由香里さんが用意してくれたお菓子を食べるとしましょうか」
「そうね。食べないと無駄に買ったことになるし」
自腹じゃないけど、無為にするのはさすがにもったいない。
それに、このお菓子は中々高級で私では滅多に食べることが出来ない奴だしね。
「本当は由香里さんの手作りがいいのですけど……」
「無理」
「そうですね。由香里さんが作ると、不思議な物体になってしまいますものね。あれはわたくしでも食べられませんよ♪」
「う、うう、うるさいなぁ。別に料理とかできなくてもいいんだから!」
私自身も怪しい物体を作成してしまう料理スキルはどうかと思うけど、出来ないものは出来ないのだから仕方がない。
頑張って改善しようと思ったけど、結局は諦めることとなった。
「今の時代、コンビニとかスーパーで色々と揃うんだから」
「ですが、愛情の籠った料理はいいものですよ?」
「うぅぅう……だ、だったら七海が作ってくれればいいのよ! うん、それがいいわ!」
私には出来ないのだから、相手にお願いをする。
それでいいんじゃないかしら。
「……うーん、それはいいかもしれませんね。少し頑張ってみますから楽しみにしてて下さいね?」
「う、うん」
「ふふ、どのようなのを作りましょうかね♪」
ニコニコ、と嬉しそうな顔をしている。
七海も私同様、料理スキルはなかったはず――そもそも料理をさせてもらえない――だから一から勉強をしていくことになるのだろう。
それでも割りと簡単に上達をして、色々と作れるようになると思う。
私とは違って器用だし要領もいいからね。
ほんと、弱点という弱点がないのよね七海は。
「由香里さんは今のままでいいんですよ?」
「そう言っても私も一応女だし……」
少しくらいは好きな人に美味しい手作りのモノを、と思わないこともない。
しかし残念ながら神様は私に料理スキルを与えてくれなかったから一生、そんな機会は訪れないんだろうなぁ。
「一応なんかじゃありませんよ。ちゃんと女であるということは、わたくしが分かってますから♪」
「……エッチ」
「あらら。どうしてそんな答えに行き着いたのでしょう。本当に由香里さんはスケベですね♪」
「ちょ――っ!?」
何で私がエロいみたいな感じになっているの!?
正直言って、このお姫様の方がエッチなんだから。色々悪戯をされた本人が言ってるんだから間違いない。
「由香里さん」
「な、何? なんでジリジリと近づいてきてるの……?」
「何故でしょう?」
「自分のことだから分かってる癖に。てか、お、お菓子は食べないの?」
「由香里さんという甘い果実を食べようかと思ってますけど」
更に距離が近づく。
部屋自体は広いのに、簡単に詰め寄られてしまう。逃げたいのに、逃げることが出来ない。
「ふふふふふ♪」
「お、落ち着いて。少し冷静になってよ」
「わたくしは何時でも落ち着いていますよ。冷静に由香里さんに悪戯をしたいと思っているんですから」
「あ、あぁあ……あっ、ぁあ」
ダメだ。
これはもう逆らえない。七海の思うがままにされてしまう。
えっと、今日は可愛い下着は――――
「なーんて冗談ですよ。ちゃんとお菓子を食べますから」
「ふぇ……」
「あら? どうしたんですか。凄く残念そうな顔をしてますけど」
「べ、別にそんな顔してなんか……」
「そうでしたか。わたくしの勘違いでしたか」
「う、うん」
「ふふ。ごめんなさいね♪」
如何にも分かってますよ、というような顔で私を見ている。
悔しいけど少しは期待をしていた。
なんだかんだ言っても、やっぱり好きな人との行為は求めてしまうのだ。
「……んっ。このお菓子、美味しいですね♪」
「そ、そうね……」
七海に続くように私も買ってきたお菓子を食べる。
口に含むと全体的に甘い香りと味が広がって幸せな気持ちになる。
お菓子は人を幸せにする、ほんとそう思うわ。
「由香里さん。頬にお菓子がついてますよ?」
「え、何処?」
「わたくしが取ってあげますよ」
「あ、ありが――――んんぅっ!?」
「ん……ちゅっ、ぷはぁ。ご馳走様です♪」
頬につているのを取ってくれると思ったらキスをされるというベタなことをされてしまった。
しかも唇と唇を重ね合わせるようなのをされるなんて……七海の唇、ぷっくりとしてて柔らかかったなぁ。
「お菓子もいいですけど、由香里さんの味は格別ですね」
「ほ、頬についていたのは……?」
「そんなものありませんよ。ただキスがしたかったので嘘を吐いてしまいました♪」
ペロリと舌を出して可愛く謝罪をしてくる。
私だけに見せてくれるお茶目な姿。そんなのを見たら許してしまう。
もともと怒ってはいないけど、さっきから――ううん、出会った時からずっと七海に振り回されているわね。
「はぁ……」
「もしかして呆れてしまいましたか? わたくしらしくない行動に」
「そんなことないわよ。てか、むしろあんたらしいじゃない」
ネコを被った状態のお姫様である七海ならあり得ない。
だが今は素の状態だから納得しか出来ない。
「ふふ、そうでしたね♪」
何が嬉しいのかとても上機嫌になっている。
「由香里さん、大好きですよ。本当に誰よりも貴女を愛しています」
「ぶふっ!? ちょ……い、いきなり何なの!?」
「わたくしは本音を――思ったことを伝えただけですよ」
「……七海ってズルイ」
本当にそう思ってしまう。
ズルイのに優しくて、それでいて何処までも私を魅了する。
だけど、私だってやられっぱなしは嫌だからちょっとは反撃をしないと。
「七海」
「ひゃっ。ど、どうしました? 怒ってしまいましたか?」
ドン、と急接近をする。俗にいう壁ドンという行為をしながら。
そうやって近づいた状況で、耳元で囁く。
「愛してる」
「~~~~~~~~~~っ!?」
「これでお相子ね」
「もぅ。由香里さんだってズルイじゃないですか。こんな嬉しいことを言うんですから」
顔を真っ赤にしている。
でもそれは私も同じだろう。下手をしたら私の方が赤いかもしれない。
それくらいに互いに恥ずかしく、そして幸福感を感じているのだ。
「由香里さん、わたくしを離さないで下さいね」
「それはこっちの台詞よ。絶対に離れてあげないから、七海も私を捨てないでよ」
「はいっ♪」
どちらかともなく顔を近づけキスをする。
桜の花弁が舞い落ちる季節に起きた運命の出会い。
そこから数々の出来事があって、今に繋がっている。
だけど、これで終わりではない。まだまだ二人の物語はあるし、私自身終わらせたくない。
互いの命尽きるその時までどうか――――
――幸福でありますように。




