信長続生記 巻の七 「足場固め」 その5
信長続生記 巻の七 「足場固め」 その5
信長再臨、の報は堺の街を支配する豪商の組合である「会合衆」を、一瞬にして混乱せしめた。
会合衆はその日、秀吉と家康の和睦に際し、いよいよ秀吉の天下が現実味を帯びてきた事により、今後堺の町は完全に秀吉に付く事を決めた上で、行動の指針を決める会議を行うため、全員が「天王寺屋」の屋号を持つ津田宗及の屋敷に集まっていた。
そのため彼らにその報を知らせたのは、「大変です!」と叫びながら息せき切って部屋に駆け込んできた、天王寺屋の番頭であった。
そのあまりの慌て様に驚きながらも、一体何事かと会合衆の面々が視線でその番頭に問いかける。
その中でも特に険しい目付きをした津田宗及が、番頭をジロリと見ながら口を開く。
「騒がしいで。 緊急の用件やろうと、報告は落ち着いて言えといつも言うとるやろ」
この場に居る者は、皆が皆この堺において一廉の商人となっている者達だ。
逆に言えば、それだけ抜け目なく商売を行っていく事に長けた者達でもある。
つまりは余人が気にしない様な情報でも、それを元に自らの利益へと繋げる事に長けた者達でもあるということだ。
「天王寺屋の番頭は、付け入る隙のある人物だ」などと思われてしまっては、それがいつどのような形で自らの不利益にされてしまうか、分かったものではない。
それを充分すぎるほど理解している津田宗及は、他の者達とは違う意味でその番頭を睨み付けていた。
「そ、それが……その…し、失礼します…」
自らの雇い主に睨まれ、恐縮しながら番頭は上座に向かおうとする。
ここは宗及の屋敷であるため、当然宗及は上座に座っている。
三十人以上が一堂に会している広い部屋で、その居並ぶ豪商連中の真ん中を突っ切る事など出来はしない。
なので部屋の端を迂回して向かおうとする番頭に、片手を上げて制しながら宗及が言い放つ。
「構わん、ここにおるもんは皆堺の同胞や。 聞かれて困るようなものなんかあらへん、そこでええから皆によぅ聞こえる様に言うてくれ」
もちろん「堺の同胞」とは言っていても、生き馬の眼を抜く商売に身を置いている宗及からすれば、水面下で共闘も敵対も行う間柄である。
だが今この場では番頭がふがいない姿を見せた以上、自分はどっしりと構えて器の大きな所を見せ付けておく必要があると判断した。
一口に「会合衆」と言っても、そこに名を連ねる者達も様々であり、扱う品物や店の規模もまちまちな上に、独自の商売圏や情報網などを持っている者もいる。
津田宗及はそんな海千山千の商売の猛者達の中にあって、最上位に位置する一人でもある。
同じ堺の商人であろうと、いやむしろそうであるからこそ宗及は弱みなどを見せる訳にはいかなかった。
「は、はい……では…お、織田様が……あの、織田の殿様が生きておられたのでございます」
「なんやて!?」
「ほ、ホンマかいなそれはッ!」
番頭が息を整え、額から流れる汗を拭きつつ行った報告に、会合衆が一斉にどよめきを起こす。
誰も彼もが眼を見開き、驚きを露わにした。
ある者は立ち上がって動揺し始め、ある者はしきりに目を泳がせる。
宗及ですら狼狽える者たちを宥める事すら出来ず、一瞬呆然としてしまっていたほどだ。
それでも一旦深呼吸を行い、改めて番頭を睨みながら問いかける。
「…これで信長やのぅて、その三男坊の信孝や言うオチやないやろな?」
「違います! 本当にあの織田信長公が大坂城に現れたそうに御座います! 先程早馬が到着して事の次第を聞いた所、羽柴様と徳川様の間に和睦が結ばれた直後に、徳川様の従者に扮装した織田信長公が姿を現され、羽柴様から領地も利権も大坂をはじめとする各城も全て召し上げた、と!」
「め、召し上げたやと!?」
「ほんならわしらが羽柴様に貸した金はどないすんのや!?」
「アホ言いな、問題はそこやあらへんわ! あの『信長』が生きとったっちゅうこと自体が問題や!」
宗及の念のための問いに答える形で、番頭はさらに早口でまくしたてた。
しかしその内容は会合衆に更なるどよめきをもたらした。
先日、徳川との和平だけでなく、毛利や上杉の使者も合わせて来訪する旨を秀長から聞かされた会合衆は、いよいよ秀吉の天下が近い事を敏感に察し、求められるがままに借金に応じた。
天下の趨勢を担う存在に、ここで大きな貸しを作っておこうと考えたのだ。
借金の額は決して小さな物ではなかったが、それでも彼らからすれば出せない金額ではなかった。
『損して得取れ』は商人の根幹である。
ここで少なくない額の金を秀吉に貸しておけば、後々の関係も容易に運べるはずだ。
向こうはこちらに金を借りたという負い目が出来、今後も何かと関係を良好に保とうとするはずだ。
そうなれば最初に貸した額などは、無利子・無担保で貸したところで構わない。
それに倍する、いや比べるべくもないだけの利益を自分たちにもたらすであろう事は想像に難くないからだ。
北陸の大勢力、上杉家と中国地方に覇を唱える毛利家という二大大名家を相手に、秀吉は相当に金をかけたもてなしをするはずだ。
さらには家康に対し大坂城の威容でもって度肝を抜き、過度と言っていいもてなしをしてやる事で、自らの資金力を見せ付ける好機ともなる。
しかしそうなればかかる費用は自ずと知れる、その費用を肩代わりしてやるだけでも秀吉としては大助かりなはずだ。
秀吉は対外的な面目を保つ一方で、堺に対して貸しが出来る。
その貸しを高く売りつける事で、会合衆は堺の安泰と発展を得ようとしたのだ。
秀長が借金の申し入れをしに来た時は、『カモがネギを背負ってやってきた』くらいに思えたものだが、まさかこんなオチが待っていると誰が想像が出来るだろう。
もちろん誰も想像すらしていなかった事は、会合衆の動揺ぶりから見て取れる。
宗及は居並ぶ会合衆の中で、チラリと「納屋」の屋号を持つ今井宗久に視線をやる。
彼も苦虫を噛み潰した顔で宗及と視線を合わせるあたり、知らされていなかったのだろうと思われた。
さらに「魚屋」の屋号を持つ千宗易(後の千利休)にも視線を向けると、こちらも眉間にしわを寄せて何かを考えているようだ。
今井宗久と千宗易、さらに津田宗及の三人は共に織田家とも密接に繋がっており、「天下三宗匠」とも謳われる茶の湯の名人でもあった。
中でも千宗易は信長の茶頭を務め、後には秀吉の茶頭も務めた事で後世まで名を遺す人物になったほどであったが、彼も元々は商人である。
さらに今井宗久は信長の実力にいち早く目を付け、堺の町に対して信長が強硬な姿勢を取った時にも、真っ先に信長に付く動きを見せてもいた。
それだけに彼らからすれば、信長生存という特大の意義を持つ情報が自分の耳に全く入ってこなかったという事実が、この上ない悔しさとなって顔に出てしまっていたのだろう。
もちろん宗及としても織田家とは密接に繋がっていただけに、この三人が知らない事を他の者が知らなかったというのも無理は無かった。
だがそれでも、彼らは押しも押されぬ堺の豪商であり、それと同時に信長とは個人的にも面識がある程の人間でもある。
ならば考え得る事と成すべき事は決まっている。
信長が生きていたのなら、その事実をどのように自らの利益へと繋げるか、という事だ。
無論二年前までの関係を継続して、これからも織田家を相手に商売をする事は基本条件となる。
特に今井宗久に至っては織田家の御用商人と言ってもいい地位にいたため、信長が本能寺で消えた時などは、人目も憚らずに目に見えて落胆していた。
会合衆の中には、かつての信長の堺に対する所業に根強い反発心を持つ者もいたため、そんな宗久の姿に「いい気味だ」などと陰口を叩く者もいた。
かつて信長は堺の町に対して度重なる矢銭(軍資金)の要求を行い、さらに三好家が本拠としていた阿波国から、再び本州に攻め上がって来た際には手を貸したとして、堺に対し武力制圧を行ってきた。
その際に真っ先に信長の側に付き、会合衆の説得などにも奔走したのが今井宗久であったため、一部の者からは裏切り者扱いもされていた。
だが彼の商売人としての勘は確かであり、信長に屈服させられたとはいえ、堺はこれ以降は戦果に巻き込まれること無く、商売自体は安定した日々を送ることが出来ていた。
実際に信長の勢力下に入ってみると、その支配地域の治安の良さも手伝って、商売がやり易くなっている面もあるなど、商売の利点も数多く存在した。
信長という人物に対しそれぞれ思う所はあるものの、逆らったり敵対した時の恐ろしさは充分に身に沁みて理解している。
従う事による利、逆らう事による損、それらを鑑みれば結論は自ずと出るというものだ。
宗及は目付きと眉の動き、さらに僅かに頷きを見せる事で今井宗久に合図を送る。
宗久もそれに感付き、チラリと千宗易に視線を向けると、宗易もまた頷きを返す。
慌てふためく会合衆の他の面々を尻目に、三者の意見が密かに合致した瞬間である。
「死んだと思うておった者が生きておったんや、色々思う所はある相手やが、織田信長の復帰祝いを送る事はまず決定でええやろ。 問題は誰が祝いを述べに行くか…」
未だ全員が落ち着けていない中、宗及はあえて先程までと変わらぬ声量で、言葉を述べる。
困惑してまともに頭が働いていない者など、もはや放っておけばいい。
そんな者たちまで落ち着くのを待っていては、商売の機を逃してしまう。
迅速に、可及的速やかに、それこそ即座に結論を出して、堺の町衆として動かねばならない。
信長が復活したというのなら、それを嗅ぎ付けた数多の商人連中が、新たな利権に群がろうと殺到するのは必至である。
それらを読み取って宗及は即座に動く事を決めた。
そして宗及の言葉に宗久が右手を挙げて、さらに宗易も同じ様に右手を挙げていた。
徐々に落ち着いてきた他の会合衆も、宗及の言葉に宗久と宗易が反応して手を上げたのだと悟り始める。
その者達が何かを言う前に、宗及はさっさと結論を口にした。
グズグズしてなどいられない、大坂と堺は目と鼻の先だ、どこの地域の商人よりも先に、まず自分たちが挨拶に行かなければ面目丸潰れの事態と成りかねない
「そうか、今井はんと千はんが行ってくれるか。 せやったらワシも同行しよか。 わしら三人で大坂まで行くという事で決定や。 後でそれぞれ何を包んで行くか決めなあかんな?」
宗及は他の者たちが口を挟む暇を与えずに、どんどんと物事を決めていった。
ここで下手に時間をかけず、信長に一刻も早く目通りを願い出て、恭順の意を示さねば。
今井宗久は言うまでも無く、千宗易も信長とは関係が深い。
さらに自分も信長とは浅からぬ縁もあるため、この三人が大坂に向かう事に反論する者はいないだろう。
ならば話し合いなどで余計な時間を取られるよりも、さっさと決めてしまった方が良い。
こうしてその日の内に三者がそれぞれ何を進物として包んで行くか、さらに堺の町衆からの祝いの品として黄金をどれだけ贈るかなどを決め、翌日にはわずかな供だけを連れて、三人は堺を出た。
祝いの品の黄金は後日運ぶ事とし、とりあえずは目録だけを手に、さらにそれぞれが個人的な祝いの品を用意して、彼らは一路大坂へと向かった。
大坂城下は蜂の巣を突いたような騒ぎとなっており、誰も彼もが信長再臨の話で持ちきりであった。
三人は大坂城ですぐさま信長への謁見を申し出て、信長はそれを快く了承。
その日の内に謁見が叶う事となった。
これは近日中に信包や信雄との謁見が控えていることもあり、済ませるものからどんどんと済ませていこうという信長の考えであった。
さらに信長自身、利に敏い商人という人種が、自分が再び現れたと聞いてゆっくりなどしている訳がない、と踏んでいたためでもある。
ましてやそれが大坂からほど近い、堺の会合衆であれば尚のことである。
信長の予想通り、と言っていい日程で会合衆は大坂を訪れ、信長への謁見を申し出て来ていたため、信長は自らの予想通りの展開に内心ほくそ笑んでいた。
だが会合衆は申し込んだその日に謁見が叶う、という事に気を良くして、信長は自分たちをそれだけ頼りにしているのだ、と勝手に思い込んで内心で安堵していた。
こうして信長の前に三人が横並びで平伏し、それぞれの前には堺の町衆からの進物と、個人的な祝いの品を並べ、その目録に信長が目を通した。
三人がそれぞれ己の所有する名物茶器を進物として贈り、堺の町衆からは復帰祝いという体で莫大な量の黄金が贈られる事となった。
もしこの場に地方の弱小豪族などがいようものなら、その額に開いた口が塞がらなかった事だろう。
だがそれらを目にしても信長は眉一つ動かさず、あくまで確認だけをした、という態度であった。
平伏しながらも、大した反応がない事に内心で一転して冷や冷やとし始めた三人は、信長から「大儀」と一言発せられてホッと息を吐いた。
「久しいな、貴様らも息災であったか?」
「は、ははぁ……上様がお隠れあそばしたと聞き、一時は飯も喉を通らぬ有様に御座いましたが…」
信長の言葉に、今井宗久が真っ先に答えた。
宗及は「それはそうだろうな」とも思いつつ、自らはあえて黙っておいた。
信長という人物の怒りの導火線は、どこに埋まっているか分からない。
ましてやこの二年足らずの間に、どのような事を見聞きしていたのかが全く分からぬ以上、下手な詮索やご機嫌取りは、かえって命を縮めさせかねない。
宗久の言葉にふん、と鼻を鳴らした信長は「であるか」と返し、さらに言葉を続けた。
「そういえばサルがこの大坂城を築き、徳川殿らをもてなす為、貴様らには幾許かの借財をしたと聞いたが?」
その言葉に、三人の身体がピクリと震えた。
現在の秀吉はその領地や城、いわゆる財産のほぼ全てを信長に没収されたも同然だ。
つまり彼に借金の返済能力は皆無と言って良かった。
これが信長が再臨する前であったならば、ほんの一年や二年ほどで完済も出来たであろう金額も、今の秀吉では莫大と言っていい金額となってしまっている。
もし信長が秀吉の財産、いわゆる借金までをも含めた全てを没収したと言うのなら、その返済義務は信長に移っていると言える。
だがここで、「じゃああなたが代わりに払って下さい」と言えるかどうか。
無論商人としては当然言わなければならないし、今の秀吉に請求した所で「無い袖は振れぬ」という奴である。
そうなると当然信長に返済を請わねばならない訳ではあるが、ここで問題となるのが信長が返済に応じるかどうか、である。
ここで「あやつが勝手にした借金を返す義務はない」と突っぱねられてしまっては、堺の町衆としてみれば打つ手がない。
ではどうすればいいのか、三人が平伏したままで互いに視線を交わしていく。
「今のサルでは、たとえ死ぬまでかかっても払い切れぬ額であろうな」
追い打ちをかけるように、信長の声が響く。
もちろんそんな事は言われずとも分かっている。
必死に頭を回転させる宗及であったが、隣で平伏していた宗久がスッと顔を上げた。
「無論存じておりまする。 しからば羽柴様への借財に関しましては、この今井宗久が肩代わりをさせて頂きまする。 また上様に於かれましては、改めて今後も何卒末永いお付き合いをお願い致します」
「んなッ!?」
宗久が笑顔でそう言い放つ傍らで、宗及が思わず呻き声を上げた。
秀吉の借りた金額は、そうそう簡単に肩代わりなど出来るものではない。
だがそれを今この場で、信長の御前で宗久は宣言した。
信長が何を望んでいるのか、それをいち早く察した宗久は先手を打ったのだ。
返済能力が無くなった秀吉、返済する意思がないであろう信長、その双方に好印象を持たれるために、あえて彼は損を被ったのだ。
瞬時に宗及は「やられた!」と思った。
こういう所の勘の良さに関しては、宗久が完全に一歩抜きん出ていた。
確かに借金額はかなりの額であり、宗久の家が傾いてもおかしくないほどではあるが、確かに宗久ならば決して返せぬ額という訳でもない。
ましてやこれを機に信長に改めて取り立ててもらえる事になれば、今回の損を大きく上回る利をもたらすかもしれない。
そして宗久の言葉に、信長の口角が上がった。
「であるか。 かつてと同じように、堺は貴様に任せよう。 これからも励めよ」
「ははぁッ!」
信長の言葉に宗久が勢い良く頭を下げた。
かつて、宗久は信長にいち早く擦り寄る事で堺の町での権限を増した。
信長の直轄領となった堺で、半ば代官の様な立場となって、その立場は一商人を大きく超えたものとなっていた宗久である。
再びその立場に舞い戻る為ならば、ここで現在の財産の大半を失おうとも構わない、という事なのだろう。
即座にそこまでの覚悟を決めることの出来なかった宗及は、目に見えてがっくりと肩を落とした。
こうして、秀吉が堺から借りていた借金は、実質棒引きとなった。
さらに信長はいくつかの名物と言われる茶器、さらに当座の軍資金を得る事となった。
そしてこの数日後には、信雄の所領のほとんどを召し上げ、一部を信包に養育費用として引き継がせた。
着々と己の足元を固め続ける信長であったが、その実最も固めておかなければならない場所が、未だ手付かずとなっていた事に、内心で焦りを感じていた。
だがその焦りが怒りに転じる前に、彼が待ち望んでいた連絡がようやくやって来た。
連絡を寄越した相手は近衛前久。
連絡の内容は朝廷での下準備の完了。
それを知った信長は「であるか」とだけ返し、すぐに京へと向かう触れを出した。
同行者は森蘭丸と堀秀政、さらに明智光秀と羽柴秀吉である。
信長の、朝廷への反撃が始まろうとしていた。
巻の七は題名通り、各勢力が信長生存による影響を受け、自らの足場固めや立場を鮮明にしていく、という話で展開していこうと思っておりますので、どうしても視点が信長に集中できません。
話の展開や時系列が少々複雑化しておりますが、何卒御了承下さいませ。




