信長続生記 巻の六 「日ノ本鳴動」 その17
なんとか今日中に間に合いました。
信長続生記 巻の六 「日ノ本鳴動」 その17
信長の言葉に、全員が意思を固めた。
『デウスの教え』、宣教師、南蛮国を明確な脅威として認識し、言葉に出さずともこれに対処することで一致団結していたのだ。
信長の目が居並ぶ諸将、家康や隆景、兼続らにも向けられる。
いずれもその眼に決意を宿し、強い意思を感じさせた。
そこでようやく信長は「うむ」と頷き、最後に秀吉へと視線を向けた。
「ではサル、貴様の処遇についてだが」
「お、恐れながら申し上げます!」
信長の言葉に秀吉の身体がビクリと震える。
そしてその震えに呼応するかのように、今まではじっと黙っていた前田利家が声を張り上げる。
全員の視線が集中する中で、利家は未だ俯いたまま両手を握り締めている。
信長の視線が利家に向く。
利家はゴクリと唾を飲み下してから膝をずらし、信長に身体の正面を向ける。
「上様に於かれましては御帰還の儀、誠に重畳至極! されど上様がお隠れになられている間、この天下を曲がりなりにも治めて参ったのは、他ならぬ羽柴殿にございます! 確かに彼の者の為した行いは許されざる仕儀なれど、先程上様が仰られた『戦国の世の習い』に相違これなく! 願わくばこれまでの働きを鑑み、御赦免は叶わずともせめて! せめて命ばかりはお助け下されますよう、この前田又左衛門利家、伏してお願い申し上げ奉りまするッ!」
「お、同じく羽柴秀吉が弟・秀長。 我が首を差し出しまする故、兄の命ばかりはお助け下されませ!」
利家の決死の嘆願に便乗する形ではあるが、秀長もまた身体の正面を信長に向け、平伏して声を張り上げた。
その二人の姿を見て、秀吉の眼に涙が浮かぶ。
かすれて声で「お、お主ら…」と呟く声が、静まり返った広間に響く。
だが信長は何も言葉を返さない。
利家は平伏していた面を上げて、さらに声を張り上げる。
「もし! もしそれすら叶わぬとあらば、柴田の親父様を裏切りし自分も同罪! 羽柴殿、いや藤吉郎と同じく死罪を申し付け下されませ!」
そうじゃないだろ! と叫びたい秀吉であったが、声が喉から出てこない。
何を勝手に道連れを決めているんだ、そんな事を言わずにもっと頼んでくれ!
まさに生きるか死ぬかの瀬戸際に立っている、という実感が高まっている秀吉には、自分から何かを言うよりも、誰かに自分の助命嘆願をしてもらう事の方が効果的だと分かっている。
利家の友情、そして次につまらぬことを言ったら首を刎ねる、と言われたにも拘らず首を差し出す覚悟で嘆願を出した秀長に、思わず涙腺が緩んだ。
なのにその後利家が発した言葉が、許してもらえぬなら自分の首も刎ねてくれ、である。
お主だって知っておろう、この御方はそう言われたら本当に二人とも首を刎ねるぞ!
緩んだ涙腺から、嬉しさのあまり涙がこぼれそうになったというのに、利家の生真面目な一面に違う意味で涙が出そうだ。
このままでは自分も秀長も、そして利家も下手をすれば明日の朝には大坂城の外で、晒し首になっている可能性もある。
何か方法は、何か上様が心変わりをしてもらえるようなことはないか。
秀吉が面を上げないままでそんな事を考えていると、少し離れた所から声が上がった。
「上様…もし切腹を申し付けられるのであれば、某が介錯を務めとうございます」
そう言って手を挙げて発言したのは、佐々成政だった。
思わず秀吉が首をねじって成政を睨む。
その眼は「貴様は余計な事を言うな!」と雄弁に語っていたが、その視線に気づいた成政はむしろ凄惨な笑みすら浮かべていた。
その眼は爛々と輝いて、殺気すら滲ませているほどだ。
しかしその成政の発言を聞き、利家は平伏したままで口を開く。
「やってくれるか、内蔵助」
「うむ、赤と黒の違いはあれど、共に母衣衆として働いた者の誼よ。 せめてもの情けで苦しまぬようにしてやるから安心せい」
安心できるか! と秀吉はまたも心の中で叫ぶ。
だがそんな秀吉の叫びが聞こえたかのように、成政は利家に言葉を返した時に浮かべた真面目な顔とは違い、またも凄惨な笑みを浮かべて秀吉を見た。
しかもその上で「もっとも、某は猿を切るのは初めて故、少々手元が狂う可能性はござるが」と、わざわざこれ見よがしに発言する。
成政からすれば千載一遇の好機であり、まさに柴田勝家の敵討ちの機会がようやく巡ってきた、という所であった。
さすがのこの物言いに、諸将の中には少しだけ顔を引きつらせる者もいたが、佐々成政のそれまでの経緯を鑑みて、さらに信長の前では口を開く者はいなかった。
自らの挑発的な物言いにも誰も何も言わない。
その事で誰も反対意見が無いのだと解釈した成政は、口角を上げながら信長の許しを待っている。
その一方で秀吉の全身に、またもドッと汗が噴き出す。
このままではどうあっても自分の死は免れない、と思いながらも打てる手立てが無いのだ。
「内蔵助、親父様の敵討ちという事であれば、自分の首を刎ねる時も手元を狂わせてくれ」
利家の生真面目な言葉に、成政は少しだけ毒気を抜かれたような顔を見せる。
だが秀吉からすれば、どちらにしろ自分は散々苦しませてから首を刎ねられる、と宣言されているも同然な立場なため、先程からちっとも心休まる気がしなかった。
そんなやり取りの間も、信長は何も言葉を発せず、手を振るなどの動作も行わない。
そして信長がある一人の人物に視線を向けている事に、その場にいる者たちが徐々に気付いていく。
信長の視線を受けている男、それは下座の最前列に座する、豊かな髭を蓄えた男・蜂須賀小六正勝であった。
「先程からわしをことある事に睨んでおったな。 存念を聞かせぃ」
「……しからば、言上仕ろう」
信長の言葉に、無礼とも取れる返しをしたことで諸将に驚きと困惑、そして怒りの感情を向けられる小六。
しかし彼はその場にすっくと立ち上がり、許しも得ずに中座へと勝手に上がる。
思わずその場にいた者たちが先程以上の驚きと、人によっては警戒するために片膝を立てる。
中座に座る家康や秀政なども即座に身体の向きを小六へと向け、警戒の姿勢を取る。
下座では長可や成政などが同じく立ち上がり、万が一の時はすぐさま飛び掛かれるようにと身構える。
「なあ藤吉郎よ、ここまで来ちまったなら肚ぁくくろうや。 どうせ座したまま死を待つくれぇなら、最期に戦国の世の習いの一つとして、下剋上でも起こしてみるか?」
その言葉を機に、瞬時に大広間の中で殺気が膨れ上がる。
小六の発した言葉は、信長への謀反を意味していると、誰もが気付いたのだ。
言葉の意味を理解すると同時に、家康の身の安全を守るため、本多忠勝と榊原康政が即座に動く。
瞬時に立ち上がってそのままの勢いで駆け抜け、忠勝は家康の許へ、康政は小六の後方で睨みを効かせる為に一定の距離を保って身構える。
康政の横に長可も即座に並んで、蜂須賀小六の堂々たる体躯と睨み合う。
上座では前久が即座に後ろに退いていき、未だそのままであった太刀持ちの小姓たちは、そっと持っている刀を腰だめに構え始める。
小姓はあくまで「羽柴秀吉の家臣」であって、もし秀吉がこの場で謀反を決意したのならそれに従う存在なのだ。
それに気付いた堀秀政が立ち上がって「御免!」と言いながら上座に上がり、信長と小姓の間に立ち塞がって警戒して身構える。
同じく中座にいた長秀は、まるで自らの立場を鮮明にするかのように、秀吉と信長の間に立って信長に背を向け、秀吉に相対する。
酒井忠次や石川数正は互いに背を合わせ、下座で他の諸将の警戒をしている。
蘭丸は大きく迂回しながらも信長の元へと走り寄り、未だ上座の中央に座したままの信長を護るためにその側で片膝を付く。
一方の秀長も秀吉の号令一つで動けるように、平伏していた先程に比べて、やや自然な体勢へと身体を戻している。
完全に別勢力となる兼続や隆景、そして恵瓊などは巻き込まれる事を避けるため、壁際へと下がる。
蜂須賀小六と共に、尾張美濃の国境付近を牛耳っていた川並衆の副頭目・前野将右衛門長康も、ゆるりと立ち上がって無言のままに油断なく他の者たちを見据えていた。
そんな長康を近くにいた成政は警戒し、そちらへと威嚇の視線を向ける。
「俺も最近身体の至る所にガタが来ててなぁ、もって二、三年という所だろう。 ならここで、最後に派手な大立ち回りで散るのも、悪くは無いと思っててなぁ?」
そうは言いながらも、若い頃から実践で鍛え上げた筋肉に覆われた肉体が、ビキビキという音を立てるかのように躍動しているのが傍目にも分かる。
小六は飢えた虎の如き獰猛な眼差しで、全方位を睨み回す。
その上で油断なく足を進めて、秀吉の間近に立つ。
その姿は未だ平伏したまま面を上げられない秀吉を、護るかのようにも見え、その一方で煽り立てるかのようにも感じられた。
もしこの場で秀吉が下剋上となる戦いを、信長への謀反を口に出したなら、およそ彼我戦力差は一対六、と言った所だろう。
秀吉と秀長、小六と長康、太刀持ちの小姓などを含めても、戦力に換算できるのはわずか五人。
対して信長方は、その五人以外のほとんどの人間となる。
兼続・隆景・恵瓊などを数に入れなくとも、それでもおよそ三十人ほどが秀吉たちの暴挙を止めようとするだろう。
普通に考えてみれば無謀ではあるが、今この場ではほとんどの者が武器を持っていない。
完全に徒手空拳での取っ組み合いとなるため、戦場で鍛えた素手での組み討ちを体得している者であれば、一人で二人や三人を相手取る事も、確かに不可能ではないかもしれない。
「馬鹿な真似はよせ、藤吉郎! 上様はまだお主の首を刎ねると言うてはおらぬ! お主も前に言うたであろうが、もし上様が生きておられたならば、わしはすぐさま御前で頭を下げると! 今がその時じゃ、ひたすらに許しを請え! 蜂須賀殿もいらぬ口出しは止めてくれ!」
利家の必死の言葉が響く。
幼き頃より敬愛する信長と、一度は生涯付いて行こうと決めた秀吉。
どちらにも悲しみ、傷付くような、益の無い事にだけはなって欲しくない。
秀吉に声をかける一方で、利家は信長に懇願するような視線を向ける。
既にその場は一触即発、信長か秀吉か、どちらかが決定的な一言を発した次の瞬間には、完成してから一年と経たずして、天下の名城たる大坂城内で血が流れる事になる。
「サル、いや……新しき天下人に成り得た男、羽柴秀吉よ。 貴様はどうする? 何がしたい? わしに取って代わる事が貴様の望みか? それとも天下の安寧を願うが故か? ただ富と権力を握り、己の思うがままを成したいだけか? 先程のわしの話を聞いた上で、己の思う所を述べよ」
緊迫した空気の中で、信長の声が響く。
己の名が呼ばれた事に、ハッとしたように秀吉が面を上げる。
その顔は先程までの恐怖などではない、何かに気付かされたかの様に目を見開いている。
皆が皆、秀吉の次の発言に集中し、その言葉によっては即座に動こうと身構える。
その中で、永遠とも思える長さを感じたような、あるいは一瞬の出来事であったかのような時間が過ぎて、秀吉の口から言葉が漏れる。
「小六よ…」
「おぅさ!」
秀吉の言葉に、蜂須賀小六の腰がスッと低くなる。
それはまさに、獲物を前に飛び掛からんとする虎の如き動作だ。
秀吉の合図、言葉一つで解き放たれ、あとは死ぬまで暴れ続けるであろう猛虎。
これまでで最も緊迫した空気となった大坂城の広間で、未だ先程と全く変わらぬ体勢で平然と座したままなのは、信長と光秀のみである。
小六の動きに合わせる様に、榊原康政と森長可が間合いをわずかに詰める。
秀長も両手足に力を込めて、破れかぶれとも言え、最期の大暴れを行おうと決意を固めた。
佐々成政を含む多くの者たちが、自然と右手を左の腰だめに持って行き、そこに刀が無い事に内心で舌打ちをしながらも、それぞれが構えを取る。
わずかな音を立てる事すら憚られる、そんな殺気に満ち満ちた静謐な空間。
その静謐を破ったのは、秀吉である。
秀吉の面は再び伏せられ、その口からは絞り出すような声が漏れた。
「頼むから、余計な真似はせんでくれ。 わしは、わしは……上様にだけは、刃を向けたくは無いんじゃ…」
涙を流しながらの声音に、誰もが瞬間的に毒気を抜かれた。
信長はそんな秀吉をじっと見つめている。
利家は己の肺にあった空気全てを吐き出すかのように、大きく安堵の息を吐いた。
小六は自らの足元で未だ信長に対して平伏し続ける秀吉に、頭上から声をかけた。
「本当に、それで良いんじゃな?」
「ああ……ここで首を刎ねられるのなら、わしの天運とやらは最初から尽きておったという事じゃ…ほんの僅かの間だけ、上様から天下をお預け頂いた、と思えばええ。 充分良い思いもしたんじゃ、誰も彼もがわしに頭を下げ、好きな女子を抱けて、ええ夢が見れたんじゃ……百姓の倅風情の、薄汚い小男にしちゃあ、破格の出世じゃろぉ…のぅ、小六よぉ……」
言い終わるなり、秀吉は平伏していた体勢から、体を起こしてそのまま後ろへと上体を傾ける。
両手を腰より後ろに置いて、足を崩してあぐらをかき、汗も涙も流し尽くした、疲れ果てた顔で天井を仰ぎ見た。
その顔は達観、というよりもむしろ諦観、というものに覆われていた。
信長を前にして、一度もした事が無い体勢で、一度も見せた事の無い顔をする秀吉。
誰も彼もがそんな秀吉を見つめる中、秀吉は一人口を開く。
「思えばわしの人生ほど面白いモンも無かったじゃろう。 おっ父が死んでおっ母が新しい男と夫婦になって、その新しいおっ父に口減らしで家を追ん出されて、入った寺では身体が小さく醜いわしは、役に立たない無駄飯食らい扱い、何も持っとらんわしはどこに行っても生きていくだけでやっとじゃった。 今川の家臣の松下様には良くしてもらえたが、結局他の奴らの妬みを買って出奔。 身分も金も力も無いわしはどこに行っても嫌われ、蔑まれ、罵られる。 ならせめて頭を働かそうと思えば、小賢しいとまた嫌われる。 そういや柴田殿からもよぅ言われたわ、小賢しい猿知恵じゃと……はははは……」
秀吉の独白、そして空虚な笑いが響く。
利家、秀長、そして小六の痛ましい視線が秀吉に向けられる中、秀吉は独白を続ける。
諸将も、そんな秀吉の言葉をただ黙って聞いている。
「どこに行っても嫌われて、やれサルじゃネズミじゃと言われても、ひたすら笑っておどけて機嫌を取って、出来る事じゃったら何でもやった。 なんでもやらにゃあ生きて行けんのがこの世の中、そしてこのわしじゃ。 わしの事なんぞ誰も心から好いてはくれぬ、だから身体も命も何もかもを張って、一生懸命働いた! そんで得た金や領地で、言う事を聞かせるしか無かったんじゃ! じゃがそれでも、それでも働きがしっかりと評価され、城持ち大名に成れた時は、夢かと思うほど嬉しかった……」
声に嗚咽が混じり始め、涙も鼻水も拭くことなく、秀吉の独白が続く。
誰も彼もがその場で動きを止めていた。
陽気で人たらしと言われた男の、偽らざる言葉に聞き入っていた。
働きが評価されて出世し、城持ちの身分になるという事の嬉しさ、誇らしさは何物にも代えがたいと、この場に居る武士たちには共通の認識である。
秀吉に対して敵愾心をむき出しにしている佐々成政でさえも、思わず構えを解いて立ち尽くすほど、今の秀吉からは覇気というものが感じられなかった。
「わしを必要としてもらえたんじゃ……生きていること自体が悪いことの様に言われて、追い出され、拒絶され、妬まれ、忌み嫌われたわしを……この御方だけが必要じゃと言うてくれたんじゃ……この御方だけは、わしの事を『サル』と呼ぶ時、嫌な顔をせずに呼んでくれた……そんな方に、刃を向けて得た天下に何の価値があるんじゃ………ようやくわし自身を、『木下藤吉郎』を認めてくれた上様を否定することは、上様に認めてもらえたわし自身の否定じゃ……小六よ、お主の気持ちは嬉しい。 じゃが上様亡き世に覇を唱えた所で、わしを心から認めてくれる者がおらぬ世で、一時の栄華を、夢を見れるだけなんじゃ……小一郎も、いろいろ苦労を掛けたな、ほんに御苦労じゃった。 又左、お主にゃいくら感謝してもし切れん…初めてわしを友と呼んでくれた時、あの時が今でも昨日の事のように思い出せてのぉ…」
秀吉が自分の近くにいる者に、順々に声をかけていく。
涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながらも、秀吉は笑っていた。
先程までの様な空虚な笑いではなく、何かを吹っ切ったかのような笑いだった。
そうしてひとしきり笑った後、懐紙で涙と鼻水を素早く拭き取った。
最後にきちんと座り直して、深々と信長に向かって頭を下げて、淡々と言葉を発した。
「お見苦しい所をお見せ致しました。 羽柴筑前守秀吉、如何なる罰をも謹んで賜る所存にて、どうぞご存分に」
秀吉の態度に、大広間の中の空気が少し変わった。
秀吉へのわずかな同情が広がる中、秀吉の左右に秀長と小六が平伏し、信長に向かってそれぞれ言葉を述べる。
「某も兄上と同様の罰を賜りとう存じます。 兄上無き世に未練は無く、我が一命は兄のために使うと決めておりました故、何卒お聞き届けの程を!」
「この通りここまで焚き付けてやっても、上様相手に引く弓は無いと仰せにござる。 羽柴筑前守は上様に対し一片の逆心これなく! 御無礼の段は某の素っ首にてご容赦頂きたく存じます!」
ひたすらに秀吉との連座を望む秀長と、秀吉たちを庇うためにあえて自らの首を差し出そうとする小六。
そこにさらに、秀長の隣に利家が、小六の隣に前野長康がそれぞれ並び、同じように平伏する。
「親父様とお市の方様のご自害の責は自分にございます。 真に罰せられるべきは、親父様への忠誠を藤吉郎に付く利でもって売り払った、武士の風上にも置けぬ自分にありまする。 願わくば某に切腹を賜りますよう、伏してお願い申し上げまする!」
利家は畳に額をこすり付け、信長に懇願する。
長康は無言のままに平伏し、じっと動かない。
徳川家臣団、旧織田家臣団、毛利や上杉から来た三名、そして近衛前久などが見守る中、信長はあらぬ方向へと視線を向けた。
皆の眼がその視線の先を追う。
視線の先にいたのはただ一人、この期に及んでも未だ頭巾をしたままの最後の一人。
「貴様はどう思う、キンカンよ」
信長の一言に、大広間がもはや何度目か分からない驚愕に満ちる。
頭巾から唯一見える眼が、信長に問いかける。
信長はその視線を受けてコクリと頷く。
驚きに言葉を失う諸将を尻目に、その男はゆっくりと頭巾を脱いだ。
平伏していた秀吉たちでさえも思わず顔を上げ、その眼を驚愕に見開いた。
「羽柴筑前守秀吉には、切腹を申し付けられるのが最良と存じまする」
この場で最後にその生存を明かした男、明智光秀は淡々と秀吉への処罰を具申した。
ようやく『秀吉』というキャラを消化できました。
長いセリフが多くて読み辛かったら申し訳ありません。




