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信長続生記  作者: TY1981
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信長続生記 巻の六 「日ノ本鳴動」 その16

な、難産でした。

表現方法が難しい…何回も編集し直してようやくお届け出来るレベルまで来れたかと思います。



            信長続生記 巻の六 「日ノ本鳴動」 その16




 小早川隆景の発言は、その場に居並ぶ者たちに衝撃を与えていた。

 領民を異国へと運ぶ、それが何を意味するのかが分かっているからだ。

 戦国時代、と呼ばれるこの時代では敵対していた勢力を討ち滅ぼし、その領地を手に入れた際には確かに人身売買なども頻繁に行われていた時代でもある。

 だが敵対相手の領民ではなく、自らの国の礎とも言うべき自国の領民を、いくら己が保護した宗教とはいえ、改宗させて異国へと運ぶというのは、いくらなんでも理解出来ない行動だ。

 技術や文化など、様々な部分で信長が潜在的な脅威を感じていた南蛮国の目的の一端が、隆景の一言で明らかとなった。


 九州にも勢力を伸ばし、実際に九州の戦線に向かった事もある隆景の発言だけに、その言葉の信憑性は言わずもがなだ。

 そしてなにより当の大友家とも熾烈な戦いを繰り広げ、その領国の内情を調べ上げている際に、たまたま手に入れた情報であったにしろ、それを隆景がこの場で明かしてくれた事は有難かった。

 信長として見れば南蛮国の存在は『潜在的な脅威』でありはしたものの、証拠がある『明確な脅威』ではない以上、どうしても他者を納得させる理由としては弱かった。

 それが今、思いもよらぬ所から決定的とも言える情報を手にしたのだ。

 この時点で、信長の頭の中はめまぐるしい回転を見せていた。


 今この場での予定していた行動を終え、その後に行う予定の数々、それらの行動に良い意味での若干の修正を加えていく。

 それと同時に小早川隆景を含む毛利家を、是が非でも自陣営に取り込んでおく必要性を感じ始めていた。

 今の隆景の発言は、少なくともとある二人の人間に聞かせる必要がある。

 それらの人物との会談が行えるかどうかは、近衛前久の手腕にかかってはいるもののおそらく不可能ではないはずだ。

 まるで詰め将棋を行うかのごとく、頭の中で着々と計画の歩を進めて行く信長を見やり、それまではあえて目立たぬようにしていた家康が、ここは自分が行くか、と意を決して口を開く。


「小早川殿、先程のお言葉は真実と受け止めてよろしゅうござるな?」


「あくまで報告を受けたのみにて、わしがこの目で確かめた訳ではありませぬが、な」


 そのやり取りだけで、信長も家康も、そして少し離れた所にいる光秀も、隆景の思惑が窺い知れた。

 先程の隆景の発言は、信長の『南蛮の脅威に対する、日ノ本防衛構想』において、極めて重要な情報と成り得るのだ。

 そしてそれが今提示出来る状況にあるのは、毛利家当主名代としてこの場に来ている、小早川隆景を置いて他に無い。

 情報、というものの重要性に気付けているのは、なにも信長だけではない。

 隆景はこの情報を餌に、毛利家という存在を高く売り込むことも出来るのだ。


 今この場にいる者たちの中で、最も西国に位置する領国を持ち、そして九州にもその勢力を伸ばし、確実な情報を手に入れ得る存在を、信長や家康が果たしてどのように扱うか。

 隆景は己の存在と情報の重要性でもって、二人の真意を探る。

 毛利家を潰して、九州まで自分たちの領土を広げようとするか。

 それとも毛利家を取り込んで、協力体制を持って情報をもらう道を選ぶか。

 もしくは情報を得るための草を九州に放ち、情報の真偽だけを知れれば良いのか。


 『毛利家』という存在を重要視するのなら、間違いなく信長たちは自分の懐柔にその重点を置くだろう。

 その一方であくまで毛利家を完全な従属化に置こうとするのなら、潰す方向で考えを進め、その一方で九州に情報収集用の人員を手配するだろう。

 さあどちらだ、織田信長よ。

 小早川隆景が信長に畏怖を抱き、織田信長が隆景を一角の人物と認識して未だ一刻すら経過していない中、互いの器を認めた上で二人は早くも戦を始めた。

 いや、正確に言えば小早川隆景は、織田信長と徳川家康という二人の英傑を相手に、駆け引きという戦を仕掛けたのである。


 瞬時にひりつくような気配を発し始めた空気に、それに気付いた秀政や蘭丸などがわずかに眉間にしわを寄せ、自然と手に力を入れる。

 諸将も自ずとその緊張感に呑まれ、固唾を飲むばかりで誰も何も言えない空気となった。

 しかしそんな空気をあえて無視した穏やかで冷静な声が、まるで頭から冷水をかけるかのように大広間に響いた。


「さすがは大国毛利の重鎮・小早川殿。 某の如き若造には窺い知れぬ博識ぶりにございます。 今後縁を深めし後には、是非ともご教授を頂きとうございます」


 隆景の正面、家康を間に置いた反対側に座る直江兼続が、微笑を浮かべたまま口を開いた。

 隆景を絶賛する一方で、同盟を組みたいという意思が未だにある事を匂わせる発言に、信長と家康、さらには隆景にも「この空気の中で割って入って来れるか」と、僅かに驚かせた。

 信長・家康対隆景の構図のままにはさせておかない、そのままにしておけば兼続の、そして上杉の立場が軽んじられると察した兼続が、あえて口を挟んで存在を示したのだ。

 強いて言うならこれは三つ巴の戦い、信長・家康対隆景対兼続という構図にまで持って行く、でなければ対等な同盟など組めはしない。

 その場の趨勢を瞬時に読み取り動くことの出来た兼続に、信長の兼続に対する評価が少し上がる。


「ふ、まだまだわしの見識も狭いものであったわ。 おる所にはおるものよな、人物というやつは…」


 優秀な人物たちを前にして、信長の機嫌が目に見えて良くなった。

 ここでいう『人物』とは、優れた人材、などを指す言葉である。

 織田家にも『人物』足り得る存在は何人もいたが、やはり一つの家の舵取りを担う存在ともなると、そうそうはいないものだ。

 ましてやそれが大国である毛利家や上杉家ともなると、それにかかる重圧や把握しなければならない仕事は膨大なものとなる。

 それらを差配できるだけの能力を持ち、ましてや次代当主として幼き頃より帝王学を学んできた若君、という訳でもない二人の存在は、極めて稀有な人材と言えるだろう。


 今この場で言えば断られるのは目に見えてはいるものの、優秀な人物を好む信長にとって、二人は是が非でも己が内に取り込んでおきたい程の存在に思えた。

 だがまずは本題だ。

 既に幾度もの中断を挟み、この後の行動や統治に支障が出るような事態にする訳にもいかない。

 先程の呟きから口角が上がったままになってしまっていた信長が、意図的に顔を引き締めて再び口を開く。


「南蛮国の目的がこの国そのものの略奪、であった場合。 我らに鉄砲を伝えし彼の国が、まだまだこの国では未知の武器を搭載した大船団で、我が国に押し寄せてくるという状況を、それぞれの頭で考えよ」


 信長の言葉を聞いて、ほとんどの者が眼を閉じてその状況を脳内で思い描く。

 なまじ想像力に長けた者ほど、その状況は悲惨の一途を辿った。

 押し寄せる軍艦、倒れていく同胞、蹂躙されていく国土、最終的にはなすすべなく敗北の屈辱に晒され、その時自分は生きているかすら分からない。

 冷や汗を流しながら歯噛みする者もいるが、楽観的な考えを持つ者や想像力に乏しい者は、今一つその状況が理解は出来ないものの、安閑とはしていられないという事だけは理解できたようだ。

 頃合いを見計らって信長がさらに言い募る。


「分かるか、彼奴等に言葉は通じぬ。 武器も、文化も、歴史も、戦い方も、肌の色も眼の色も、全てが違うのだ。 そんな奴らが大挙して押し寄せて来たら、誰が防げる? 未だ纏まらずに各勢力で小競り合いを繰り返すこの国が、奴らにとって格好の標的にならぬ、と誰が言える? 宣教師どもによってつぶさにこの国を調べ上げられ、攻め込む際の事前情報にされておらぬ、と誰が証明できる? わしの所におった『弥助』という名を与えた黒い肌をした男、あやつは南蛮商人からわしが買った奴隷であるが、我らの将来があやつの様になっておらぬと誰が約束できる? 今この場でわしに言われるよりも前に、この考えに行きついた事がある者は名乗りを挙げよ」


 信長の言葉に、誰もが項垂れ俯き、何も言葉を発することが出来なかった。

 人によっては身体の震えを抑えられぬ者もいた。

 未知のものへの恐怖、それだけは如何に勇ましく猛々しい武将であろうとも、忘れることの出来ぬものでもある。

 信長の言葉に、居並ぶ諸将がようやく気付いたのだ。

 自分たちは、南蛮国に関して何も知らないのだ、という事を。


 精々が宣教師が話した「わが国ではこうです」といった程度のこと。

 それも本当のことを言っているのかどうか、確認できる手段は無い。

 だが彼らは遠い海を越えてこの国に辿り着き、今では布教や交易などを含めて、この国への理解を深め続けている。

 もし布教や交易という手段を利用して、こちらの国のあらゆる内情を探ろうとしているのなら、もはや水際で防ぐという時期ではない。

 現に天正十二年当時の時点で、既に洗礼までも行ったいわゆる『キリシタン大名』は存在しており、バテレン追放令が出されるようになるまで、その数は増加の一途を辿っていた。


 今までは異国の神を崇める教えとして、ある者は進んで興味を示し、ある者は拒否反応を起こして遠ざけたりはしたものの、いきなり武器を持って襲いかかって来た訳でもない以上、人や地域によっては受け入れた所もあった。

 その後は貢ぎ物や交易の旨味をチラつかせ、受け入れた所にのみその恩恵に預かれる、と知った者の中には新たに受け入れた所もある。

 そうしてやがて西国を中心に『デウスの教え』は広がりを見せていき、日ノ本の中心たる畿内では、実力者となっていた信長に教会やセミナリオといった建造物の建築許可すら得ていたのだ。

 その頃の信長は既得権益を握り続け、自らに敵対する仏教勢力との戦いに業を煮やしており、その対抗勢力として『デウスの教え』を味方に引き入れる、という政策を取っていた。

 そうして協力体制となった南蛮勢力からもたらされた様々な貢ぎ物の中に、『地球儀』があった。


 世界の大きさ、日ノ本の小ささ、南蛮国がどれほど遠くからやって来たのか、ましてやそれだけの距離を航行する船を持ち、未知の技術を保有する恐ろしさ。

 信長は当初こそ新しい知識を得られる事に楽しみを見出し、喜びを感じていた。

 それを活かせる場があれば、織田家はさらなる発展を成し遂げられる、という思いもあった。

 だがある時に気付いてしまった、当時としては先進的過ぎるとも言える、明晰な頭脳を持つが故に信長はある考えに辿り着いてしまったのだ。

 これだけの技術力がある国が、本当にただ布教や交易のためだけに、こんな遠い所まで危険を顧みずに来るものなのか、と。


 無論遠いと思っているのは自分だけで、南蛮国の技術力を持ってすれば造作もない事だ、という可能性はある。

 だがそれはそれで別の恐ろしさがあるというものだ。

 信長が『地球儀』をはじめとする新たな知識や品物から得ていた楽しみは、いつしか未知への恐怖に変わっていった。

 信長は生まれた時からの体験もあって、猜疑心が強い事でも知られている。

 一度恐怖を感じてしまったら、確かめずにはいられなかった。


 ある時、信長は密かに宣教師ルイス・フロイスに尋ねて見た事がある。

 「鉄砲という武器の導入により、この国の戦の仕方は大きく変わった。 お主たちの国から来た武器は素晴らしい、もっと他にも素晴らしい物は無いのか」と。

 信長にしては珍しい、相手を誉めそやしていい気分にさせ、口を軽くさせる手段であった。

 本来の信長であれば居丈高に「知っていること全てを吐け」と言う所である。

 だがそれで宣教師に必要以上に警戒感を持たれるのは危険だったことと、それで「無い」と言われてしまえば確認する手段がない以上、信じるしかなくなってしまうからである。


 するとルイス・フロイスは少しだけ考えるような素振りを見せて口を開いた。

 「私はあくまで神の教えを広めるだけの者、武器に関してあまり詳しくはございません。 ですがもしかしたら、本国であれば上様が望む物もあるかもしれません」という事だった。

 要は「布教への協力と交易をこのまま続けて、本国での信長の評判が上がればもしかすると」という餌である。

 その物言いに「まるでこちらの足元を見る商人のようだな」と思う信長だったが、彼にはその発言だけで充分であった。

 この国には未だ無い、未知の武器が南蛮には存在する可能性がある、という事実が欲しかったのだ。


 信長が生まれる前、それこそ千年前からこの国では頻繁に戦が起きていた。

 権力者が別の者に取って代わられる時や、平和が続いても飢饉となって食糧を求めて争い合う時、直近では戦国時代の幕開けとなった『応仁の乱』もあった。

 そんな戦ばかりをしているこの国でも、未知の武器というものが存在するのだ。

 武器の発展に戦は付き物であり、逆に戦が無ければ武器を発展させる必要が無い。

 つまり、南蛮では日ノ本に勝るとも劣らない、大きな戦が起きていた、もしくは今も起こっているという事態のはずだ。


 さらにある南蛮商人が連れてきた弥助の存在。

 南蛮人は布教をするために命を賭ける宣教師、海を越えて人の売り買いすらする商人という人種しか信長は見た事が無いというのに、その両方とも戦をするのが主目的の人間ではない。

 つまり日ノ本で言う所の武士に相当する人種が、未だこの日ノ本には来ていない。

 その一方で自分達と肌の色が違う人間を売り買いし、戦をくり返し続ける日ノ本にすら存在しない武器を作り上げている。

 南蛮人が何を目的としているのかの、明確な証拠は依然として無かった。


 だが日ノ本に対して、少なくとも信長が目にした中には南蛮の『軍事力』は存在しなかった。

 『軍事力に直結する武器』はあるというのに。

 信長の猜疑心が南蛮人に対して警告を発した。

 宣教師であるルイス・フロイスを含め、南蛮人は何かを隠している。

 もしそれが予想通りなら、これほど恐ろしいことはなかった。


「自ら進んで南蛮の奴隷となりたい者は、今この場から去ってよい。 わしが考えておるのは、やがて来るかもしれぬ南蛮の脅威に対する備えである。 これを夢物語と笑う者も去れ。 だがわしの言葉に従う、あるいは協力する事を惜しまぬ、という者は誰であろうと迎え入れよう」


 信長がそう言い放って、その場から立ち上がる者は皆無だった。

 皆が皆、頬に一筋の汗を流しながらも拳を固く握りしめたり、生唾を恐怖と一緒に飲み下したり、戦意を瞳に込めて信長を真っ直ぐに見ていたりと、様々な反応を見せていた。

 それでも、信長の言葉を嗤うような者は誰一人その場にはいなかった。

 そう、その大広間の中には。

 皆が皆、その部屋の中の事だけに意識が向いていたからこそ、その部屋をそっと覗き見る存在には気付いていない。


(なるほどな……さすがは当代きっての傑物、織田信長。 しかも聞く限りでは、己の警戒心を宣教師どもには悟られぬようにしておるようだな……であれば、手の打ち様もあるというもの…)


 黒田官兵衛は得られた情報を元に、どう動くかを考える。

 その考えを中断させるかのように、先程官兵衛が兵を集めるよう命じた小姓が、後ろに二十名ほどの兵を引き連れて戻ってきた。

 小姓は「して、いかがいたしましょう?」と指示を仰いでくるが、今の官兵衛にとってはむしろ邪魔であった。

 己の思考に没頭したい一方で、中から聞こえてくる言葉なども聞き逃すことは出来ない。

 かえって邪魔になった兵たちに「大事ない、杞憂であった。 御苦労、持ち場に戻ってよいぞ」と声をかけて解散させた。


 言われて兵たちはぞろぞろと持ち場へと戻っていく。

 そして命じられていた小姓も、官兵衛に命を言い付けられる前に座っていた場所へ戻ろうとする。

 そこで官兵衛は思い直し、その小姓に改めて命令を下した。


「わしの配下に栗山利安、母里友信、後藤基次なる者たちがおる。 この大坂城のどこかにおる故、そやつらにわしの部屋へ集まっておくよう、伝えておいてくれ。 大事な話がある故、わしが直接話すと言伝も頼む」


「はッ」


 言われて小姓は再びその場から離れる。

 それを見送り、再び官兵衛は半寸ほど開けたふすまの隙間へと視線を戻す。

 どうやら、大広間の中ではまた一悶着ありそうだった。

 ここにいる事は中の誰にも気付かれていない、ならば得られる限りの情報を得させてもらおう。

 大広間で誰一人笑みを浮かべる者がいない中、その広間を覗き込む者ただ一人だけが、無表情ながら内心で笑みを浮かべていた。

まだまだ終わりません、この後もあの男の未来がかかっておりますので。

ようやくこれで昼食が取れます…お腹減った…

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