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信長続生記  作者: TY1981
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信長続生記 巻の六 「日ノ本鳴動」 その15

比較的早く上げることが出来ましたので早速投稿。

誤字脱字等ございましたら、何卒ご指摘をお願いいたします。

            信長続生記 巻の六 「日ノ本鳴動」 その15




 近衛前久は朝廷内の反信長派による、明智光秀を実行犯とした信長暗殺計画があった事を明かした。

 そして、自らもその一派に捕えられて協力を強制され、明智光秀を唆す役割の一端を担った事も、全て正直に語った。

 その部分に関しては、秀吉や秀長は前久自身の口から既に語られていたため、今更驚く事ではない。

 だがその他の諸将、さらに小早川隆景や直江兼続にとっては、驚愕の事実であった。

 諸将の前久を見る目が厳しくなってはいたものの、前久は怯むことなく語り続ける。


 居並ぶ諸将の視線に怒気や殺気が混じろうと、その視線の圧力は信長に比べれば大したことはない。

 既に信長からの威圧感に慣れすら感じてきている前久にとって、一大名格の武将が持つ威圧感程度なら、受け流す事は造作も無かった。

 そうして訪れた六月二日、本能寺にて信長暗殺計画が実行に移された。

 実行犯を任せられた明智光秀は、断腸の思いで計画を遂行。

 本能寺は焼け落ち、信長は死んだという事にされた。


 その後は皆も知っての通り、主君の仇討という名目で羽柴秀吉が中国地方より神速の大返しを敢行、明智光秀を打ち破って京を勢力下に置いた。

 さらにその後の調査で近衛前久邸から、本能寺に鉄砲を向けている兵がいたとの報告があったため、近衛前久を明智光秀の協力者と見なし、一時身柄を拘束。

 冤罪という事で解放されたものの、前久は京を脱出し家康を頼って浜松へ落ち延びた。

 そこで生きていた信長と再会し、時期を見計らいつつ再起を図る事を決断したのである。

 そこまで語った所で前久はふぅ、と一息入れた。


「少々疲れましたわ、続きはお願いしてもよろしいやろか?」


 前久がそう言いながら信長に視線を向ける。

 信長がそれを受けて口を開こうとすると、そこに膝を使って進み出た秀長が声を上げた。


「お、恐れながら!」


 秀長の嘆願めいた声音に、信長がじろりと視線を向けて、無言の問いかけを行う。

 諸将は信長が一体何を語るのか、自分たちが知らなかった信長の空白の二年間が、明かされるのを今か今かと待ち望んでいる。

 そこに割って入った形になる秀長を、ある者は困惑し、ある者は露骨に苛立った目を向けた。

 本来であれば新たな天下人となるべき羽柴秀吉の実弟にして、羽柴軍の副将たる秀長ではあるが、既に先のやり取りで秀吉の凋落は誰の目にも明らかだった。

 そのため秀長に非難の目を向ける者たちには、昨日までの様な遠慮が全く無かった。


「は、羽柴秀長にございます! 近衛様にどうしてもお聞きしたき儀がございまする、何卒お聞き届けの程を!」


「……なんですやろ? 答えられるものやったら答えてあげますえ」


 意外そうな顔はしたものの、別段気分を害した訳でもなさそうに、前久は穏やかに聞き返す。

 対して秀長は額にびっしりと汗を浮かばせながらも、若干声をかすらせながら問いかけの言葉を続ける。

 そんな秀長を、秀吉はまるで一縷の望みを託すかのように見ている。

 そして前田利家もまた、信長生存の喜びの一方で、友として秀吉を救う道を模索し続けていた。

 だが今は動くべきではないと考え、秀長の動向を気にしつつも、あえて動かずにいた。


「ありがたき幸せ! さればお聞き致しまする! 近衛様が上様御存命を存じておられながら、それを我らに黙っておられたのは一体何故にございまするか? 我ら羽柴家は近衛様と盟を交わし、共に朝廷工作のために一致団結を誓ったはず! それなのにこの仕打ちとはあまりに酷ぅございます!」


 一気に言い募った秀長の眼には、既に光るものがあった。

 それは眼から溢れ頬を伝い、滴り落ちて畳を濡らした。

 最後には慟哭に近い言葉を発し、秀長は肩で息をしながら前久の返答を待った。

 前久は冷静な目を秀長に向け、その後で再度信長に視線を向けた。

 そうして今度こそ、信長が口を開く。


「浜松で再会を果たした我らは、再起を図るために盟を結んだ。 貴様の言う『盟を交わした』というのも全て目的達成のための準備に過ぎぬ。 前久は貴様ら羽柴の同盟者ではない、真の同盟者はわしであり、貴様らを利用したにすぎぬ。 盟約を騙って相手を欺くのは戦国の世の常套手段よ、甘い事を抜かすな」


 一刀両断、とも言える信長の言葉に秀長の肩が落ちる。

 しかしそこで手を緩める程、信長は甘くない。

 既に絶望に瀕したも同然の秀長を、さらなるドン底へと叩き落とす。


「亡き主君の忘れ形見であろうと、かつては上司として敬った者であろうと、政敵と成り得るならば討ち滅ぼす。 それが戦国の世の習いであり、この二年で貴様らのやってきたことだ。 次につまらぬ事を抜かして口を挟むのなら、兄に先駆けて貴様の首から刎ねる。 黙っておれ」


 それでもはや、秀長に出来る事は無くなった。

 精々が黙って座ったまま、神妙な態度を貫き続ける程度だ。

 それでも信長の怒りが収まるとは考えにくい、それならせめて自分が首を差し出す事で兄だけは助けることは出来ないだろうか、と秀長は考えながら自らが座っていた場所へと戻る。

 そして秀吉も、信長の発した『首を刎ねる』という言葉を聞いて、明らかに顔色を悪くした。

 どうやった所で、自らの死が免れないという事実が重くのしかかって来たのだ。


 秀吉と秀長の兄弟が、完全に顔色を無くし俯く。

 だがそれに同情の視線や哀れみの感情を向ける者は少ない。

 佐々成政などは先程までの嬉し泣きから一転、秀長の嘆願を踏み潰した信長の言動に、満面の笑みを浮かべて鼻を鳴らしているほどだ。

 そうして場が再び静まり返った所で、先程の続きとばかりに信長が語り始める。


「わしは本能寺を密かに脱出し、その後は浜松へと向かった。 キンカンが背いた事で京周辺は死地と化す、故に浜松まで落ち延びる事とした。 そこで前久と家康両名と盟を約し、我らは再起を図るための行動を開始した。 先の徳川と羽柴の戦で徳川の強さを存分に見せ付け、今日この場を作り出したのも、わしが公の場において多くの者にその生存を知らしめるためよ。 その為に徳川殿には随分と骨を折ってもらった、心底より謝すると共に、今後も変わらぬ協力を願う」


 言い終えると同時に、信長は家康に向かって頭を下げた。

 いくら上座からとはいえ、信長は正面に座る家康に深々と頭を下げたのだ。

 その事実にその場にいた一同、隆景や兼続といった今日初めて信長を直に見た者すら、眼を見開いて驚きを露わにした。

 「よくやった」、「御苦労」、「大義である」など、労いの言葉はいくらでもある。

 しかしそれらは全て上からの物言いであり、家臣に使うような言葉だ。


 だが今の信長は、家康に対して『骨を折ってもらった事に心底より謝する』と言って、深々と頭を下げた。

 本能寺以前の信長でさえ、徳川家を半ば属国扱いした事すらあったというのに、今この場において信長は徳川に心からの感謝を示した。

 元々の織田家臣団にとって、信長のその態度一つで、徳川に対する姿勢を改めるには十分な効力がある。

 それまでは徳川家臣団に対し、表面上はともかく内心ではどこか居丈高になっていた者すら、徳川に対する認識を改める事が求められるのだ。

 もしそれが出来ない者なら、遅かれ早かれ身の破滅を招くだろう。


 それを瞬時に理解出来た者は、信長に続く様に家康、そして家康が連れてきた四人の重臣と未だ頭巾を被っている三人の者たちに、慌てて頭を垂れていった。

 『織田信長』という絶対的な君主がもたらす影響力を、そんな所からすら感じ取れる。

 強張った表情のまま、直江兼続は拳を握り締めた手に、なお一層強く力を込める。

 安国寺恵瓊は既にびっしりと額に汗を浮かべ、よほど喉が渇くのかしきりに喉を動かしている。

 そして小早川隆景のみ、そんな光景を唯一冷静に俯瞰できる心境にあった。


 絶対的な君主、その圧倒的な存在感を持った存在を父に持つ、その一点が隆景の精神にある種の余裕を持たせていた。

 そしてそんな隆景を、信長への返礼としてこちらも頭を下げていた家康が、目敏く視界に入れた。

 そこで家康も、先程の信長と同じように『小早川隆景、侮りがたし』と脳内に刻んでおいた。

 そうした言葉にならない、形に残らない様々な駆け引きが行われる場で、信長は下げていた頭を上げて、再び口を開いた。


「わしが浜松まで向かった事に疑問を持つ者もおるだろう、自らの元へと来てくれれば、と思った者もおるだろう。 だがキンカンが背いた時のわしは、家臣全て、我が子にすら疑いの目を向けた。 わしと信忠がいなくなれば、誰が得をするのか。 そこまで考え、わしは『織田家』の枠組みから外れる事を選んだ。 結果としてそれは功を奏した。 キンカンの裏で画策した者、己が野心を露わにした者、全てを賭けてわしと共に歩む事を選んだ者、それら全てが炙り出されるように明らかとなった」


 諸将の顔が引き締まる。

 その内の何人かは『己が野心を露わにした者』という信長の発言時に、秀吉に厳しい視線を向ける事も忘れない。

 だがそれと同時に、自分たちが信長に信を置いてもらえていなかった、という事実に軽く項垂れる者もいた。

 だが彼らは信長の語る人物たち全てが、思い当たってはいなかった。

 それも当然と言えば当然だ、すでに死んだと思われている者がその中に含まれているとは、さすがに誰も想像が付かない。


 なので信長は、下座のかなり後方に未だ座ったままの、頭巾を被ったままの三人に目を向けた。

 その視線を受けて、三人の内の一人が期待に眼を輝かせて、早くもその頭巾に手をかけた。

 それを横で見たもう一人が慌ててその手を抑えようとするも、信長から「お主ら兄弟も顔を明かして良いぞ」と許しを出され、待ってましたとばかりに一番身体の大きな男が、その頭巾を乱暴に外した。


「森武蔵守長可ぃ! ここに! 推参仕るぅッ!!」


 名乗りながら立ち上がって、驚いた顔の諸将を睥睨し、得意満面と言わんばかりな長可と、ゆっくりと丁寧に頭巾を脱ぎ、その顔を露わにして平伏する蘭丸。


「森三左衛門可成が三男にして、森武蔵守が弟・成利。 お久しゅうございます、皆様方」


 なんとも対照的な素性の明かし方に、信長も前久も家康も、さらには秀政もが苦笑する。

 よほど早く頭巾を外したくてうずうずしていたのだろう、長可は「生きておったのか!?」などと諸将から声をかけられる度に、「応!」などと豪快に答えている。

 そんな兄の間近で、蘭丸が恥ずかしさのあまり平伏したまま面を上げられずにいるというのに、当の本人は全く気付かぬままに「久しいなぁ、お歴々よ!」などと陽気に笑っている。

 ただ一人頭巾を被ったままの光秀が、視線で信長に「自分も外しますか?」と問いかけるが、信長は少しだけ口角を上げてそっと首を横に振る。

 どうやら光秀の生存を明かすのはもう少し機を見てから、というのが信長の考えらしいと判断した光秀は、まるでその場にいないかのように静かに座り続ける。


「上様御生存であれば、確かに蘭丸殿が生きておってもあまり驚きはしませぬが…」


「帰蝶も生きておるぞ、今頃は浜松でこの様子を伝え聞くのを、今か今かと首を長くしておるだろうよ」


 思わず呟いた丹羽長秀の言葉に、信長がさらに追加とばかりに話しかける。

 まさか信長から直接言われるとは思わなかった長秀は、それまで向けていた長可から信長へと頭を向け直して「奥方様も御無事とは、重畳の極みにございます」とまた頭を下げた。

 そしてひとしきり諸将の反応を楽しんで気が済んだのか、長可はようやく腰を下ろした。

 しかも頭巾をしていた先程までの正座から、どっかりと胡坐に座り直して改めて信長に頭を下げる。

 その顔は「スッキリした!」と言わんばかりの顔であり、場の空気が一気に弛緩した。


「ほな、気ぃが休まった所で話を続けますえ。 信長はんは家康はんと協力して、この天下を治め直す所存や。 今までは武力で推し進めてはったけど、ここに呼んである毛利はんと上杉はんには、信長はんの目指す『新しい天下布武』への協力をしてほしいという訳や。 日ノ本全体の事を考えて、この身からもどうかお頼みしますわ。 まずは話を聞いていってくれますやろか?」


 長可の行動で場の空気が一変し、その隙を突くように前久が隆景と兼続に打診する。

 無論、二人とてここまで来て話も聞かずに帰る気は無い。

 むしろ先程の信長の言葉の通りなら、自分たちがそれぞれの領国に帰るまでは、身の安全と領国への不可侵が約束されているのだ。

 ならばここで聞ける限りの話を、得られる限りの情報を手に入れないのは下策も下策だ。

 隆景も兼続も、黙って頷いて前久に話の続きを促す。


「信長はんの考えておる事はこの日ノ本の統一、さらにその先を見据えた天下防衛構想、と言えるものなんや」


 前久の言葉を聞いて、もはや何度目かも分からない疑問符が、諸将の頭に浮かぶ。

 日ノ本の統一と言えば、信長が以前から掲げていた『天下布武』で間違いないだろう。

 だがその後、『先を見据えた天下防衛構想』という単語に、諸将が一斉に首をかしげた。

 だが話し始めた前久も、当の信長や既に聞かされていた徳川家の面々や堀秀政なども、「この反応は当然だろうな」と思ったまま、口を挟みはしない。

 そしてその諸将の疑問に答えるように、前久はさらに続ける。


「信長はんが掲げていた『天下布武』は言わずもがなや。 天下の防衛言うんは、この日ノ本を一つにまとめた上で、南蛮の脅威からこの日ノ本全土を護る、という事を最終的な目標に掲げた構想や」


 そこでまた、諸将の顔には「何故ここで南蛮が?」と言わんばかりな表情が浮かんでいた。

 すると今度は信長が口を開く。


「鉄砲が南蛮からもたらされた事は貴様らも知っての通り、そしてその鉄砲だけではなく、様々な技術においてこの国は南蛮に後れを取っておる。 故に宣教師どもは布教の自由を求めるため、こちらには無い技術で作られた品々を貢ぐ事で、自らの信ずる『神の教え』とやらをこの国に広めた。 ここまでは分かるな?」


 信長の言葉に、瞬時に頷く者や少しだけ考えてから頷く者もいたが、既にこの時点で少し目が泳ぎ始めた者など、様々な反応があった。

 だが信長は大半の者が理解出来ていると考え、さらに先を続けた。

 ここまでで既に目が泳いでいる様な者には、この先の話には付いて来れまい。

 そんな奴らにまで、わざわざ時間を割いてまで説明する気は無い信長は、すぐに続きを話し始める。


「宣教師どもの言う『神の教え』、『デウスの教え』でも『耶蘇教』でも構わぬが、わしがあやつらの目的を問い質した際、あやつらの言う『神の教え』とやらを世界の至る所に広めるために、遠き海を越えてでも、様々な貢ぎ物を差し出してでも、自分たちの信ずる神の教えを広めたいのだ、と語った。 さらにあやつらは布教の許可が下りるのなら、交易でこの国を栄えさせる事も出来る、と抜かしおった。 この時点で、貴様らには何か不可解な所は感じられぬか? あると思う者は己が所見を述べてみせよ」


 今度は信長の言葉に頷く者がいなかった。

 誰も彼もが頭を悩ませるだけで、目が泳ぎ、他者を窺うように左右に視線を走らせ、小声で何かを相談し合うような声さえ聞こえ始める。

 その様子を見て、信長の眉間に少しだけしわが寄った。

 やはり自分の考えに付いて来れる者は、わずかしかいないのだと思い知らされたのだ。

 だが諸将を責めるというよりも、理解するまでに至った光秀や家康、さらには秀政が有能だったという事を褒めてやるべきなのだろう。


 チラリ、と信長は左右に視線を走らせる。

 小早川隆景と直江兼続の二人は眉間にしわを寄せたまま、何かを考えているようだった。

 その様は先程の話の内容が理解出来ない、のではなくその内容を理解した上で、信長の言う『不可解な所』に見当が付き、その上で考え事をしていると窺わせた。

 せっかくだ、と思い信長は試しに兼続に声をかけた。


「上杉家執政の頭脳を以てしても、やはり分からぬか?」


 試すように、それでいてまるで小馬鹿にするような口調で信長は兼続に挑発を仕掛ける。

 これが並の者であれば激昂するか、歯噛みしながら分からぬと認めるか、あるいは苦し紛れに見当はずれの考えを述べて、恥の上塗りをするかだろう。

 だが兼続はそのどれでもなかった。

 信長に正面から向き直り、挑むように言葉を返す。


「南蛮からの宣教師の行動については、確証は持てぬものの幾通りかの可能性は考えられます。 あくまで私見にございますが、それらを述べさせて頂いてもよろしゅうございますか?」


「であるか、申してみよ」


 兼続の言葉に、少しだけ信長の声に喜色が混ざる。

 ここにも話を理解できる者がいたか、と信長は直江兼続という男と、その男が差配する上杉家に興味を示した。

 信長に促された兼続は、指を一本一本立てながら順番に考えを述べていく。


「まず、宣教師の理念が『神の教え』を広める事こそが生涯の務め、という場合。 これであれば全てを賭けて『神の教え』布教のために、あらゆる手段を用いて、海であろうと山であろうと越えようとするでしょう。 ですのでその者の言葉に嘘は無く、芯の通った殉教者、と言うべきかと。 もう一つが交易の利が極めて大きい場合、わが国で産出するものが南蛮にとって莫大な利をもたらす物であったのなら、少々の危険を顧みてもそれに見合う価値があると判断するでしょう。 この場合『神の教え』とやらはいわば隠れ蓑、本当の目的は交易であり、布教はあくまでそのついでとなりましょう」


 兼続の語る所に納得がいったのか、諸将の多くがうむうむと頷いている。

 ここまで噛み砕いて語られれば、確かに大勢の者に理解出来る話となるだろう。

 なまじ思考能力が優れているが故に、信長にはそういった部分が欠けていた。

 そして兼続が話を続ける内に、三本目、四本目と指が立てられていく。


「他にも、純粋に南蛮はこの日ノ本と友好的でありたい、と向こうが思っていた場合。 これであれば全く問題はありませぬが、織田殿の申され様からすると、恐らくは可能性が最も低きことかと。 その他には我らが彼らの本当の目的に気付いていない、という可能性もございます。 これが最も厄介であり、最も可能性が高きことと、某は愚考いたします。 いずれにしろ現時点ではどれも確証が無く、思い付くのはこの辺りにございますが……」


 兼続の言葉が終わる頃には、諸将のほとんどが彼に様々な視線を向けていた。

 その視線の多くは驚愕や感心といったものではあったが、一部に嫉妬などの感情が含まれたものでもあり、この一連のやり取りだけで、直江兼続の名と存在は諸将の頭に刻まれた。

 そしてそれを上座から見下ろす信長が、兼続に初めて笑みを向けた。

 口角を上げて、僅かにだが頷いてもいた。

 すると兼続の反対側、隆景がスッと挙手をする。


「某もあくまで私見ではござるが補足をさせて頂く。 『神の教え』を広める宣教師たちは、様々な貢ぎ物と交易の旨味でもって九州、特に大友家をはじめとする多くの大名家や国人衆を、自らの教えの中に取り込んでいる。 また、我が毛利家の調べたところによれば、彼らは領民の多くを『デウスの教え』に改宗させ、船で異国へと運んでいるという話もあった。 某の目で確認した訳でもないが、恐らく間違いは無いように思う」


 隆景の言葉に、この日初めて信長の眼が驚愕に見開かれた。

 それまではこの場に居る多くの者に、何度も驚かせていた信長が初めて驚く側へと回った。

 だがそれと同時に信長の中での南蛮国、そしてその尖兵となっていると思われる宣教師たちへの警戒感が、最大限度まで上がった。

 期せずして、小早川隆景の口から信長は最も知りたかった情報を得る事に成功したのだ。

 隆景へと視線を移しながら、信長はこの日最も獰猛な笑みを浮かべていた。

ようやく小早川隆景を同席させた甲斐のある話に。

秀吉・秀長の処遇については今しばらくお待ち下さい。

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