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信長続生記  作者: TY1981
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信長続生記 巻の六 「日ノ本鳴動」 その13

大変お待たせいたしました。

この作品の題名に相応しい展開まで、ようやく辿り着けました。


            信長続生記 巻の六 「日ノ本鳴動」 その13




 堀秀政の先導で、居並ぶ諸将の間を歩いていく徳川家康。

 さらにその後に続く酒井忠次、石川数正、本多忠勝、榊原康政の四名。

 ここまでは良かった、その部屋に座している諸将であれば、一度や二度は顔を見ていたり、実際に言葉を交わしたこともある顔が、家康の後に付いて歩いてくるのだから。

 だがその後の四人を見て、諸将の顔に驚愕や動揺、困惑の気配が広がっていく。

 なにせ目元以外を全て隠した頭巾を被り、その様な姿でありながらこのような公式な場でも一切申し訳なさそうな素振りも無く、堂々と歩いてきているのである。


 一体あの者たちは何だ、なぜあのような格好をしている、徳川は一体何を考えている。

 そう考えた者は、何も下座や中座に座する諸将だけではない。

 小早川隆景や直江兼続も、わずかに眉間にしわを寄せて、事の真意を計りかねていた。

 そして当然、上段に座る秀吉はそれまでのにこやかな顔から一変、訝しげな顔でその四名を見た後で家康に視線を向ける。

 そしてチラリと隣に座る近衛前久を見ると、前久は別段驚くような素振りも見せず、なぜか楽しそうな雰囲気まで感じ取れた。


 家康は中座の中央まで進み、そこにゆっくりと腰を下ろして平伏する。

 秀政も家康をそこまで進ませてから、中座の中で唯一空いていた箇所に腰を下ろす。

 そして家康と秀政以外の者たち八名は、下座にそれぞれ並んで腰を下ろした。

 そこにいる者たちのほとんどの視線が、頭巾をした四名に注がれている。

 だがそんな事などお構い無しに、家康は堂々と名乗りを挙げる。


「徳川左近衛権中将家康にござる。 此度、羽柴筑前守殿との和睦締結のため、大坂まで罷り越しましたる次第。 また近衛様におかれましては、昨年来ご無沙汰致す事となり、恐悦至極に存じ奉ります。 この度の和睦仲介の儀に際し、色々と御骨折り頂きましたる事、忝くもこの家康の不徳の致すところにございますれば、何卒ご容赦下さりませ」


 言って深々と頭を下げる家康に、秀吉は上座から気もそぞろにうむうむと頷く。

 本来であれば「近衛様と並んでおるわしにも頭を下げる事となり、歯噛みして悔しがるじゃろう」などという展開になると思っていたのだが。

 確かに表面上はそうなってはいるが、それよりももっと気になる事があってそれどころではない。

 これで相手が単なる一家臣であれば「挨拶はえぇから、そやつらの格好の説明をせい!」と怒鳴っている所でもあった。

 だがこの場ではそうもいかない、なので務めて落ち着いた声音で家康に問いかけた。


「遠路はるばるのお越し、誠に御苦労にござった。 して、徳川殿に一つお訪ねしたい、その後ろにいる者たちの風体について、説明をして頂けぬかな?」


 言い方こそ丁寧だが、内心では「こんな場所に怪しい奴らを連れてきおって、どういうつもりだ!?」と叫び出した気持ちで一杯だ。

 可能性としては高いのが、手練れの忍びである。

 この機に一気に羽柴家の中枢を占める者たちを抹殺しよう、という腹ではないのかと気が気ではない。

 とりあえず家康が連れてきた家臣団の多くは、現在も宛がわれた部屋の中でじっと待機しているはずだ。

 何かあればそれこそ騒ぎが起きるはずだし、一体徳川が何を考えているのか皆目見当が付かない。


「まあまあ、それより秀吉はん。 徳川はんなりの趣向は後で堪能させてもらうとして、今は和睦の方を先に進めようやないか、なあ徳川はん?」


「某に異存はございませぬ」


 お前には無くてもこっちにはあるんじゃ!

 と言えたらどれだけ楽か、秀吉は隣から口を挟んできた前久を睨みたくもなったが、相手が相手だけに目線一つでも気分を害させる訳にもいかない。

 怒鳴りたい気持ちをぐっと堪え、さらに諸将の焦燥感のこもった視線も受け止めつつ、小姓に目配せをして和睦条件などを記した書簡を持って来させた。

 家康の前に一つ、秀吉の前に一つ、それぞれに書かれた内容が同じ書簡が置かれ、さらに筆と短刀も用意された。

 書簡に目を通して内容を確認し、ここに至るまでの話し合いで決まった内容と寸分違わない事を確認した家康は、名と花押を書き、短刀で親指を少しだけ切って血判を押した。


 秀吉の方も同様に名と花押、さらに血判を押した。

 すると小姓が今度は秀吉と家康がそれぞれ記した書簡を入れ替え、互いの名前が入った書簡を互いの前に用意されて、そちらの方にも同じように記して押していく。

 二つの全く同じ内容が書かれた書簡に、羽柴秀吉と徳川家康の名前が刻まれる。

 これで互いに和睦に同意した事となり、正式に羽柴と徳川の戦に終止符が打たれた。

 それを見た秀長から「おめでとうございます!」と恭しく平伏され、それに一呼吸遅らせて、諸将から一斉に「おめでとうございます!」と声を上げられながら平伏される。


 その場にいる前久、秀吉、家康以外の全ての者が頭を下げ、そして頭が上がる頃を見計らって、家康が前久に視線を送る。

 その視線を受けた前久が口角をクイッと上げて頷く。

 その眼はとても楽しそうだった。

 釣られて家康も思わず苦笑を返して、軽く肩をすくめた。

 今のやり取りにただ一人気付いた秀吉が、瞬間的に訝しげな顔をしたが、それに気付く者はおらず、そしてその隙を突くように前久が口を開く。


「ほな、そろそろよろしい頃合いやな。 皆も待ちくたびれたやろ、無粋なもんは取っ払っておくれやす」


「であるか」


 前久の言葉に、頭巾をした者たちの中で、先頭に立っていた者が口を開いた。

 その言葉に、多くの者が様々な反応をした。

 一番多かったのは、前関白・近衛前久の言葉に、全く敬いや怖れを含んだ言い回しをせずに、無礼な言葉で返したうつけ者、という非難の目線を向けた者たち。

 その次に多かったのは、今の声と言葉にある一人の人物を思い描いた者たち、この者たちの共通点は目を見開き、軽く息を飲んでいる事が多かったこと。

 一番少なかったのは徳川家の家臣達と堀秀政、そして他の頭巾を被っていた者たちで、この者たちはほとんど無反応に近かった。


 そして言葉を発した頭巾の男は、その場にすっくと立ち上がってそのまま無遠慮に上座に向かって進んでいく。

 あまりの突飛な行動に、諸将も目で追う事しか出来ず、その行動を止められる者がいない。

 頭巾の男が中座に上った所で、秀長がなんとかその行動を止めようと手を伸ばしたが、隣に座していた秀政がとっさにその腕を掴んで止める。

 驚きと非難の視線を秀政に向けた秀長だったが、秀政はその視線に対して軽く首を横に振るだけで、その眼は真っ直ぐに頭巾の男に向けられている。

 そうしている内にその二人すらも通り過ぎ、家康の横も通り過ぎた所で頭巾の男はその頭巾を乱暴に剥ぎ取り、その素顔を晒しながら口を開く。


「久しいの、サル。 下座(あちら)では座り心地が悪い故、その場所と代えよ」


 右手には乱暴に脱いだ頭巾。

 顔に浮かぶは不敵な、そして悪戯を成功させた悪ガキの如き笑み。

 その姿が睥睨するは、新たな時代の新たな天下人となるべき人間だったはずの男。

 徳川家康と近衛前久のみが、口元に小さく笑みを浮かべている。

 諸将は皆、驚きのあまり言葉を失って、かつての様にその威容を仰ぎ見る。


 今この瞬間、織田信長は歴史の表舞台へと舞い戻った。




 黒田官兵衛は急いでいた。

 徳川家康とその重臣たちが、今頃は大広間で秀吉に謁見しているはずである。

 だがその際、目元以外をすっぽりと覆い隠す頭巾をした者達四名が、家康に同行していたと報告を受けたためだ。

 何故そんなあからさまに怪しい奴らを、秀吉だけではない羽柴家の柱石が居並ぶ場所に、むざむざ通してしまったのかと思わず小姓たちを問い詰めた。

 問い詰めて帰ってきた答えは、堀秀政が全ての責任を取るから通せ、と言われて通さざるを得なかった、という事らしい。


 どういうつもりだ、堀秀政。

 あの男は優秀だ、時世の流れをしっかりと読めるだけの器もある。

 そんな男が何故この機に、そんな危ない橋を渡ろうとする。

 秀政は確か先の戦いで秀吉から叱責を受けたはず。

 勝手に国許に帰って謹慎処分を受け、家康を歓待するためにその謹慎も早期に解かれたと聞いている。


 だがそれらは全て、対外的な視線を鑑みての処分だったはずだ。

 つまり堀秀政に、羽柴秀吉を恨む理由は無いはずだ。

 いわれのない罪状で、冤罪でもって罰を受けたのなら恨みにも思うだろう。

 だがあれは双方納得済みだと聞いている、何故だ、道理に合わない。

 もし家康が連れていた頭巾の者達四名が、あの大広間で問題行動を起こした場合、家康のみならず秀政の名にも大きく傷が付く事になる。


 本当に、一体何を考えているのだ、堀秀政の奴は。

 いくら考えた所で、秀政と大して親しくも無い自分が答えなど出る訳もない事が、自分で一番よく分かっている。

 だがそれでもそう思わずにはいられない、全く手間を取らせてくれるものだ。

 焦る気持ちは強くても、足が不自由な官兵衛はどうしても杖を突きながらの移動である。

 こういう時ほど、五体満足ではなくなった自分の身体を恨めしく思うことはない。


 想定される最悪の事態としては、家康含め徳川の重臣全てが影武者であること。

 殺される事も前提として、頭巾で顔を隠した手練れの者四名を中心に、あの大広間にいる者たちを皆殺しにすること。

 もしそうなれば羽柴家は屋台骨から消失して、一気に滅亡まで行くだろう。

 その後を自分が掌握して、天下第一の勢力の頭に自分が座る、というのも頭をよぎったが、そんな事が起きた場合その事後処理だけで手一杯となるだろう。

 ましてやそんな事態が起きた場合、間違いなく家康は迅速に動いて天下を簒奪していくはずだ。


 そうなれば徳川に対して成す術は無い。

 いや、上手く立ち回れば徳川を卑怯者として弾劾し、自分が羽柴の残存勢力を糾合して天下を獲る事も不可能ではないか。

 いや待て、徳川がそのような隙を見せるとも考えにくい、それに自分は羽柴家の中では比較的新参な方だ。

 血縁関係があるならまだしも、小寺家の家臣から鞍替えして入った自分は、羽柴家内では一目は置かれているものの、命懸けで従ってくれるほどの人望は得ていない。

 無理だ、今の時点ではやはり秀吉の存在が不可欠だ。


 様々な考えが頭をよぎり、いらぬ焦りばかりが募る。

 カツ、カツ、カツ、という音を短い感覚で立てながら、官兵衛は先を急ぐ。

 万事において造りの大きい大坂城、自らが縄張りした城とはいえ、この時ほどこの城の大きさが煩わしく感じられた事は無い。

 ようやく目的の場所である大広間の前へと到着すると、ふすまの前には二名の小姓が座っており、息を切らしてそこまで来た官兵衛に頭は下げるものの、困惑の表情を浮かべている。


「徳川殿の一行は?」


「先程皆様で中へ。 既にお話も始まっておる模様にて、今から入るのは……」


 小姓はその先を濁していたが、言いたい事は官兵衛にもよく分かっている。

 今から入ったのでは、いかにもバツが悪い思いをする事になる。

 羽柴家中だけの集まりであれば問題は無いかもしれないが、この中には徳川や毛利、上杉の者たちもいるため、羽柴家の軍師という立場の官兵衛が遅れて入室するというのは、いかにも体裁が悪い。

 ならば最初からこの席には官兵衛は同席する予定ではなかった、という風に受け取られた方がまだマシというものだ。

 焦りのあまり大急ぎで来たが、既に頭巾で顔を隠した者たちも中へと入ってしまっているという。


(間に合わなかったか……いや、せめて中の様子を確かめ、必要とあらば…)


 そこまで考えてから、官兵衛はふすまの前に控えている小姓の片方に、兵として集められる者を至急ここへと呼び集めるよう命じた。

 戸惑う小姓にいいから行け、と命じて官兵衛自身はその場に留まる。

 ふすまを半寸ほど開けさせ、中の会話と様子を窺うためだ。

 考え様によってはこれは好機ともなるはずだ。

 もし徳川がこの場で何か良からぬ事を考え、そして実行に移したのならば。


 それを後から来た自分が鎮圧して、秀吉含め諸将の命を救ったならば。

 誰もが認めざるを得ない、紛れもない大功となるだろう。

 それこそ、秀吉亡き後の天下を任せられても、誰も異存を唱えにくい程に。

 考え方を変えれば、この状況は決して悪いものだけではない。

 そんな事を考えながら、広間の中を覗き見た官兵衛の視界に映り、耳に入って来た言葉は予想を遥かに超えた衝撃となって、官兵衛の脳を揺さぶった。


「久しいの、サル。 下座(あちら)では座り心地が悪い故、その場所と代えよ」


 ふすまをわずかに開けた隙間から届いた声は、決して聞き慣れた声ではない。

 ただの一度だけ、あれはまだ小寺家に仕えていた頃に、中央に進出した織田家の隆盛に着目し、小寺家の存続を図って信長に接近しようとしたあの時。

 当時は重臣とはいえ、まだ小寺家の一家臣でしかなかった自分が、信長への謁見を許され、直接声をかけられた時に聞いたあの声。

 そして上段にいる秀吉を見下ろし、右手に脱いだばかりと思われる頭巾を手にした一人の男。

 それだけで、官兵衛は目の前が真っ暗になったかのような錯覚を感じ、思わずその場にへたり込んだ。


 脇にいた小姓が何事かと、官兵衛に手を貸そうとして来るが、官兵衛はそれを無意識の内に払いのけた。

 そして自らが目にした光景を脳内で今一度吟味し、必死に頭を回転させる。

 家康と共に部屋に入った頭巾の男、その内の少なくとも一人はあの男、織田信長。

 ならば残りの三人は、一体誰だと言うのだ。

 どちらにしろ、今この場で自分は出ていく訳にはいかなくなった。


「何故だ……何故生きている、信長ぁッ!」


 歯噛みして、脇にいる小姓にも聞こえぬ様な小声で、呻くように呟く官兵衛。

 部屋の中の大部分を占める者たちが、驚愕のあまり何も言えず、なにも動けず、どうすることも出来なくなっている中で、信長が再び口を開く。

 それを部屋の外から、状況を読み取るために盗み見ている者がいる事を、部屋の中の誰も気付かない。

 誰も自分の存在に気付いていない事に、官兵衛の頭の冷静な部分がこれを「好機」と判断した。

 ひとまず官兵衛は息を潜めて、大広間の様子を探る事に集中した。

まずはここまでお付き合い下さいました皆様に、篤く御礼申し上げます。

ブックマーク・評価・感想などなど、大変励みに、そして参考になりました。

ご指摘を頂いて慌てたり、展開が遅くて悩んだりもしましたが、ここまで漕ぎ着けられたのも皆様のご助力あってこそでございます。

しかし題名的にはここがようやくスタートラインも同然、せめて巻の六の最後までは全力で描き切ります。


拙作『信長続生記』、もうしばらくお付き合い下さいませ。

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