信長続生記 巻の六 「日ノ本鳴動」 その7
なんとか更新できました。
こんな時に普段使っていたコードレス型のマウスも紛失し、普段よりもさらに時間がかかるという状況に。
結局どこを探しても見つからないので、この後買いに行ってきます。(泣)
信長続生記 巻の六 「日ノ本鳴動」 その7
石田三成が上杉の説得に成功し、直江兼続と共に大坂城に向かい始める少し前。
中国地方、備中国のとある廃寺の本堂に二人の男が詰めていた。
羽柴家軍師・黒田官兵衛孝高と毛利家外交僧・安国寺恵瓊の二人である。
護衛の者達も全て遠ざけ、人目を忍ぶために朽ちた廃寺の中へと入った。
黒田家から選りすぐった護衛の兵たちは全て寺の周囲に散らせ、寺の境内には二人以外の人間はいない。
屋根が半分崩れかけた廃寺の本堂の中で、二人が正面から相対する。
片やいつもと変わらぬ無表情で、杖を傍らに置いて恵瓊を見据える。
片やどこか「僧」という風体に似つかわしい笑みを顔に浮かべて、官兵衛を見返している。
表面上は穏やかに、だが内心では互いに腹に一物抱えている者同士、決して油断のならぬ相手という認識であった。
数分間はお互いにお互いを観察する様に沈黙を貫き、そうしてやがて恵瓊が口を開く。
「毛利家の今後に関わるお話、と聞いておりましたが……本当によろしいので?」
「……うむ、正式な会談の場ではこちらにはもう一人目付役が来るのでな。 わしの存念を思うがままに話せる機会として、この場を選ばせて頂いた。 まずは応じてくれて礼を言う」
言って深々と官兵衛は頭を下げた。
官兵衛は秀吉に付けられた目付け役、蜂須賀小六にも内密に、己の部下を使って安国寺恵瓊に接触した。
その上で正式な会談を行う前に、人目のない場所で今回の話に先駆けて、裏事情を聞かせるという約束を取り付けておいた。
なので寺を囲むのは全て黒田家の、官兵衛の私兵であり、この場には副使であり官兵衛の監視役、蜂須賀小六もいない。
毛利家の同盟への参加を妨害する、そのために官兵衛は少々危険な賭けに出ていたのだ。
「ほぉ……今や日の出の勢いの羽柴家を支える、天下の軍師殿の御考えとは! これは是非とも拝聴致さねばなりませぬな」
慇懃無礼、とも取れる恵瓊の言葉に、官兵衛が内心苛立ちを覚える。
毛利家とて、先の羽柴対徳川の戦の結果は知っているだろう。
その戦に官兵衛は参戦していなかったとはいえ、その戦で羽柴は徳川に煮え湯を飲まされ、前関白・近衛前久の口添えで停戦・和睦した、という事を目の前のこの外交僧が知らぬ訳が無い。
外交に携わる者にとって、情報はこの上ない武器だ。
どれだけの情報を手にしているか、あるいは相手にとって不利になる情報を握っているかが、外交の際の優劣を決めると言っても過言ではない。
たとえ立場の強い者と弱い者の外交の場であっても、弱い者がもし強い者にとって致命的となる情報を握ってしまったなら、表面上の力量はどうあれ、外交の場においては風下に立たされる。
恵瓊の言う「日の出の勢いの羽柴家」とはいえ、それは決して覆ることは無い。
無論羽柴家と毛利家の外交の場で、羽柴対徳川の戦の結果が直接作用するような事柄は無い。
だがそれでも、羽柴家からしてみれば連戦連勝だった所に手痛い敗北を食らい、向かう所敵なしとは言えなくなってしまったのだ。
そういう意味でも、羽柴家の立場からすると恵瓊の物言いは癪に障るものであった。
「……まずは本題からお話致そう。 先日前関白・近衛卿よりの提案があった。 内容は羽柴・毛利・徳川・上杉という各地の大勢力による、日ノ本の分割統治を行い、それによって一刻も早く戦乱の世を終えて欲しい、というものであった。 我が殿・羽柴筑前守はこれを了承し、毛利と上杉に使者を送ってこの大同盟への参加を呼び掛ける、という決定を下した。 それに先駆けてこの場を設けた、という事だ」
「……ふぅむ……まだ、お話していないことがございますな? 我が毛利と越後の上杉、その両家に使者を送って、徳川には使者を送らぬ訳は?」
「羽柴と徳川は先の戦で敵対したが、近衛卿の仲介により停戦に応じた。 その和睦の最終交渉を先年完成した大坂城で執り行う事と決まった。 羽柴と徳川が組む際に、合わせて西国の毛利、北国の上杉とも大同盟を結び、それぞれが背中を預け合う事で大勢力同士の潰し合いを防ぎ、無用な戦の拡大を防ぐのが狙いの一つであったのだろう」
「…ふむふむ………その場合この四家以外の勢力に対しては如何に当たるつもりで?」
「中央の羽柴は四国を併呑、西国の毛利は九州を勢力下に置き、東国の徳川は関東へ進出、北国の上杉は越後国内を平定した後は奥羽へと兵を進め、天下を四分割するというのが近衛卿の示された提案だ」
「なるほど……互いに大勢力同士が背中を預け合うが故に、それぞれが自らの向かう先に戦力を集中させることが出来るようになる、と…なかなか上手く考えられましたなぁ」
「公家、とは言うても自らの足で全国を行脚し、その眼で様々な物を見ただけの事はある。 ここまで大局的な物の見方が出来る公家がおるとは思わなんだ」
「いやいや、実際の所大したものでございますよ。 これが我ら武家であったなら、まず己が家を第一にしてその他の家を従わせる、という事を念頭に置いてあるはずですからな」
「全くだ、だがこれは……」
「ええ、言わんとする所はよぉく分かりますとも」
官兵衛が無表情の中に若干の侮蔑を含み、恵瓊が笑みの中に嘲りの感情を含ませる。
「理想論だ」
「理想論ですな」
二人の口からほぼ同時に、否定的なつぶやきが漏れた。
互いが互いに何を言いたかったのか、口に出さなくとも分かっていた、とばかりに二人は互いに視線を交差させる。
考え方は納得出来るし、その心情も理解は出来る。
だが所詮は公家の語る理想論、そんな簡単に世の中が収まるのなら、かれこれ百年以上も戦乱の世は続きはしない、というものだ。
大名に金や物の無心をするだけしか能のない公家に比べれば、この世の中をなんとかしたいと動こうとするその気概だけは認めるが、それでもやはり甘い考えだと言わざるを得ない。
「なるほどなるほど。 黒田殿が拙僧との会見を、このような形で先んじて行おうとした理由が今ようやく分かりましたぞ。 確かに公の場では申し上げにくい事でしょうなぁ」
言って、恵瓊の笑みはより深くなる。
官兵衛は変わらず無表情のままだ。
官兵衛が何かを言う気配が無かったため、続けて恵瓊が口を開く。
「羽柴家軍師としてのお役目、誠に御苦労に存じます。 先程申された内容、必ずや毛利家のお歴々にもお伝えいたしましょう。 して……ここからは黒田殿のご本心を承りましょうか」
恵瓊は一旦頭を下げて、官兵衛の労を労った。
先程まで話していたことが、公式な会見では語られるのであろう。
官兵衛が蜂須賀小六の前で、近衛前久から出た提案を恵瓊に語り、それを聞いた恵瓊が何かしらの反応をして「では殿にはしかとお伝えいたします」などと語ればそれで終わりだ。
先程までのやり取りと非常に似たような事をくり返す必要があるが、たとえ茶番じみてはいても、蜂須賀小六の目を欺くためには必要な演出である。
そうしてここからが、公では語れぬ内容となる。
「さればお話致そう。 この同盟の話には少々裏がある」
「…ええ、無い訳が無いでしょうな。 そこをお聞かせいただけるので?」
「うむ……前関白・近衛前久卿は羽柴と徳川の戦の前には、徳川に身を寄せていた。 それもあって双方に顔が利き、此度の停戦・和睦と相成った。 そして上杉の先代・不識庵謙信と近衛卿は昵懇であった故に、大同盟の四家の内明らかに国力が劣るにも拘らず、羽柴・徳川・毛利と同格の地位を用意された。 そして同格とはいえ一番広い領国を持ち、京と朝廷を抑えた羽柴は必ずや他家を従え、実質的な天下を握る事となる。 そして近衛卿は、我が殿に依頼され朝廷の公家衆を相手に現在も工作を続けている。 事が成った暁には、羽柴家を中心とし、それを毛利・徳川・上杉で支える体制が確立され、それを裏から主導した近衛卿はまず間違いなく、朝廷内での権威を一手に握ることになろう」
官兵衛は自らの考えを包み隠さず語った。
無論、これは恵瓊を自らの考えに引き込み、毛利家に同盟参加を思い留まらせるように仕向けるための策であった。
もし本当にこの四家の大同盟など組まれてしまえば、敵対勢力や弱小勢力はもとより、羽柴家中にいながらにして下剋上を狙う、黒田官兵衛にとっても成り上がりの機を失ってしまう。
戦乱は徐々に収束に向かいつつあるとは言っても、それでも数年で終わってしまっては困るのだ。
時間がかかって秀吉の寿命が尽き、それまでに自分がどれだけ信頼に足る存在かを喧伝し、実子のいない秀吉が実力本位で自分を後継者に指名してくれれば。
もしくはどこかで秀吉が戦死でも暗殺でもいいから死んでくれれば、後は自らの才覚で成り上がっても良いとは思っているが、どちらにしろ秀吉という存在が邪魔なのだ。
だが秀吉は官兵衛自身が客観的に見ても、かなり手強く恐ろしい存在だ。
立場も当然上なのだが、慕っている者も数多くいる。
そんな存在と正面切って戦うよりも、今の地位を堅持したままさらに功績を上げれば、危険な賭けに出ずとも天下が転がり込んでくる可能性もある。
秀吉がどういう死に方をするか、戦が収まるのにどれだけ時がかかるか、官兵衛がどれだけの功績を上げるか、それらは全て戦が起こり続けてこそのものだ。
まだだ、まだこの戦乱の世を終わらせる訳にはいかない。
少なくとも自分が天下を握れる可能性が出ぬ内は、決して戦を治めさせてはいけない。
かつて本能寺で信長が光秀に討たれた、という報を知った時、これはそのまま自分にも当てはまると考えた。
信長・光秀・秀吉という当時の織田家の上位三名を、秀吉・秀長・官兵衛という現在の羽柴家の上位三名に当てはめる。
やはり一番上とその次にいる二番手は、三番目の存在にとっては目の上のこぶなのだ。
信長は光秀によって討たれ、秀吉は光秀を討つことで自らの上にいた邪魔者を消すことが出来た。
だが羽柴家の場合は、二番手が秀吉の腹違いの弟である秀長である。
腹違いの兄弟と言うと、場合によっては最も身近な敵と成り得る存在ではあるが、この兄弟の場合は少なくともそのような感じではない。
普段の秀長を見る限り、秀吉を討とうとする姿など、全く想像が出来ないほどだ。
ならばやはり、秀吉も秀長も戦死なり病死なりして消えてもらい、その後継に座るのが最良だ。
危険が少なく、それでいて実力本位なら誰も文句は言えまい。
さすがに己の野望の事まで全てを語りはしないが、それでも官兵衛の意見を聞いた恵瓊は、黙って考え込んでいるようだ。
そこをさらに畳み掛ける。
「結局は、近衛卿が裏から天下を握るも同然。 鎌倉・室町とおよそ四百年に渡って幕府に、武家に大きな顔をされ続けた朝廷が、天下を己が物に取り戻そうという策略、と某は見た。 徳川と上杉には大きく恩を売り、羽柴とは懇意となって四家の中心に置く。 しかし毛利は? 毛利は近衛卿との間に大きな関わりは持っておられたか? もし四家の間に不和が起き、毛利が粗略に扱われた場合、庇い立てをする者は誰もおらず、下手をすれば朝敵の誹りすら受ける可能性があるとは思われぬか?」
自分でもつくづく強引な理論だと分かっている。
官兵衛自身、近衛前久がもし自分の言った通りの考えで動いていたのだとしても、そうそう上手くいく訳がない。
上杉に対する意見はほとんど本音ではあったが、だからと言って毛利が必ずしも同格と言いながら立場が弱くなると決まっている訳ではない。
だがそこを恵瓊に気付かせる訳にはいかない。
毛利の外交僧として全権を持つ安国寺恵瓊は、是が非でも己の側に付かせねばならない。
「ましてや毛利家に九州を、という時点で某は怪しむべきと思う。 九州は大陸への玄関口・そして大海へ通じる港と成り得る土地であり、そこを毛利が独占したならば、毛利の得られる利は他の三家の比ではない。 まだ未開の地が多い関東、雪深い奥羽を手にするよりも、交易によって得られる利は莫大なものとなる九州は、明らかに実入りが大きい。 それを毛利家が独占して他の三家が納得するとでも? 必ずや騒動の元と成り得る。 これは先を考えれば破綻の未来しか待ってはおらぬ」
官兵衛の言葉に、恵瓊からの返事が返ってこない。
恵瓊は黙りこくったまま、思案に暮れている様だ。
安国寺恵瓊という男の性格上、何かしら反論があるのなら今この場で言うはずだ。
それが返ってこない、という事は恵瓊の中でも先程の官兵衛の言葉が、どこかで納得できる、起こりうる可能性として脳内に刻まれたのだろう。
官兵衛が無表情な顔の内心で、ほくそ笑んでいる。
「………一つ、よろしいかな?」
すると、恵瓊がスッと手を挙げて、質問の体で口を開いた。
官兵衛は表情を一切変えずに頷いて、「伺いましょう」と返した。
「そこまで話されたからには、ご貴殿にも相応の考えがあっての事と見ましたが……毛利の同盟参加・不参加は一旦置きまして、黒田殿の望みを聞いておきたい」
「某の、望みと?」
「ええ、ご貴殿は明らかにこの同盟話に反対のご様子。 しかし聞けば聞くほど羽柴にとっては利はあっても不利はない。 なのに羽柴家軍師であるはずのご貴殿は、この同盟には毛利は不参加を表明してもらいたい、とばかりに拙僧を口説いてこられた。 そこに何らかの思惑がある、と思うのは当然のこと」
その時ほど、官兵衛は自らの表情が一切変わらなかった事を、自分で褒めてやりたくなった事はない。
少々熱が入り過ぎたがために、返って恵瓊の不信と疑念を招いたようだ。
よりにもよってこんな所で、こんなつまらない失態を犯すとは。
内心の焦りをおくびにも出さずに、官兵衛はそれでもやや言い辛そうな演技を交えて口を開いた。
「東国の『甲相駿三国同盟』しかり、魏呉蜀の『天下三分の計』しかり、大きな勢力同士が並び立てば、新たに現れる勢力に取って代わられる。 これはまるでその予兆のようだと思いましてな」
その言葉に、恵瓊は「ふむ…」という、感心したのか呆れたのか分からない、曖昧な声を漏らす。
「某はあくまで羽柴家単独の天下統一を成し遂げるべき、という考えでもって今日まで働いて参った。 無論無駄な戦は起こらぬに越した事はない、だが先程我ら二人が口を揃えた『理想論』を掲げる近衛卿の思惑に、そうそう簡単に乗ってしまっても良いものか。 仮に四家がそれぞれ並び立ち、天下の分割統治が成されたとしよう、だがその先に待っているのは結局、規模の大きくなった勢力同士の潰し合いとなるは必定、と某は考える。 あるいは新たな勢力が台頭して、それらに打ち破られてそれぞれ滅亡の道を辿るやもしれぬ。 いずれにしろ、某個人の考えとしてはとても賛成は出来ぬのだ」
さすがに苦しいか、とも思ったが今更撤回は出来ない。
官兵衛自身、とっさにもっと良い言い回しは考え付かなかったものか、と後悔した。
一応の話の筋は通したつもりだ、だがこの程度で安国寺恵瓊を籠絡できるだろうか。
恵瓊はじっと官兵衛を見たまま口を開かない。
まるでその眼は、官兵衛の内心の野望を見通すかのようにジッと視線を向け続け、微動だにしない。
「まあ良いでしょう……お話は伺いました。 当主・輝元様はじめ、吉川様と小早川様がどのようなご判断をされるかは、非才の身である拙僧にはとんと窺い知れぬこと。 黒田殿のご懸念も含み、しっかとご報告させて頂きます。 お返事は後日、書簡でお送りいたしましょう」
穏やかな顔でそう言うなり、恵瓊はスッと立ち上がった。
あとは恵瓊から毛利家の首脳陣に報告がいく。
毛利家がどう出るか、官兵衛のこれからの行動はそれによって決まる、と言っても過言ではない。
毛利が同盟に前向きな姿勢に乗り出した場合、官兵衛はどこかでその同盟に亀裂を入れる必要が出て来る。
だが毛利がこの話を突っぱねた場合、それこそ毛利征伐を秀吉に訴え、自分はその中心として率先して毛利攻めを行う予定だ。
毛利が手中に収める石見銀山、さらにその先にある博多などの国際貿易都市。
毛利の領内とその先の九州には、莫大な富を生み出す源泉がある。
秀吉が手に入れた生野銀山どころではない、この二つの場所で手に入る富を独占したならば、それだけで万を超える兵力をどれだけの期間賄えるだろうか。
毛利よ、出来る事なら羽柴と袂を分かち、独自の道を行ってくれ。
その時こそ、わしは毛利を『材木』に出来る。
高みに上るための梯子を作るための材木として、毛利家を利用させてもらう。
その内心の企みを隠して、官兵衛は「では明日、蜂須賀正勝殿を交え、正式な場にて」と、恵瓊に声をかけておく。
恵瓊もそれに対してコクリと頷いて、明日の公式な会見という名の茶番に付き合う意思を見せた。
もし毛利家が同盟に乗り気であった場合は、こちらで粘り強く同盟参加の危険性を訴え、ついには心変わりさせて羽柴と手を切らせるつもりでさえいた。
だがそんな官兵衛の思惑を知ってか知らずか、恵瓊は外に向かう足は止めずに言い放った。
「拙僧の申した織田の高転び、それが今度は羽柴の高転びにならなければ良いですな。 いつの世も上に立つ者は、下からの突き上げこそ最も恐ろしいものにて」
隠し通そうとした官兵衛の本音を、歪曲的に抉る様な言葉であった。
やはりこの男、安国寺恵瓊も単なる外交僧ではない。
腹に一物を抱えた、毛利にとって毒にも薬にも成り得る男、それがこの安国寺恵瓊という男だ。
こちらの思惑を読んだ上で、そして様々な状況を鑑みた上で、毛利家をどう動かすか。
業腹ではあるが、後はこの男に託すとしよう。
黒田官兵衛の野望など、恵瓊にはどうでも良かった。
ただそれが己の思惑にとって利となるのなら、ここで話に乗っておくのも良い。
それを理由に貸しを作っておくことも出来るだろう。
官兵衛には官兵衛の、恵瓊には恵瓊の独自の思惑がある。
立場はそれぞれ軍師と外交僧というもので違いはあるが、二人は奇妙な同一性を持っている。
すなわち、現在仕えている主家に対する叛意である。
羽柴家当主にして天下人に一番近い男、羽柴秀吉をいずれ除かんとする者。
毛利家首脳にして毛利元就の血を引く者たち、現当主・輝元をはじめとする一族の抹殺と毛利家の滅亡を願う者。
主家の命によって動きながら、それでもいつかその寝首を掻かんと、虎視眈々と牙を研ぐ者達。
二人は自らが知る情報により、お互いがお互い薄々とはその目的に気付いていた。
だが今は、互いに手を取り合って動きべきか否か。
お互いが今はまだその時ではない、と感じているが故に動かない。
そしてそれ故に、彼らは自らが予想だにしなかった事態に直面する事になる。
しかし今はまだその予兆すら気付かず、彼らは明日の再会を約して自らの宿所へと向かって行く。
官兵衛と別れた恵瓊が、帰り道を歩きながら自らの考えを脳内でまとめ、ほどなくして結論を出し、一人その口元に笑みを浮かべていた。
安国寺恵瓊を掘り下げようと思ったら、なんだかやたらと長くなってしまいました。
次回は毛利家です。
問題は更新がちゃんと二日後に出来るかな、という所ですがなんとか頑張ってみます。




