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信長続生記  作者: TY1981
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信長続生記 巻の六 「日ノ本鳴動」 その4

           信長続生記 巻の六 「日ノ本鳴動」 その4




 尾張国での徳川との戦を切り上げ、秀吉は京に入った。

 途中で近江国佐和山に寄り、堀秀政には名目上の謹慎を申し渡しておいた。

 勝手に陣を離れて領国に逃げ帰っておいてお咎め無しでは、羽柴軍の規律も何もなくなってしまうからだ。

 だがそれはあくまで表面上、周囲を納得させるためだけの対外的な処置であり、秀政には「一ヶ月ほど兵も将も休ませてやれ」とだけ言っておいて、後は基本的に自由にしておいてくれて構わん、という事で先の戦の労を労った。

 秀政への処分はこれで良い、秀政にも「お前の評価は下げてないぞ」という意思を伝えたし、他の諸将にも一応の罰が下っているようには見えたはずだ。


 もっとも、甥である秀次には本当の意味で謹慎を申し渡しておいた。

 自らの血縁者である以上、ある程度の地位には就かせてやりたい。

 だが何の実績も無しではさすがに拙い、なので池田恒興、森長可、堀秀政という諸将を従えた部隊の総大将を任せてみれば、あの体たらくであった。

 これでは実績を付けるどころか、無能の烙印を押されて侮られるだけである。

 思わず怒鳴り付けてみれば、平伏して許しを請うだけならまだしも「夜襲などという卑怯な真似をしてきた徳川が悪い」という言い訳を重ねる始末である。


 諸将が居並ぶ前での見苦しい言動に、秀吉は持っていた扇子を投げ付けて「失せろ! 追って沙汰を出すまでその顔を見せるな!」と、感情をむき出しにしてしまった。

 あれはダメだ、戦そのものが向いているとは思えない。

 「人たらし」という渾名を持つ者としては、出来れば普段から温和な態度で人と接しておきたい。

 だがあの時の秀次の態度には、思わず激昂して大声を出してしまった。

 ああいう態度は、出来れば従っている諸将には見せたくなかったのだが。


 だが既に見せてしまったものはしょうがない、と秀吉は頭を切り替えた。

 久しぶりの京であり、秀吉からしてみれば戦の空気は抜けるものの、頭の痛くなる問題はあった。

 出迎えた三成をはじめとする近衛前久の補佐役達には労いの言葉をかけ、そのすぐ後には近衛前久へ面会を申し込んだ。

 前久は秀吉が来るのなら、と予定をわざわざ開けて秀吉を歓迎した。

 前関白ともあろう者がわざわざ自分のために時間を作る、その心遣いは秀吉としても嬉しい物であったが、それでも通された部屋を見てその嬉しさは半減した。


 通された部屋は近衛邸の数ある部屋の中でも、賓客をもてなすための部屋なのだろう。

 畳の目新しさや調度品、部屋から見える景色までしっかりと考えられた、素晴らしい一室であった。

 ただ、その部屋の畳や調度品などを揃えた資金の出所を考えると、秀吉としては素直に褒める気も失せてくる。

 まるで「貴方のおかげでこんなに素晴らしい部屋が出来ました」と言われているかのようだ。

 だがここで感情に任せた言葉を口走る訳にもいかず、こっそりと呼吸を整え感情を鎮め、近衛前久と相対する位置から平伏する。


「ご無沙汰しておりまする、羽柴筑前守にございます。 この度は近衛様に大変御心苦しき思いをさせてしまいました事、平に、平にご容赦願いまする! また、近衛様の御心を理解した徳川方が、早期に停戦に同意を示したるは偏に、近衛様の御人徳のなせる業に相違ござらず! 誠に祝着至極にてこの度、その御報告と御挨拶に罷りこしましたる次第! 近衛様におかれましては」


「堅苦しい言い回しは止めとくんなはれ、秀吉はん。 そないに肩に力を入れた話し方をしては、お互い肩が凝ってしまいますやろ。 礼儀を重んじる、というその心は伝わって来てはりますさかい、話したい事を普通に話してくれればええんや」


 秀吉が平伏しながら、腹に力を込めて声を発していると、苦笑した前久がそれを遮った。

 前久は苦笑しながらも柔和な笑みを浮かべ、親しみを込めて秀吉の名を呼んだ。

 言われた秀吉も顔を上げ、すぐさま「しからば失礼いたしまして」と、先程とは違った柔らかな笑みを浮かべて続きを話し出した。


「いや、正直に申しましてな。 此度の戦は少々手こずっておりました故、近衛様からの調停は渡りに船、でございました。 近衛様が徳川家にも縁があった事が、このような形でわしの助けになるとは」


「秀吉はんでも苦戦する事があるんやなぁ、徳川はんはそれほど強かった、と」


「あ、いやいやいや! 無論総力戦となれば物の数ではございませんが、末端の兵、足軽とはいわば百姓でございますれば、某としてはあまり死なせとうはない者達にて、それでつい矛先を鈍らせてしまった所に、少々不意を突かれただけでございます。 いやはやお恥ずかしい」


 言って秀吉は頭を掻いて苦笑を浮かべた。

 これでなまじ「これからの時代は羽柴ではなく徳川だ」などと思われてしまっては堪らない。

 今まで前久に投資してきた分を回収、つまり朝廷からの何かしらの役職などをもらうまでは、前久にはこちらとがっちり手を組んでもらわねば困るのだ。

 慌てて徳川の強さを否定し、自らの失態を違う所へと転化させる。

 これだから公家というのは油断ならない、話の向きによっては突然自分にとって致命傷と成り得る話題になりかねない、これは下手をすれば敵国との外交よりも神経をすり減らされる。


「徳川はんと秀吉はんが相争うやなんぞ、この日ノ本にとっても百害あって一利無しや。 どちらもこの日ノ本には欠かせんお家やさかい、この身に出来る事なら、と首を突っ込ませてもらいましたんや。 両家にとって、ええ塩梅の和睦が成立する事を祈っておりますえ」


「御心遣い、誠に痛み入りまする。 近衛様には後日、家臣を通してこれぞ、という逸品を御礼の品としてお持ちいたしましょう」


 本来の秀吉であれば、ここでその「御礼の品」を持って来る所ではあった。

 だがそうするには、あまりに今の懐具合は寒すぎる。

 そんな寒い財布事情で無理にやりくりして手に入れた品など、近衛前久に贈る訳にはいかない。

 贅の限りを尽くし、羽柴秀吉でなければ不可能だ、と思わせるだけの品にしなければならないのだ。

 なのでここは「それだけ良いものを見繕っているんだ」と思わせておくだけにしよう。


 無論自分でその品の格を引き上げてしまったのだから、それに見合う物を用意する必要はある。

 いざともなれば、それなりの格の物をこれでもかと積み上げて、数で勝負すれば良い。

 とにかく今の秀吉には余裕がないのだ。

 次の秋の収穫を待ち、いやその前に商人たちからの借金や、各地からの税収で何とか当座を凌ぐつもりではあるが、さすがに一年の間に柴田勝家との一連の戦、さらに徳川との戦はやり過ぎた。

 そこに大坂城建築と朝廷工作と、もはや金がいくらあっても足りない事態であった。


 これが羽柴秀吉以外の誰かであったなら、とっくに破産しているかどれかを諦めるか、そもそも2回の戦と城の建築と朝廷工作を一年以内に、などと計画すらしないだろう。

 それを考えれば、この天正十一年という年が、いかに異常であったかが分かる。

 本能寺で信長が消え、それから一年半以上が経ち、世の中は大きく変わった。

 羽柴秀吉という新たな支配者が、着々とその地位を確固たるものにしていった年。

 だがその一方で、秀吉のこれまでの生涯で最もくたびれた年でもあった。


 『天下人』という言葉が持つ、魔性の魅力。

 一度それに魅了されれば、もはや抗う事など出来はしない。

 この日ノ本の天下、天子様すらおいそれと手出しを出来ない、まさに逆らえる者など存在しないという、自らの幼き日には、若い時分には想像もしなかった地位が、今手の届くところにまで来ている。

 確かにくたびれた、ヘトヘトだった、思いっきり休みたい所だった。

 だがまだまだこれからなのだ、むしろここからが大事なのだ。


 背丈が低かった、身分が低かった、だから全てを見上げて、自ら腰を低くしていた。

 生まれが貧しかった、身なりが汚かった、だから皆から蔑まれ、それすら受け入れるふりをした。

 もうあんな事はたくさんだ! 二度と御免だ!

 わしはもはや「日吉」という名の薄汚いガキではない、「藤吉郎」という名の背の低い小物ではない。

 わしの名は「羽柴秀吉」、織田信長を超える、新たな天下人となる者なのだ。


 まだまだこれからだ、もはや見上げる存在は少なく、蔑む者はわずかだ。

 いずれ越える、この下剋上の時代に生まれた者として、今は腰を低くし、卑屈になろうとも、いつの日か必ず遥かな高みから全てを見下ろしてやるのだ。

 そのためには、良くも悪くも今のこの状況を作り出した、近衛前久という公家を利用するだけしまくってやる。

 近衛前久の利用価値は高い、たとえその分の大きな支出を余儀なくされようとも、見返りの大きさには目を瞑るしかない。

 幸い近衛前久は御礼の品が後日になる、という事に不満そうな顔をしていない。


(それはそうだろうな……この部屋一つ見るだけでも、どれだけこちらの金を懐に入れたのかと、腹が立つ前にまず頭が痛くなる程よ)


 秀吉はそう思って内心で舌打ちをしている。

 むしろこちらの懐具合が厳しくなった事でも察して、もう少し自重してもらいたいものだ。

 必要な物や費用なら、言ってくれればこちらから負担するというのに、わざわざこちらから渡した金をネコババしよってからに。

 つくづくあの短気な信長様が、よくも付き合ってこられたなと思うほど、公家衆というのは厄介だ。

 秀吉は内心だけで悪態をつきながら、表面上は非常に和やかに、前久との会話を進めて行く。


 世間話を交えた会話が続けられ、そこでふと前久からとある提案がなされた。


「実はこの身に少し、考えがありましてな。 秀吉はんにとっても、悪い話や無いんやけども」


「ほぅ、それはそれは。 ぜひ拝聴させて頂きたく」


 まさか金の無心か、と身構える心を必死に笑顔で取り繕う。

 秀吉の耳には、前久からの提案というのはその様にしか聞こえなくなってしまっている。

 そんな秀吉の内心を知ってか知らずか、前久は声を潜めながら秀吉に囁いた。


「秀吉はんは、徳川はんとの和睦締結をどこでなさるおつもりや?」


「先日ようやく完成いたしました、我が大坂城にて執り行うつもりにございます」


「やはり。 自らの新築した居城で徳川はんを圧倒しつつ、戦での溜飲を下げながら和睦に望むという訳やな。 秀吉はんも人が悪いですな」


「いやいやそんな! 某はただ徳川に対する誠意の証として、自らの居城にお招きするまでの事! 考えてもみて下され、まだこれから戦うかもしれぬ者を自らの居城に招き、その構造までをつぶさに見せるような愚かな真似を、この筑前めが致すとお思いでしょうか? これは徳川を信用するからこその行いであり、他意は一切ございませぬぞ! なんでしたら近衛様もご列席なさいまするか?」


 前久からの指摘に、秀吉はあえておどけて返した。

 内心では前久の鋭さに舌を巻きつつも、もっともらしい言葉で煙に巻いた。

 そこでさらに前久の信用を得るため、最後に言葉を付け加えた。

 前久の面前なら、自分も徳川も下手な真似はしないでしょう、という意味を込めて。

 しかしその秀吉の言葉を聞いて、前久は満面の笑みを浮かべた。


「そうやな、ぜひ立ち会わせてもらいまひょ」


「……は?」


 一瞬、秀吉は素の表情になって前久を見た。

 前久は変わらず笑顔であり、その口から発せられた言葉を、秀吉は理解が遅れたが為に完全に素の顔のままで思考も表情も停止した。

 そんな秀吉を置き去りに、前久はさらに言葉を続けた。


「考えてもみれば、この身の願いを聞いてもろうたんやから、この身が顔を出すのは至極当然やったわ。 この身の目の前で、御二人がしっかと和睦をする姿を見せてもらいまひょか」


 前久の言葉に、秀吉は言葉がつまってとっさに出てこなかった。

 だが、その中でも秀吉の脳内は猛然と回転を続けていた。

 前久の突如とした申し出、それによる利点と欠点、それらを列挙し最適な回答を選ぶ。

 その中で、秀吉の中にある閃きがあった。

 そうだ、それならばむしろ前久を利用すれば良い、という考えが浮かんだ。


「近衛様御自ら、我が城に足を運んで頂けるなら願っても無い事。 近衛様立ち会いの下に結ばれた同盟ともなれば、両家の絆は確固たるものとなるは必定! されば詳しい日時を決定次第、必ずやお伝えいたしましょう」


「それは有難い事やわ、せっかくやから他にも色々呼んでみてはどうやろか?」


「へ?」


 秀吉の脳内では、上座に自分と近衛前久が座り、そこに徳川家康が入ってくる。

 前久に並ぶわけにもいかない家康は、自然と中座で頭を下げる事になる。

 そう、前久と自分に、だ。

 前久の地位を利用し、その横に並ぶことで自分にも同時に頭を下げさせればよい。

 公式の場で一度下から頭を下げさせてやれば、自ずとその地位は決まるというもの。


 前久がいてくれれば、むしろ徳川を従属させるのはより簡単になるのだ。

 何のことは無い、清州会議では織田家後継となった三法師を抱きかかえて登場し、上座の中央にどっかと座って「一同の者、織田家新頭領・三法師様じゃ!」と言ったあの時と同じだ。

 誰も彼もが、その場に居並ぶ者全てが平伏した。

 織田家の後継となった幼少の三法師、そしてそれを抱きかかえた自分に。

 明らかに怒りを露わにした者、すまし顔で黙っていた者、終始笑顔だった者、全てが等しく平伏していたあの時の状況を、今一度再現すれば良いのだ。


 今度は三法師役が近衛前久、平伏していた織田家の家臣団が家康に変わるだけだ。

 様々な可能性を考慮する内に、あの時の状況をここでまた利用できると思い付いた。

 簡単だ、本当に簡単だ、それで一度公の場で頭を下げさせたなら、もう家康はわしに逆らうことは出来んだろう。

 そこまで脳内で絵図を描き、秀吉が喜びを露わにしながら礼を述べた所、前久はさらなる一言を口走った。

 そしてその言葉で、秀吉はまたも固まる。


「確か秀吉はんは毛利家や上杉家とも同盟を結んではったなぁ。 上杉は先代の頃には親交もあったんやけど、当代の景勝言う人はよぅ知らんのや。 せっかくやからその二つの家からも人を呼びはって、両家の同盟は固く結ばれたっちゅう証明をしてはどうやろか?」


 気軽に行ってくれるな、公家という奴は!

 毛利と上杉は、同盟こそ結んではいても家臣ではない。

 いずれは従属させてやるとは思っていても、今はまだ時期尚早だ。

 まずは畿内にしっかりと地盤を固め、朝廷への工作も万全、官位なども手に入れて公式的にもその二つの家の上位に立たなければならない。

 純粋な国力、兵力や財力と公的な位階の高さ、それらを併せ持てば東西の大国を従えることも不可能ではないと、秀吉自身は思っていた。


 だが今はまだ早い、いくらなんでも足場固めも終わっていないし、兵力や財力はともかく従五位下の位すらもらっていない秀吉では、色々と不都合を招きかねない。

 なかなか鋭いとは思っていたが、やはり公家は公家か。

 こちらの情勢や武士という存在を、やはりどこか分かっていないのだ。

 秀吉の名で全てに片が付くのなら、とっくの昔にやっている。

 だがそんな秀吉の内心を察したのか、前久はこともなげに言い放った。


「なんならこの身の名で呼びまひょ。 前関白・近衛前久の名で毛利と上杉の当主を招待し、羽柴・徳川・毛利・上杉の、東西4ヵ国同盟を締結させるというのはどうやろか?」


「はぁッ!?」


 前久の言葉に、いよいよ秀吉も訝しげな顔をして声を上げてしまった。

 そんな秀吉を尻目に、前久は一転して憂いを帯びた顔で言った。


「もう戦乱の世はこりごりなんや。 今言うたの四つの家が協力して、天下の政を営んでいけばえぇのになぁと、この身は常々思っておりましてな。 秀吉はんは畿内と四国、毛利家は中国と九州、上杉は北陸から奥羽、徳川が東海から関東と、これでそれぞれがそれぞれの地域の代表として、互いに争わずに力を合わせることが出来はったら、それだけでこの日ノ本からは戦が無くなりますえ」


 秀吉はその言葉を聞いて、どういう反応をしていいのか分からなかった。

 単なる公家の妄想にしては、あまりにも規模が大きすぎる。

 これが他の公家であれば鼻で笑って一蹴してやる所だが、相手は他でもない近衛前久だ。

 立場的にも人物的にも、無視するには少々荷が重い。

 ましてや近衛前久といえば、当代随一と言っていいほど日ノ本全土を行脚した経験を持つ、異色中の異色な公家でもある。


 この時代、おおよそ坂東から九州までその地を踏んだ足を持つ公家など、どこを探してもいないだろう。

 彼が自らの足で横断した国の数は、両手の指を使っても足りはしない。

 その前久が全く可能性が無い、空想だけでしか起こりえないような事を語るなどとは、秀吉にも思えなかった。

 言われた言葉を理解して、思わずつばを飲み込む秀吉。

 そこに前久から更なる追撃が加えられる。


「本当に四家で同盟組みはったら、その中心になるんは秀吉はんや。 京のある畿内を抑え、この同盟を結ぶ場所を提供する。 そんな秀吉はんなら諸侯も納得するかと思いますえ」


「し、しかし……そのような事が本当に…」


「毛利家は九州に進出する事を諦めてはおりまへんやろ、上杉家は越後国内の反乱分子に手間取って、念願の越後統一が成せておらず。 その両家に、秀吉はんから援助を申し出るんや。 この同盟を結んだなら金なり兵なり貸してやる、となぁ。 そして秀吉はんの懸念である四国の長宗我部、ここに秀吉はんは戦力を集中出来はる上に、徳川はんには坂東の、北条をはじめとする勢力の討伐に向かわせる」


 前久の言葉を、秀吉は脳内で状況として組み上げていく。

 確かにこれなら、それぞれが自分たちの目標に向かって突き進める上に、互いに背中を預け合う形となれる。

 毛利は九州四国の同時侵攻を諦める形となるが、逆に四国を羽柴に譲る事によって、より旨味が強い九州に狙いを絞れる。

 九州の入口にして、大陸への玄関口と成り得る博多には、外国との貿易を行って巨万の富を生み出せる港がある。

 毛利家は『中興の祖』元就の代からその地を狙っていたのだ。


 そして上杉家も先代・謙信が没して以来、成し遂げられていない越後統一を成し遂げる好機となる。

 北越後に広大な所領をもつ新発田重家は、戦上手としても知られており、謙信の後を継いだ景勝には敵対の姿勢を取り続けている。

 そして奥羽の勢力がそんな彼を陰から支えており、上杉家の勢力が奥羽の地に踏み込んでくる事が無いよう、新発田重家を防波堤として考えているのだ。

 先年の徳川や北条との戦でも、広大な信濃の一部しか得られなかった上杉は、その戦力の全てを出来る事なら新発田重家に向けたがっている。

 そこで羽柴と徳川に背中を預け、北条を徳川に任せられるのなら、上杉は実質的に新発田重家へとその戦力を集中できるのだ。


 徳川としても、今や東の北条・北の上杉・西の羽柴と織田、という状況下において、これ以上の勢力拡大を望むのなら、自然と取れる手は限られる。

 どこと組むか、どこと手を切るかという状況である。

 織田信雄領を併呑するという手もあるだろうが、それでも関東の北条だけに戦力を集中して向かえるのなら、徳川としても願ったり叶ったりであろう。

 秀吉はめまぐるしく頭を回転させ、前久の語った事が決して世間知らずの、ただの公家の妄想ではない事を思い知った。

 むしろ、日ノ本を歩き回った前久だからこその発想なのではないか、とも思い始めた。


「これがこの身の望みや、秀吉はん。 徳川はんとの和睦にかこつけるようなやり方やけど、もしこの四家が互いに手を組み、天下静謐のために動いてくれはったら、それはとても素晴らしい事やと思う。 そしてその中心には、秀吉はんがいて欲しいんや」


 考えにふける秀吉の耳に、前久の声が響く。

 秀吉の脳内では既に、そういう状況に持って行くにはどうしたらいいか、といった方法論が展開され始めていた。

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