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信長続生記  作者: TY1981
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信長続生記 首巻 その4

これにて首巻は終了です。

たかだか序章に4話も使ってしまい申し訳ありません。

         信長続生記  首巻  その4



 時刻はすでに真夜中、灯り一つ無く、漆黒の闇の中を一人の忍びが駆け抜ける。

 常人であれば足元すらもおぼつかない暗闇の中、全く危なげなく、そして音もなく駆けていく。

 先程の光秀の宣言により、光秀の謀反は決定的となった。

 となれば、あとはどれだけ光秀よりも早くこの報告を信長に届けるか。

 それこそが信長の生死を分ける分水嶺となる。


 一瞬、忍びの脳裏にこの報告をそのまま信長に届けるかどうか、迷いが生じた。

 かつて信長は己の故郷、甲賀の里に攻め入ってきた。

 当然当時の甲賀忍軍は抵抗し激しい戦となったが、戦慣れをしていた織田軍の、さらに数も圧倒的となればもはや抗う術はなく、里は降伏を余儀なくされた。

 ここでもし甲賀忍軍が降伏せずに、近隣の大名や伊賀忍軍の里にも救援を求めるなどの対抗策を用いていれば、現在の様な織田軍の使い走りにされる事も無かったかもしれない。


 だが、甲賀忍軍は降伏して信長に臣従する道を選んだ。

 当時の織田家は確かに今ほど強大ではなかったが、それでも日ノ本有数の大大名であり、いくら自らの力に自信のある忍びの里と言えど、里一つの戦力で抗し切れるものではなかった。

 今も駆け続ける、夜目が効いて暗闇でも迷いなく走り切る技能を持つ事から「フクロウ」の名を与えられた若き忍びは、信長の甲賀攻めの際にはまだ子供で、戦場に出ることは無かった。

 自らの尊敬する父や兄達が戦に出て、その帰りを待っていた時のあの不安感は未だに覚えている。


 父は傷を負いながらも生きて帰ってこれた。

 兄の一人は討ち取られ、もう一人は無傷だったが傷を負った父を見捨てきれずに戦場を離脱した。

 里の総意として信長に降伏することが決まり、戦は決着を見た。

 甲賀の里は存続を許され、今後は織田家子飼いの忍びとして生きていく事になった。

 自らの技能を活かす場を、天下取りの傍らに用意してもらえた、と思う事で甲賀は自らの誇りを納得させ、信長の命の下で日本各地に散っていった。


 その中で戦闘技能以外が優れたものが特に集められて、様々な特殊任務を任された。

 フクロウの持って生まれた眼の良さは、暗闇でもハッキリと物が見える。

 その技能をさらに活かすべく、彼は最低限の戦闘技能の他には、走り・潜み・遠くのものを見通すといった訓練を施され、火急の時は即座に信長への連絡役に走れるように訓練されていた。

 信長への恨みは、正直に言えば未だくすぶってはいる。

 だが、里の長は信長に里の命運を託したのだ。


 織田信長、という男が本当に『天下布武』を完遂し、天下を手中に収めたならば。

 その時は甲賀忍軍の格は間違いなく上がる。

 天下人お抱えの忍び集団、ともなれば日本各地に存在する様々な忍びたちですら、もはや逆らう事は許されないだろう。

 音に聞こえた風魔の小太郎、武田の飛び加藤、乱裁道宗あやたち みちむねなど、もちろん名を聞いた事があるだけで実際の風貌や力の程は分からないが、彼らでさえも甲賀の名の下に膝を屈するのだ。

 言わば忍びの世界だけでなら、これもまた天下統一、と言えなくもない。


 その一方で信長に抵抗を続ければ伊賀の里のように、壊滅的な被害を受ける可能性がある。

 先年信長は「天正伊賀の乱」と呼ばれる伊賀忍軍との激戦を行い、そこでは織田軍も相当な被害を出したが伊賀の里も甚大な被害を出して、その時の戦には既に信長に従っていた甲賀忍軍もかり出されていた。

 まるで「あのまま抵抗を続けていたら、お前たちもこうなっていた」と無言の圧力を受けているかのようで、ほとんど初陣同然だったフクロウは信長に心から恐怖を感じた。

 だがあの信長が、今自分が報告を遅らせれば、明智光秀によって討たれるのかもしれない。


 一つの誘惑のようなものが彼の脳裏に走った。

 自分の兄が死んだ原因、里が独立を捨てた原因、「天正伊賀の乱」によって、甲賀と伊賀の関係は過去最悪となり、今でもその溝が埋まる気配はない、その原因。

 フクロウの速度が鈍る、それまで羽のように軽かった足が、なぜだか急に重くなる。

 気が付けば喉が渇いていた。

 腰に結び付けていた竹筒を開け、立ち止まって中の水を一気に飲む。


 一息ついて、自らの手の中にある竹筒を見る。

 かつては父が使っていた竹筒だ。

 父は信長の甲賀攻めの戦いで負った傷が深く、もはや以前のように戦うことは出来なくなっており、息子たち若手を指導する側に回っていた。

 その時フクロウは父に「信長が憎くないのか?」と問い質したことを思い出す。

 すると父は、表情を変えずに言い放った。


「ではお前は、憎ければ信長を殺すのか?」


 問い返されて、フクロウは言葉に詰まった。

 言葉に詰まった息子に、父は続ける。


「お前の言いたい事は分かる、わしとて息子の一人を、お前にとっては兄を失った。 この憎しみは生涯消えることは無くとも、里長が決めたのだ。 甲賀は信長のために働くとな」


 そう言われてしまえば、フクロウに反論は出来ない。

 里にとって長の命令は絶対であり、長が信長に従えというのなら、従うだけだ。

 フクロウは若いと言えど、特殊な技能を持っていることから隠れ軍監の任務を任されている。

 いわば信長直属の裏諜報部隊の一員であり、信長にとって最も重要な仕事を任された身なのだ。

 事実、隠れ軍監を任じられている者がいる家には、信長から別個に棒給が出る。


 甲賀の里は信長に従うようになってから、明らかに暮らし向きが向上した。

 安定して入るようになった報酬と、食糧その他の物品。

 初めの頃は織田家の羽振りの良さに圧倒されていたが、その後すぐに恐れを抱いた。

 これだけのものを惜しげもなく用意できる相手に、自分たちは抗おうとしていたのだと。

 そうして里の長をはじめとする代表者たちは、自分たちの判断が正しかったと悟った。


 織田家は信長の存在があってこそ急拡大を成し遂げたのだ。

 そしてそんな織田家に甲賀忍軍は、里の運命をそのまま委ねたのだ。

 ならば自分に出来ることは与えられた役割を忠実にこなす事のみ。

 くだらない事を考えた、と思ったフクロウは一旦息を深く吐く。

 その吐いた息と共にそのくだらない考えを捨て去り、フクロウはまた駆ける。

 フクロウの足は、また羽のように軽くなっていた。



 信長は聞こえてきた声に目を覚まし、ゆっくりと上体を起こす。

 するとほぼ同時に障子に一人の影が映り込む。

 誰か、と問うまでもない。

 あの影は森蘭丸だ、障子越しでも自分に対する畏敬の念が伝わってくる。

 するとその陰から密やかに、しかし凛とした声が発せられる。


「お休みのところ大変失礼いたします、ただいま『隠れ』の者から報告が御座いました。 『キキョウガソッタ』とのこと」


 『キキョウガソッタ』、すなわち「桔梗紋を掲げる明智が反旗を翻した」の意味である。

 目覚めたばかりの頭でも、信長はすぐにその意味に気付いて障子を開け放つ。

 障子の向こうにはやはり森蘭丸が伏せたまま、顔だけを信長に向けている。


「皆を起こせ、不寝番共は直ちに門周辺から離れ、本堂近くに集めよ。 それと弥助を呼べ!」


「御意!」


 返事と共にすぐさま立ち上がり、駆けていく蘭丸。

 信長は着替える間も惜しんで、身の回りの物を点検していく。

 槍、弓矢、鉄砲の備蓄はあるが、大軍相手に持ち堪えられる量ではない。

 ましてやこちらは100かそこらの人数で、光秀が引き連れてくる軍勢はおそらく万を超えるだろう。

 畳をひっくり返して盾代わりに使うことも考えたが、鉄砲相手では効果が薄い。


 ましてや寄せてくる敵は、万事において隙が無いあの明智光秀である。

 この本能寺の内部構造や備蓄されている兵糧から武器弾薬まで、おそらくは調べ上げているだろう。

 いくら信長の京都滞在中の宿として、要塞、と呼んでいいほどの大改築を施したこの本能寺と言えど、明智光秀率いる1万以上の大軍が攻めてくるなど、さすがに想定されてはいない。

 ならば後は時間との勝負、いかに早くここを逃げ出すか、あるいは分は悪いが籠城戦か。

 ここからは一分一秒の決断が生死を分けることにもなりかねない。


「ウエサマ、オヨビデショウカ」


 そんな信長に声をかける者がいた。

 南蛮商人が連れてきた黒人奴隷、弥助である。

 弥助は当初肌を黒く塗っただけの人間かと思っていたが、肌を血が滲むほど擦っても白い肌が見えなかったため、信長はその珍しさを気に入り、自らの近習の一人に加えていた。

 本人の努力もあって、だいぶ日ノ本の言葉にも慣れてきたが、まだまだ言い回しがたどたどしい。

 おまけに叩き起こされたばかりらしく、寝乱れた服装で目元にも涙があるが信長は気にしない。


「そなたの肌であれば闇夜を進んでも目立つまい、急ぎ妙覚寺へ走れ!」


「ハ…ミョ、ミョウカクジ、デスカ?」


 寝惚け半分の頭の弥助には、信長の真意がキチンと理解できない。

 妙覚寺には信長の嫡男・信忠がいる。

 おそらく隠れ軍監の者も、まずは自分への報告を優先して、信忠の下にまではまだ情報が行っていないであろう、という信長の判断であった。

 光秀からすれば討つべき目標は間違いなく自分だ。

 ならば信忠はおそらく後回しにされる。


 つまりここで自分が上手く時間を稼ぎながら脱出すれば、自分も信忠も無事にこの危機を脱することも可能である、その考えが性急に行き過ぎて、先程の言葉に集約されてしまった。

 この辺りが森蘭丸などであれば、即座に信長の言葉を理解した上で行動に移れるのだが、さすがに弥助にそこまでを求めるのは酷であった。

 だが夜明け前のこの時間は蘭丸よりも、元から肌の色が黒い弥助の方が、迫り来る明智軍に見つからずに妙覚寺にたどり着ける可能性が高い。

 たとえ寝起きすぐの状態でも、すぐさま頭を回転させてそこまで考え出した信長ではあるが、当然常人に同じようなことは出来ない。

 察しの悪さに苛立つ気持ちを堪えて、信長はゆっくりと弥助に命ずる。


「よいか、今この本能寺に向けて敵が迫っておる。 そなたは妙覚寺にいる信忠にこの事を報せ、急ぎ京を脱出して安土に向かえ、そこで軍を整え父が来るまで籠城して耐えるべし、と伝えよ!」


「リョ、リョウカイイタシマシタ!」


 本来であれば怒鳴りたくなる感情を必死に堪えながら説明する信長の顔は、弥助が今まで見たどの信長の顔よりも恐ろしいものだった。

 背筋に走った寒気を堪えながら、弥助はすぐさま走り出す。

 入れ替わりに今度は蘭丸が戻ってくる。


「上様、皆を起こしそれぞれ支度を始めてございます。 上様だけでも脱出を!」


 蘭丸が言い終わると同時に、二人の耳にある音が届いてきた。

 それは大勢の人間が発する足音。

 地鳴りにも似た、数千という人間の足音と時折聞こえる甲冑具足の硬質な音。

 明智光秀の軍勢が、本能寺の周辺を固め始めているのだ。


「どうやら、脱出は難しそうだな」


 そう言いながら、信長の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

次回より本編 巻の一「本能寺の乱」 が始まります。

本能寺にいる歴史上の人物たちを、出来る限り登場させてみたいと思いますので、どうか引き続きよろしくお願いいたします。


なお、開始当初の予定よりもだいぶ長くなっておりますので、ストーリー展開のペースにつきましてはどなた様も、広い心と長い目で見て頂けると助かります。


こちらの話を書き始める際、色々と相談に乗って下さった方からのご指摘もあり、現時点で書き上げている分くらいまでは、今よりも更新速度を上げる事に致しました。


ブックマークを付けて下さった方々、評価を入れて下さった方々、とりあえずご一読下さった方々、皆様に少しでも楽しんで頂けるよう、冗長なお話ではございますが、書き続けていこうと思います。


拙作『信長続生記 巻の一『本能寺の乱』 その1』は28日土曜日、午後5時までには投稿予定です、どうかよろしくお願いいたします。

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