表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
信長続生記  作者: TY1981
111/122

信長続生記 巻の八 「それぞれの戦」 その12

ウィンドウズ関連の方は何とかなりました、御心配をおかけして申し訳ありませんでした。

また、アドバイスを下さった方々にはこの場を借りて厚く御礼申し上げます。

ただ仕事と私事は相変わらずな所に上司から「マイナンバー取りに行け」と…

こ、こンのタイミングでぇ…車の免許更新の方を優先させて…

         信長続生記 巻の八 「それぞれの戦」 その12




 本願寺の第十一代法主・顕如には、三人の息子がいる。

 長男・教如は石山での合戦の際、強硬派を率いて最後まで徹底抗戦を訴え、顕如の退去後も信長に抗い続けて最後には強制的に追い出されることとなった。

 次男・顕尊(けんそん)は幼少の頃に既に養子に出され、今では養子に行った先の興正寺を継ぎ、石山合戦の際には実父である顕如に従い、後方支援を受け持って共に信長と戦った。

 だが顕如の石山退去に従って、彼もまたこの鷺森で再起を図っている。

 そして三男の准如(じゅんにょ)は常に父である顕如と行動を共にしており、顕如と不仲の長男、養子に出た次男を差し置いて次の法主になるのでは、と坊官たちの間ではまことしやかに囁かれている。


 現在は三人ともが顕如と共に歴史の表舞台からは去り、この紀伊国でそれぞれ暮らしている。

 だが表面上はともかく、それぞれが持つ心の内のわだかまりは捨てきれず、兄弟の仲はあまり良いとは言えない状況であった。

 次男の顕尊のみ、養子に出たという身の上であるためか、比較的他の二人や父である顕如とは一定の親しさを保ち、中立的な立場を保ってはいる。

 だが長男の教如と三男の准如は、それぞれの立場があるため顔を会わせる事もあるが、あくまでそれは公的なものであり、私的な接触はほとんど無いに等しい。

 顕如と共に宗派を生かす道を選んだ准如を、教如は「教えに殉ずる気概すらない軟弱者」と内心では蔑んでおり、父であり法主である顕如と常に行動を共にする事で、自分がその後を継ごうと画策している、と教如には見えていた。


 長男、即ち嫡男である自分はいざという時、教えに殉ずる覚悟を持ちながら日々を全うせねばならぬ。

 そんな気概を持っていたがために、教如は信長からの降伏勧告を突っぱねた。

 たとえ父である顕如と袂を分かち縁を切られようとも、自分が覚悟を示さずして、命を賭けて教義を護った門徒たちに、如何にして浄土で顔向け出来ようか。

 「進者往生極楽、退者無間地獄」という言葉を掲げ、結果として多くの門徒を死に追いやった父が、ここで信長に退くとなれば、父とそれに従う者たちは地獄へと落ちるだろう。

 ならば地獄に逝った者たちは父たちに任せよう、自らは極楽へと向かい、先にそちらへ逝った者たちを労わねば。


 しかし幸か不幸か、教如は生き延びさらには信長が死んだと聞かされ、一度切れた縁は戻された。

 だが教如の心は、必ずしも平穏ではない。

 近衛前久の顔を立て、生き恥を晒せざるを得なかった所に、親子の縁が戻りそして信長が生きていたと知り、教如の心はかき乱された。

 父である顕如、弟である准如とは石山退去の折に意見の折り合いを付けられず、あの時以来表面上はともかく、内心ではどうにもできない苛立ちを抱えていた。

 なまじ表面上は上手くやれているからか、坊官たちも、筆頭である下間頼廉ですらも石山での事には触れず、踏み込めずにその日がやってきた。


 信長が前関白と現関白を連れて、わざわざ紀伊国に下向してくるというのだ。

 前関白であり縁もある近衛前久と、現関白である一条内基の連名でならば、顕如を京に呼び出す事すら不可能ではないはずなのに、だ。

 だがわざわざ向こうから、立場が上の者がわざわざ下の者の所にやってくる、という所で信長の意図を読み取り、顕如も教如も、准如や頼廉などが一斉に眉間にしわを寄せた。

 近衛前久だけならばまだ良い、むしろそうなる事が必然とすら言える人選だ、彼ほど信長と本願寺双方に縁のある公家などいはしない。

 だがわざわざ現関白である一条内基を引きずり出す、その事に意味がある。


 信長にとっては別段親しい訳でもない公家の、それも現関白が信長の意に添うように行動しているというのは、率直に言ってしまえば悪い夢でも見ているかのような出来事だ。

 既に朝廷は信長によって籠絡された、そう判断してしまってもいいだろう。

 顕如は信長に抗う事の難しさ、恐ろしさを身を以って味わっている。

 ましてや今度は関白、さらにその背景にある朝廷という存在の後ろ盾付きだ。

 敵対する事など論外、まずは向こうの真意を探り、その上でこちらにとっても好条件を引き出すための交渉をするべきだ、という事で話はまとまるはずだった。


 だがそれに異を唱えたのが教如であった。

 朝廷も関白も、いわば信長によって嫌々従わされているのなら、それを除いてこそ真の忠誠ではないか、わざわざ信長が紀伊国に来ると言うのなら好都合、これを機に討ち取るべきだと主張した。

 信長を討ち取る事で朝廷は解放され、本願寺は朝廷から感謝され本願寺再興の日は近付き、石山での借りも返せて良い事ずくめだと、教如が語り終えれば少なくない数の門徒や坊官がそれに同意した。

 だが顕如はあくまで慎重だった。

 信長が再び表舞台に姿を現した場所は、新たな天下人の存在を強調するかのごとき、石山跡地に建てられた大坂城でのこと。


 その後信長は朝廷に赴き、今度は現関白と共にここ紀伊へと来ると言う。

 顕如とて伊達に信長と十年も戦い続けていた訳では無い、信長が意味の無い行動を嫌う、少なくとも自分にとって無意味、無価値な行動を嫌う男であることは明白だった。

 その男が今更四年も前に屈服させた自分たち、本願寺勢力に一体何の用があって、わざわざ関白まで伴って紀伊国へと来るというのか。

 純粋な興味もあった、だからこそまずは交渉の卓に付き、話をしてみるべきだという考えで固めていた顕如は、決して教如の主張を認めなかった。

 ならば自分とそれに従う者だけでも行動を起こす、と頑として言い張る教如を、顕如は法主としての権限を最大限利用して、この会談の最中は外へと出られぬ様に軟禁した。


 心苦しい判断ではあったが、そうでもしなければ止まらぬ男だと理解していた顕如は、念のため准如とそれに付き従う者たちを教如の監視として残し、自らと高位の坊官二名、そして列席を希望した土橋守重と共に、会談の場に姿を現したのである。

 准如に従う者であれば、内心で対立している教如の言葉に耳を傾けたりはしないであろう、という判断であったため、会談の最中に教如が行動を起こすことはない、と顕如は安心し切っていた。

 だがその予想は大きく裏切られた。

 教如の思想に感化された者が、准如の側にもいたと言うのだろうか。

 いや、それは考えにくい、となれば雑賀側の人間と裏で繋がり、この会談自体を破談にさせるつもりで動いている者がいるのか。


 顕如はそこまで考えてから、土橋守重の方へと視線を向けた。

 守重は慌てた様子も無く、ただ左手で頭をボリボリと掻き、右手を懐に入れたままだった。

 守重からすれば何も怪しい所など無く振る舞っているつもりだった、だが顕如の側から見れば違う。

 自分が率いている雑賀の者も織田方と諍いを起こし、それが騒動の一端を担っているというのにまるで無関心であるかのような振る舞いは、かえって不自然極まりない。

 気が付けば顕如は守重を凝視しており、その視線に気付いた頼廉や仲孝も思わず守重を見る。


「……法主殿、何か?」


「…土橋殿、先程まで持っていたキセルは如何なされた?」


 守重はあくまで平然を装ってはいたが、顕如からの言葉にピクリと頬を震わせた。

 既に本願寺側のみならず、上座の二人や織田方の四人、この場にいる全員が守重に視線を向け、あからさまに訝しんだり、睨み付けるような眼を向けている者もいる。

 その中でも最も警戒の度合いが高かった長可は、対面から再び殺気の籠もった視線をぶつけながら口を開いた。


「おいテメェ、右手出してみろ。 灰も落とさずに火を付けたまま懐に入れるなんざおかしいよなぁ?」


 長可は言うと同時に腰を浮かす。

 その様は「出してみろ」と言いつつも、力ずくで右手と先程まで持っていたキセルをどうしたか、を明らかにしようとする気に満ちていた。

 しかし長可の行動よりも、守重の決断の方が早かった。

 鋭く舌打ちをしながら守重は右手を懐から抜き放ち、立ち上がりながらその手を対角線上に座る信長へと向けた。

 手には改造された火縄銃、射程も短く威力も弱いが、懐に仕込めるだけの小型化が為された、最低限の物品だけで作られた試作品である。


「死にやがれッ!」


 叫びながら、守重は何のためらいも無く引き金を引いた。

 手に持っている物を見て飛び出した長可よりも早く、慌てて飛び退こうとした信長よりも早く、守重が手に持った短い火縄銃、いわゆる短筒から銃弾が放たれた。

 構造上一発放った後は、普通の火縄銃よりも整備に手間がかかり、おまけに小型化には成功しても射程が短すぎて実戦では使い物にならぬ、と判断された代物ではあったが、守重はこれをある男から譲り受けていた。

 護身用、もしくは暗殺用として用いるならば、火さえ用意出来れば役に立つ。

 油を染み込ませたごく短い火縄が付けられているため、火種が近付いただけで燃え移り、後はそう待たずに撃つ事が出来る、という利点もあった。


 本来であれば火縄の臭いがすれば、この場にいる者たちは敏感に察知する事が出来る。

 だがその臭いを発生させていた男は、火縄銃に慣れ親しんだ、いわば日頃から硝煙の臭いを纏わりつかせた土橋守重であったため、そのせいもあって長可も含めた全員が、対応に後れを取った。

 パァン、という音を立てて守重の手に銃撃の反動が伝わる。

 銃弾が放たれた数瞬後、その銃弾を身体で受け止めた男が、衝撃で後ろに倒れ込んだ。

 その倒れ込んできた身体を受け止めた信長が、自らの前に身体を投げ出した男の名を叫ぶ。


「光秀ぇッ!!」


 対面に座る顕如、頼廉、仲孝はおろか、上座に座る近衛前久も一条内基も誰も動けなかった。

 明智光秀と森長可の間に座っていた佐々成政は、位置的に信長の盾にも守重を取り押さえる事も出来ぬまま、まずは信長の安全を確保しようとしていた。

 さらに信長の声に、長可が瞬間的にそちらに意識を持って行ってしまい、視線が守重から逸れた。

 その隙に信長銃撃が失敗に終わったと瞬時に悟った守重は、手に持ったままの改造火縄銃を振るい、長可の鼻先を強かに打ち付けた。

 さらにそれでも勢いが殺し切れぬと感じた守重は、足裏で長可の腹を蹴り押して、長可の勢いを完全に殺しながらその反動を利用して、他の者たちと一気に距離を取った。


「ぐッ! テメェッ!」


 殺された勢いに怯むことなく、長可は追撃をかけようと足に力を入れた。

 だが守重もすぐさま踵を返し、部屋の外へと逃亡を図る。

 長可もすぐさま追いかけようとするが、部屋の中に残ったままの人間が誰なのか、を思い出して咄嗟に足を止める。

 部屋の中にいるのは敬愛すべき主君・信長と今撃たれたばかりの光秀、さらに武勇の点での心配はしていないが、さすがに三対一ではキツイであろう佐々成政。

 その「三」たる本願寺顕如と坊官の下間頼廉と仲孝、この三名が信長をこの場で暗殺しようなどと考えたら、という考えが頭をよぎり、長可の足を止めさせた。


 今この場で自分が奴を追いかければ、守重の首を取る事は充分に可能だ。

 だがもし上様を護るのが成政一人しかいなくなってしまった場合、守重の首を取っても信長が討たれてしまっては元も子もなくなる。

 もし本願寺方が一芝居売っていて、この守重の行動が陽動であったなら、自分がこの場を離れてしまっては誰が上様を護るのか。

 かつて小牧の地で信長の仕掛けた陽動に引っかかり、危うく命を落とすと思った長可は、その時生きていた信長に再会した。

 今度も同じ様に陽動に引っかかり、しかも今度は逆に信長を失ってしまうのかという危惧を抱いた長可は、追いかけたい衝動を堪えて外にいる兵たちに号令を発した。


「出会えぇぇいッ! 狼藉者だ、上様を害さんとした土橋守重を逃がすなぁッ!」


 長可の大声に、そこかしこから動揺した声が聞こえる。

 既に教如派の僧や雑賀衆の一部が騒動を起こしており、その対応に追われている兵とは別に、この場で警護を行っている者たちは、ただこの場を護れば良いと思っていた。

 だが突如聞こえた銃声と、その後に飛び出してきた男と長可の大声である。

 動揺しつつも長可の命により、多くの兵たちが守重捕縛へと動き始める。

 それらの反応を見て、長可は「守重は逃げ切れまい」と確信を抱いた。


 この周辺だけでも数千の兵が辺りを囲んでいる上に、いざという時の鉄砲足軽や、姿こそ見えないものの甲賀の忍び達も随伴している。

 自分がしなければならない事は守重捕縛ではなく、上様の安全確保だと長可は必死に自分に言い聞かせて冷静さを取り戻す。

 よりにもよって自分の前で上様を狙うなどというたわけた奴は、手足をへし折った上でなます切りにしても飽き足らない、とすら思うがそれをグッと堪えた。

 生け捕りにしたならば、自分への攻撃分も含めてなぶり殺しにしてやる、と心の中だけで決めて、長可は信長と倒れて横になっている光秀に視線を向ける。

 目の前での銃撃を目の当たりにして、しかもそれを行ったのが所属は違うが同じ陣営の者だという事に衝撃を受けていた本願寺方の、いち早く我に返った顕如が外の者たちに向かって口を開いた。


「重傷者がいます、至急医師を呼びなさい!」


 顕如が立ち上がりながらそう叫ぶ一方、信長は光秀の頭を抱え、必死にその名を呼んでいる。

 成政は自らの懐紙を光秀の被弾した所に当て、必死に止血に努めているがその効果は薄い。

 撃たれた所は胴体の中央部、内臓などが密集している箇所であった。

 いくら射程も短く威力も低いとは言っても、具足も付けずに至近距離からの銃撃である。

 銃弾は易々と衣服を貫通し、光秀の身体を穿っていた。


「う、え……さま…」


「喋るな! 我が許し無く暇などは与えぬ! わしはまだ貴様を赦してはおらぬぞ!」


「不忠、極まりなき……この身を、お許し……くだ、され…」


「喋るなと申すに! 我が命が聞けぬかッ!」


 胃の腑に損傷でも起こしたのか、光秀は口から血を吐いた。

 信長が叱りつけるかのような口調で叫ぶも、光秀は言葉を発するのを止めない。

 成政は無言のままに傷に手を当てたまま、二人の会話に耳を傾ける。

 その手は光秀の血で赤く汚れていくが、それに気など留めはしない。

 すると本願寺の坊官である二人も、懐から懐紙を取り出し「我らのも使われよ」と、座ったまま長可に向かって差し出した。


「我らが下手に近づけばいらぬ詮索をされよう、我らはこの場を動かぬ、警戒もしたままで構わぬ。 だがせめてこのくらいはさせてくれ」


 下間頼廉の言葉に、長可は油断なく二人から懐紙を受け取り「忝い」と言葉を返す。

 長可は二人から視線を外さぬまま、自らの懐紙と合わせて三人分を成政に渡す。

 長可がその立場や武芸の腕から、今この場で唯一信長の身を護る事の出来る人間である、という事をこの場での誰もが分かっている。

 そのため長可は本願寺方の顕如まで含めた三人を常に視界に入れ、その動きに細心の注意を払っている事に、誰も異論は無かった。

 一方の光秀は、徐々に呼吸が荒くなり、眼の色も虚ろに変わっていく。


「ひの、もとの……後、の世を………お頼み、申し、あげ………ます、る…」


「貴様如きがわしに指図か? 言われずとも分かっておるわ、キンカン頭が!」


 信長の声に、光秀が僅かに口角を上げた。

 笑おうとしたのだろう。

 光秀の手は信長の腕を掴み、その握力は到底口から血を吐いている男の者とは思えぬものであった。

 だが痛みすら感じるその握り締めた手を、信長は自らの手を添えて光秀を正面から見やる。

 そして未だ血を吐き続ける光秀の口から、しっかりとした声音で言葉が発せられた。


「一命、捧げ仕りまする…」


 言い終えると同時に、光秀の目が閉じられる。

 それと同時に、光秀の手が信長の腕から離れ、床へと落ちる。

 数瞬前とは打って変わって、力なく床の上に転がるその掌は、天と信長に向かって開かれていた。

 信長と成政、そして長可が歯噛みする音だけが部屋に響く。

 すると感情が全く籠もっていない信長の声が、長可に向けられた。


「勝蔵、こやつの首はお主が刎ねる、と言うておったな……今からでも、やるか?」


 信長の言葉に顔を青ざめさせていた一条内基が、信じられないものを見る目付きで長可を見る。

 横に座る近衛前久は深く大きな溜め息を吐き、哀悼の意を示すために目を瞑った。

 信長から声をかけられた長可は、本願寺の三人へ視線を向けたまま、信長と光秀に背を向けたままその問いに答える。


「いえ……明智日向守殿は上様を御護りした忠臣なれば、(ねんご)ろに葬ってやるべきかと……」


 そう返した長可の声はわずかに震えていた。

 問うた信長も「そうか」とだけ返し、光秀に向かって手を合わせて目を閉じる。

 すると顕如が信長と光秀の元へと歩み寄り、思わず警戒する長可と成政に向かって僅かに首を振る。

 危害を加える気はない、という意味のものだと、何故か二人も察する事が出来た。

 光秀の身体を挟んで、信長の反対側に腰を下ろし、顕如は口を開く。


「織田前右府様、どうかこの方に経を唱えて差し上げる御許可を頂きとう存じます…」


 信長に向かって「様」を付け、さらに「許可」を求めた顕如に、坊官の二人が僅かに目を見開く。

 その意味を悟り、信長は光秀の身体を挟んだところに座る顕如を真っ直ぐに見据える。


「…よいのだな?」


「かつては織田様の命を奪わんとした方が、日ノ本の未来を託してその身を投げ打つ…これほどの覚悟を見せ付けられては、もはや是非も無く…それに拙僧は四年前にすでに降伏した身…以後は本願寺と門徒衆共々、何卒よろしくお取り計らい下さりますよう、伏してお願い申し上げます」


 そう言って顕如は横たわる光秀と、自分を見据える信長の二人に向かって深々と頭を下げた。

 それは先程までの外交交渉を優位に運ぼうという、計算や策略に満ちたものでは無く、心からの礼節を尽くしたものであると信長は察した。

 それ故に信長は「よかろう」とだけ返して、呆気に取られたままの坊官二人に視線を送る。

 貴様らはどうするのだ、と問う信長の視線に気付いた頼廉と仲孝は、慌てて顕如に追従して深々と頭を下げた。

 信長は深々と息を吐き、物言わぬ光秀の顔を見る。


「大儀であった……暇を与える故、ゆるりと休め…光秀…」


 信長の呟きは静かにその場に響き渡った。

 長可の鼻をすする音が響いた後、遠くから先程顕如が呼んだ医師が駆けつけてくる足音が聞こえてきた。

 それと同時に、近くにいた兵の一人が「申し上げます、土橋守重を捕えた由にございます!」と報告の声を上げた。

 長可は無言のままに部屋を出た。

 これ以上この場に留まらずとも、信長に危害が及ぶことはない、と確信したからだ。


 周辺の警備に当たっていた池田輝政の部隊によって捕縛された土橋守重は、足に銃弾を受けた痛みで意識がもうろうとしていた所を、長可の怒りの鉄拳によって完全に意識を失った。

 また、翌朝に改めて光秀と守重を除いた八名は別の部屋にて会談を行い、細かな取り決めは後日改めて行うとして、まずは本願寺は今後織田家に従い、織田家は本願寺を庇護するという大枠が決められた。

 土橋守重は大坂で晒し首とされる事が決まり、その護送は池田輝政が行う事となった。

 また梅雨時という季節柄、紀伊・鷺森から摂津国・大坂までは、恐らくもたないであろうと判断された光秀の遺体は、織田方・本願寺方双方が見守る中、本願寺の鷺森別院にて丁重に葬られる事となった。

 これは二年前に、偽首とはいえ晒された光秀の首が半ば腐りかけていた事で、多くの者たちが反感を持ったことに由来し、せめて綺麗なままで葬ってやろうという考えがあった為であった。


 またこの場には顕如をはじめ、多くの僧がいる。

 顕如以下、准如や下間頼廉なども合わせて数百人の僧が、光秀を弔うための経を唱えた。

 織田家と本願寺が同盟を結ぶその象徴となる催しは、皮肉にもかつては信長を討たんとして、本能寺に攻め寄せた男の葬儀であった。

 だが葬儀の間も、信長や顕如など一部の者たちの頭には、常に引っかかり続ける存在があった。

 光秀が討死したあの日、その時に行われた暗闘の一部始終を聞かされていたからである。

今回は絶対に書く事を決めていた話でした…

そんなタイミングで前書きがアレだったのですが…


ここまで既に死亡フラグをいくつか用意しておりました通り、ここで明智光秀退場となります。

信長の命を狙った男だからこそ、最期は信長を守って逝きました。

光秀最後の台詞は2000年の大河ドラマ「葵 徳川三代」における、関ヶ原での島左近討死時の台詞を頂きました、故夏八木勲氏の演技が好きだったので…

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ