夜戦
「浸食せよ」
結界を破壊した黒槍に、少女は新たなる命令を発する。それを受けて巨大な槍は自爆した。粉々になった魔力の欠片が一帯に降り注ぐ。
それは、この町を破壊するための爆発ではなく、この地に眠る価値ある石、抗魔石をゴミに変えるための措置だった。
少女は小さく息を吐いた。作戦がおおむね順調に推移している事を確認し、僅かに肩の力を緩める。町の戦力は事前に渡された報告書通りだった。
しかし、一つだけ懸念材料があった。召喚魔術師の存在である。それも異世界召喚を行える魔術師の存在である。
それは事前に渡されていた報告書には記載されていなかった情報だった。
召喚魔術、まして異世界召喚は扱える者がほとんどいない極めて難度の高い魔法である。もし本当にそんな魔術師がこの町に存在するなら、警戒する必要があった。
ただ、墓参りを済ませた後に彼女は改めて偵察を行ったのだが、どう過大評価しようともあの屋敷の主人がそんな大魔法を行える程の魔術師には見えなかった。
少女は町の中でひときわ目立つ派手な屋敷に目をやる。
(まあいい。この事態にあの屋敷の主人がどう動くかを見れば、その実力は計れるはずだ)
そう思い、しばらくは獣達に任せることにした。
・・・・・・
俺は、その光景に歓喜した。
町は突如攻撃を仕掛けてきた魔獣との戦闘に突入し、戦場と化していた。各地で守備兵が動き始めていたが、戦況は明らかに人類側が劣勢だった。兵士が放つ魔法により夜の町はチカチカと明滅していたが、魔獣たちは怯むことなく突撃していく。
その様子を俺は、屋敷の窓から眺めていた。日常が終わる事にゾクゾクとした物を感じながら。
数時間前まではこの町も平和だった。俺が鉱山での仕事を休んだことは兵士達が我が主人に告げ口したことによりバレた。
「勝手に休むとはどういうことだ!」
そういってあの男は怒鳴った。
その方が長持ちするからと自主的に休む権利を認めているくせに、いざ休むと怒りやがる。我がご主人様……シビルは本当に指導者に向いてない。
「いいか? お前は慈悲深い俺の優しさで生きながらえていることを忘れるな。その気になればお前のような奴隷はいつでも殺せるんだ」
偉そうにそう言って睨んでいたのが数時間前のシビルだ。
そしてその数時間後、何者かの攻撃により町の結界が破られ、侵入してきた魔獣との戦闘により守備隊が壊滅しつつある今、シビルの顔は焦りきっていた。
焦りきった顔で部下の兵士を怒鳴り散らしていた。
青白い顔の兵士が戦況を報告する。
悪化していく戦況にシビルは狼狽え、怯え、逆上し、部下の兵士に八つ当たりする。そんな事がさっきからこの屋敷では繰り返されていた。
俺はその様子をニヤニヤと見物していた。特等席でシビルの狼狽っぷりを見れるとは。この屋敷に住まわせていただいた事を感謝すべきかもしれない。
そんな事を考えていると、シビルと目が合う。
「何を笑っている! お前も外に出て戦ってこい! この状況をどうにかしろ!」
シビルが怒鳴る。俺が楽しげに見物している事にようやく気づいたらしい。
俺は笑った。
「どうにかって、少しは冷静になれよ。この状況を俺がどうにか出来る訳ないだろ」
「クッ、な、何だその口の効き方は!」
さらに冷静さを失うシビル。つくづくリーダーや指揮官に向いていないなこいつは。
走り寄ってきたシビルに胸ぐらを掴まれる。顔を殴られる。左頬が痛んだが、気分は愉快だった。
もちろん、男に殴られて喜ぶ趣味があるわけではない。
「ぷっ、ハハハハ。余裕ねえなあご主人様」
「このっ……!」
シビルは右腕を振りかぶり、再び俺を殴ろうとする。しかし、
その腕は途中で止まった。俺が何かしたわけでも、周りの兵士が止めたわけでもない。
シビルの腕を止めたのは屋敷の何処かから発せられた女の悲鳴だった。その声は日常で聞くような声では無かった。続いて硝子の割れる音。
シビルや兵士達の顔が固まる。
おそらく、魔獣が屋敷内に進入したのだろう。
もうこの屋敷も落ちる。