犯行前夜
「この辺りに埋めたはずなんだが……あった」
少女と別れた後、日が落ちてからとある場所の土を掘り返した。町にほど近い森の中にあるその場所は、俺の唯一の武器を埋めた場所だった。
掘り出したのはこの日のために隠しておいた抗魔石。
取り出した抗魔石を月にかざしてみる。半透明な石は向こう側にぼんやりとした月の姿を見せてくる。そして、その先端は人を刺し殺せるほど尖っていた。
俺がこれまで見つけてきた抗魔石の中で一番上等なものだ。
兵士の目を盗んで鉱山から移した。売れば多少の金にはなる。それを我慢して今日まで取っておいた。
高位の魔術師は通常、目には見えない魔力の鎧のような物をまとい、身を守っているそうだ。
それ故、例え剣で切りつけたとしても、傷一つ負わせることは出来ない。そのため一般人は普通手も足も出ない。だが、逆にその事が都合が良かった。あの魔術師は魔法の鎧にかまけて油断しているように見える。そして、抗魔石ならその守りをぶち破れる。
「くそっ、ふらつく」
抗魔石をポケットに入れて町に戻ると、町は酒や食い物の匂いと、楽しげな雰囲気に満ちていた。
まあ、いつもの事ではある。他所の町に行ったことがないため詳しいことは知らないが、特殊な鉱山と奴隷を擁するこの町は、帝国内でも中々に豊かであるらしい。
対して俺は、酔っぱらってもいないのに足がふらつき始めていた。ここ数年、時々立ちくらみの様な物に襲われる。そしてその頻度は徐々に上がっていた。
ここ数日あまり食えていなかったとはいえ、すぐさまどうにかなる程ではないはずだ。となると、シンプルに体が弱っているのか。
足が重い。
思わず近くの民家の壁を背もたれに、地べたに座り込む。
運動直後という訳でもないのに、呼吸が勝手に荒くなる。苦しい。
小さい頃、インフルエンザにかかったことがある。体調自体はアレよりマシだが、助けてくれる者がいない分こちらの方が辛いかもしれない。
道行く人間は俺のことなどまるで気にせず楽しげに歩いていく。
この町では、体調を崩している奴隷など珍しくもない。
ああクソっ、この世界に連れてこられて6年だ。6年ですっかり体を壊された。
この無駄に過ごす羽目になった年月を、地球で普通に暮らしていたら、どれだけのことが出来ただろう。
普通に学校に行って、友達と遊んで、ゲームをして好きな本を読んでそんな当たり前の事が出来なかった。
そしてその代わりに得た物は何もない。奴隷労働で衰弱しただけだ。
その事を考えると、気が狂いそうになる。
駄目だ気持ちが悪い、考えがまとまらない。今更昔のことを思い出してどうする。とにかく今は体を休めよう。
そう思い、何も考えず呼吸を整える事にだけ意識を向けた。
30分程だろうか、そうしてその場に座り込んでいると、少しずつ呼吸も楽になってきた。
ぼーっと、幸せそうな町並みを眺める。
改めて考えてみると、真面目に生きるメリットという物が俺にはない。
法律を守って、善良に生きて、それが何になる? この状況が改善する? する訳がない。例え法律を守り誰にも迷惑をかけずに生きたとしても、奴らは俺を差別し続けるだろう。
真面目に生きるメリットという物が、俺にはない。
ならばもう、ルールなど知ったことではない。
俺は生きたいように生きる。例えそれが原因で殺される事になろうとも、構わない。
顔を上げ、空を見上げる。月が浮かんでいた。明日の夜には俺の人生がどちらに転んだかが判明しているだろう。
まあその頃にはもう、俺は殺されているかも知れないが。
「悪い、待たせちまったみたいだな」
翌朝、少女との待ち合わせ場所に向かうと、少女は既に待ち合わせ場所にいた。
ひと気のないその待ち合わせ場所で彼女は一人、立っていた。爽やかな朝日とは不似合いな不機嫌そうな表情。
「いい。それより早く案内してくれ」
「分かったよ。付いてきてくれ」
ポケットに隠した抗魔石の存在を感じながら、そう言った。