出会い
狭い部屋に朝日が飛び込んでくる。朝がやってきた。
俺は眠たい目をこすりながら起き上がった。
ここはあの男の豪邸の中の一室。元々は物置用の部屋だったため、人が住むには適していない。しかし、それが俺の部屋だった。この世界に連れて来られてから毎日この部屋で寝起きさせられていた。
俺は憂鬱な気分のまま、自分に割り当てられた部屋から出る。
そして、朝から不愉快な場面に出くわすこととなった。
あの男が朝食を取っていたのだ。俺をこの世界に呼び出した張本人。
使う宛もないだろうに、やたらと栄養の取れそうな無駄に豪華なエサだった。
ただそれだけの事ではあるのだが、酷く不快だ。
理由はいくつかある。
単純に俺は、我が主人であるあの男が嫌いだからというのが一つ。
朝食を取る金すら今の俺にはないからというのが一つ。
そして、飯も満足に食えない程金が無いのは、あの男のせいだからというのが最大の理由だった。
「なんだその物欲しそうな目は。貴様にはやらんぞ。飯が食いたければ自分の金で買え」
「……」
てめえのせいで金がねえんだろうが。
そう思ったがこのクズにそれを言っても仕方がない。俺は黙って部屋を出ようとする。
「フン、この家に置いてもらえるだけ有り難いと思え。分かったらとっとと鉱山にでも行ってこい」
エサを食いながら男がそう言う。
その言葉を無視しながら俺は屋敷を出た。
この町には鉱山がある。いや、鉱山があったから町が出来たと言うべきか。抗魔石というこの世界においてそれなりに重要な鉱物が取れるため、この町は発展してきたそうだ。
眼前にそびえる山に向かって歩きながらそんな事を思う。
人工的に作られた薄暗い洞窟の中に、採掘道具を持って入っていく。人間の都合でアリの巣のようにくり抜かれた鉱山内部には、ランプが点々と灯り、行く先を照らしていた。
出来ればこんな事はやりたくないが、この鉱山に眠る抗魔石を掘り出さなければ金がもらえない。
金がもらえないと食料を買うことも出来ない。それは誰も助けてはくれないこの世界において、餓死が近づく事を意味していた。
体がふらつく。
最近は一日一食程度しか食えてない。力が入らないが、だからといってヘタりこんでいては明日もっとつらくなる。俺は力を振り絞って採掘を開始した。
「これだけか……」
本日の成果である抗魔石を手に洞窟を後にした。
鉱山の監督役である兵士に抗魔石を渡す。報酬としていくらかの金を受け取る。一食か、せいぜい二食分にしかならないようなわずかな金だ。
本来ならもう少しもらえるのだが、俺の稼ぎの大部分はあの男に送金される上、その見返りとして兵士等にも幾ばくかの分け前が与えられる。そのため俺の取り分は限りなく少ない。
「お前のおかげで良い小遣い稼ぎになるよ」
そう言って兵士は笑う。自由になった日には殺すことを誓う。
鉱山の入り口には俺と似たような身なりの者達が数十人いた。奴らは犯罪者や返済不能の借金を作ってしまいこんな所にぶち込まれている連中で、基本的にろくな奴がいない。
ただ、半年前まではまともな人たちもいた。
その人たちはこの国との戦争に敗れた外国の元兵士で、各地で奴隷として酷使されてきたそうだ。
彼らから見れば俺はまだ子供な事もあり良くしてもらえたのだが、皆死んでしまった。俺より酷い扱いを受けていたから。
鉱山労働者の寿命は短い。崩落などの単純なリスクはもちろん、採掘中に吸い込む有害物質に体を蝕まれていく。
周囲の労働者の様子を見るに、この生活を続けていれば俺の寿命はおそらく後一年あるかないかといった所だろう。
日に日に自分の体が駄目になっていくのが分かる。それは……それはとても怖いことだった。ゆっくりと、しかし確実に弱っていく。
しかしどうすることも出来ない。あの契約がある以上。
だから早く金を作らないといけない。いや、奪わないといけない。
そうしないと俺は……。
そんな事を考えながら、屋敷への帰路に就こうとする。
そこまでは、数え切れないほど繰り返した毎日と同じだった。
いつの日か状況が良くなることを夢見て、かなう宛のない計画を最後の望みにして、奴隷としての日々に耐える変わり映えのない一日だった。
「ん、ああちょっと待て。そう言えばお前に客が来ているんだった」
俺を呼び止めたのはあのクソ兵士だった。
客? 心当たりはなかった。
「お前、この前全員くたばった捕虜どもと仲良かっただろ。あの捕虜たちの事について話を聞きたいと、わざわざこの町にやって来た貴族がいるんだ」
そう言う兵士に案内されたのは兵士用の待機所。そこで待っていたのは一人の少女だった。
俺より一つか二つ年下だろうか、14か15歳程度に見える。左手首には魔術師である事を示す朱色の腕輪。
肘の辺りまで伸びた綺麗な銀髪が、窓から差し込む夕日と風を受けて揺れていた。
少女の雰囲気は、明らかに一般庶民のものとは異なっていた。見知らぬ軍人のテリトリーにいるというのに、まるで気後れした様子がない。それどころか周囲の兵士の存在を完全に無視するように超然としていた。
俺は感動した。
その少女は、俺にとって女神や救世主、あるいは天使と言えた。
彼女のような存在をこの数ヶ月待ち望んでいた。
彼女から金を奪おう。そう決めた。