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小部屋

 グレイス•イーリスによって床に現れた扉をくぐる。扉を通ると、宇宙の何処かへワープしたとしか思えない景色が広がっていた。

 扉をくぐった先はコンビニ程度の小さな部屋だったのだが、部屋の窓から外を覗くと、何もないまっさらな宇宙空間が広がっていた。

 何もない宇宙の中、この部屋だけがプカプカと浮いているような状況だった。


 そして部屋の中央にはパソコンで使うディスプレイをかなり大型化させたような物があった。その隣にはキーボードの様な物。慎重に近づいてみると、キーボードは本当にキーボードの役割を担っているようだった。

 先ほどまでいた魔法世界の文字がキーに記されており、適当にいくつかのキーを押してみると、それらの文字がディスプレイに表示された。

 キーボードに【実行】というキーがあることに気づく。それを押してみる。


 すると、窓の外で何かが始まった。

 窓の外の宇宙空間では、巨大な岩が作られようとしていた。


 それを見た瞬間、このグレイス・イーリスの使い方がまた一つ分かった。


 俺は岩を無視して扉を逆戻りし、元いた地下室へと帰る。


 地下室は先程までと変わらず存在していた。ランプをかざして部屋を見渡す。

 そして、シビルが書き残した紙の束を手に取る。拳銃やペットボトルなどの絵と一緒に意味不明な文字の羅列で埋められているその紙の束を手に取り、再びグレイ・スイーリスへの扉を開く。


 扉を通り小部屋へ向かう。小部屋の室内は相変わらず静寂に包まれていた。しかし窓の外では岩が作り終えられていた。


 早足でディスプレイに近づく。

 はやる気持ちを抑えて、拳銃の絵とそれに付随して書かれている大量の文字の羅列をディスプレイに入力していく。

 入力し終え最後に【実行】キーを押すとそれは始まった。


「これは……凄いな。狂ってる」


 目の前で拳銃が作られていく。

 予想通り小部屋の窓の外の宇宙空間では、独りでに拳銃が組み立てられ始めた。

 パーツが何処かから生み出され、それが組み合わさっていく。独りでに。


 あのディスプレイに文字を入力する事でそれに対応した物が作り出されるのだろう。パスワードを入力することでデータが復元されるように。

 確かにこの小部屋には無限に近い可能性が詰まっている。



 拳銃は岩が作られていた時よりも素早く組み立てられ、やがて完成した。


(完成したのは良いが……これどうやって手に取るんだ?)


 拳銃が作られたのは小部屋の外の宇宙空間である。今も窓の外の無重力のように見える空間でふわふわと浮いている。

 窓を開ければ手が届きそうではあったが、窓を開けるのは中々恐ろしかった。なんとなく、宇宙で窓を開けるのはよろしない気がする。

 まあ宇宙のように見えるだけでそうではないのかもしれないが。


 そんな事を考えながら窓の外の宇宙空間を観察していると、所々に小さな小さなブラックホールの様な物が点在していることに気が付いた。


 それは俺がイーリスで何もない空間を斬った時に出来たブラックホールに似ていた。


(もしかして)


 拳銃の事を思い浮かべながら、イーリスで何もない空間を斬ってみる。するとブラックホールは二つ生まれた。一つは俺の側に。

 もう一つは窓の外の拳銃の近くにブラックホールが生まれ、そして拳銃を飲み込んだ。

 それと同時に俺のそばのブラックホールが拳銃を吐き出す。


(なるほど。こっちのは進入用じゃなくて受け取り用の穴だったのか)


 まあこれもブラックホールっぽい何かであって本物のブラックホールではないのだろうけど。



(少しずつ、この刀の使い方が分かってきた)


 このイーリスという小太刀の使い方をまとめると、

 小太刀を地面に突き刺すと、異世界の小部屋につながる扉が開く。

 そして小部屋で作り出した物は宇宙空間に保管される。

 その後、刀で何もない空間を切り裂くと宇宙から物を取り出せる。といった所か。



 小部屋の床に落ちた拳銃を拾いながらそんな事を思う。しかし、


「やっぱり弾が入ってないな。これじゃあ、使えない」


 予想はしていたが拳銃には弾が入っていなかった。


 シビルが銃を使わなかった訳だ。弾は別売りか。

 あのキーボードで文字を入力し、この銃に合う弾が作り出される確率を考える。

 ほぼ無理だな。


 無限の可能性というのも考え物だ。

 あらゆる世界のあらゆる物が作れると言えば聞こえは良いが、その大部分はゴミだろう。

 最初に入力して作られた岩を思い出す。たぶんほとんどがあんな感じなのだろう。

 知的生命体が作った何かを引き当てる確率は限りなくゼロに近い。


(まあ、そう簡単にこんな化け物みたいな装置が使いこなせたら昔の持ち主がとっくに世界征服しているか)


 確かに国宝級の欠陥品だ、これは。

 小部屋を見渡しながらそう思う。

 恐らくこれを作ったのはあの魔法世界の人間ではないだろう。技術力がけた違いなうえ、調度品のセンスも違う。

 しかし、これだけの技術力を持っている文明がこの仕組みを作ったなら、もっと簡単に任意の物を製造するシステムを組めるはずだ。

 何らかの意図があってこの世界用に使いにくくされているのだろうか?



 いや、どんな意図があったのか考えるのは不毛か。

 推測するための情報が足りなさすぎて、仮説を立てる段階にすら達していない。

 頭を振って考えを追い払う。



 そこでふと、外の様子が気になり始めた。

 俺が地下室やグレイス・イーリスにこもってからそこそこ時間が経ったはずである。そろそろ戦闘が終結していてもおかしくはない。

 そう考え、地下室にある重要そうなものを全て小部屋に運び移した後、地下室を後にした。



 地下室から抜けだし、屋敷の廊下から外の様子を確認する。どうやら戦闘は終わっているようだった。

 町では大通りなどの要所に魔獣が居座っていた。月明かりを受けながら暇そうにしている魔獣達。


 守備隊は壊滅したか。


 そう思いながら屋敷内を見て回る。

 この屋敷にはそこそこの数の使用人がいる。戦闘が始まってから余計なことさえしていなければおそらく全員生き残っているはずだが。

 そう思いながら使用人の部屋がある辺りへと向かう。


 見飽きたはずの夜の屋敷の廊下が、今日は少し違って見える。まあ感傷的な意味だけでなく実際に所々破壊されていたが。


 そうして歩いていくと、ドアが破壊されている部屋を見つけた。確か女の使用人が寝起きしている部屋である。

 人間が道具を使ってちょっと壊した程度の壊れかたではなかった。大型の動物が無理矢理押し通った様な後だ。


 中を除く。暗くてよく見えない。さすがに少し緊張しながら部屋へと入っていく。風の音がやけに大きく聞こえた。

 人間が倒れていた。屋敷で雇われていた女だ。窓も割れている。

 ここから最初の魔獣が侵入したのだろう。


 倒れていた女に近寄って確認すると、失禁してはいるものの、気を失っているだけで生きていた。外傷なども特に見あたらない。

 どうも魔獣には攻撃する相手と攻撃しない相手が決められているようだった。兵士からのシビルへの報告でもそのような事が言及されていた。



「あまり、変な事はするなよ」


 背後、破壊されたドアの辺りから声がかかる。少女の声である。

 振り返ってみるとあの銀髪の少女が立っていた。俺を助けてくれたあの子だった。今となってはこの世界で唯一俺を人間扱いしてくれる子。

 窓から流れ込む風が少女の髪を揺らす。月明かりだけの薄暗い部屋にあって、昼間よりも綺麗に見えた。


 と、そこで少女が発した言葉が脳の冷静な部分に遅れて届く。

 この部屋の状況を客観的に確認してみる。

 無理矢理こじ開けられたドアと、気を失って倒れている女と、小太刀を持った男。


「いや……これは」


 誤解を解く為この状況を説明しようとするが、上手く口が回らなかった。思えば奴隷にされてからというものあまり人と会話していない。その上、なにかトラブルがあればろくに釈明させてもらえないまま責められてきた。

 他の誰に嫌われようとどうでもいいが、彼女に妙な誤解をされるのは少し嫌だった。だから、


「分かっている。別に本気で疑っている訳ではない」

 

 だから、彼女がそう言ってこの話題を切り上げた事にとても、とても安心した。


「そう……か」

「ああ。それより、これからの話をしよう」

「これから?」


 その言葉の意味がよく分からず、そう聞き返す。


「うん。明日以降もこの町で暮らし続ける気はないのだろう?」


 彼女はそう言う。確かに、その通りだ。これからどうするかを決める重要な時なのかもしれない。

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