奴隷
人に迷惑をかけずに真面目に生きろと、子供の頃教えられた。そうすれば良い事があるからと。
しかし、真面目に生きてもいい事なんて何もなかった。むしろ嫌な事ばかりだった。
だからもう、法律なんて知らない。
人の迷惑など、知った事ではない。
「帰って来たらちゃんと宿題するのよ」
「分かってるよ」
「あんまり遅くなる前に帰って来るのよ」
「分かってるってば」
六年前……当時11歳だった俺は母親にそう返事を返して家を出た。結局、俺はその後一度も家には帰れていない。
あの後異世界へと引きずり込まれてしまったからである。
「おい! どういうことだ! なんだこのガキは!」
薄暗い部屋の中、怒りで顔を歪ませた男が叫ぶ。それとは対照的に、疲れ切った顔の男が口を開いた。
「……どこかの世界の子供でしょうね。残念ながら、実験は失敗したようです」
「そんなことは分かっている! どうして失敗したのかと聞いているんだ!」
「それは……恐らく、我々は騙されたのかと」
気が付けば俺は見知らぬ部屋にいた。窓の無い部屋。そこは地下室だった。当初、俺は誘拐でもされたのかと思った。しかし違った。そこは地球ですらなかった。
「クソっ」
男は壁を殴りつけた。薬品のような物を入れた容器が落下し、割れる。
「おい、ガキ! 俺の言葉が分かるか!?」
怒られることはあっても、大人にむき出しの悪意をぶつけられた経験はまだなかったため、酷く怯えながら俺はうなずいた。
「チッ、そんな所だけ成功してやがるのか」
「どうしましょうか、この子」
「何の能力もないガキなんざ、奴隷にしてこき使うくらいしか使い道ねーだろ」
「まあ……そんな所ですかねぇ」
疲れていそうな男が俺を見る。物でも見るかのようなとても冷たい目で。
自分の置かれている状況がどんどん悪い方へ向かっているのが分かった。
俺はすがるような目で彼を見た。あの怒っている男よりかはまだ、まともそうだったからだ。
しかし無駄だった。彼はため息を付き、部屋から出ていく。
一瞬の浮遊感。残ったあの男に蹴り上げられたことを数秒遅れて俺は知った。
痛みに苦しむ俺に対し、男は短剣で俺の腕を切りつけた。そしてその血を取り出した紙に吸わせた。後に分かった事だが、その紙は契約書だった。俺の自由を奪う忌々しい契約書。
魔法陣の様なものが契約書に浮かび上がる。
「これで正式にお前は奴隷だ。まっ、お前は俺が作ったんだ。俺がいなきゃ存在すらしなかったんだ。奴隷になるくらい当然だよなあ?」
意味の分からない事を言って、男は笑った。
「なに、心配するな。ちゃんと金は払ってやる。それを貯めて自分で自分を買い戻せば奴隷から卒業させてやるさ」
あの日から六年経ち俺は一七になった。異世界での奴隷生活は、普通の子供であった俺には地獄と言っても過剰な表現ではなかった。
毎日毎日ろくに飯も食えない酷使された。そんな生活にも耐え頑張ってきたが、奴隷という状況が変わる事はなかった。あの男は俺のことを解放する気などなかった。
結局、真面目に生きていても良い事なんて何もないのだ。
だから、人を殺してでも金を手に入れようと思う。そして、この状況を脱する。
問題は誰を殺すかだ。