息抜き
画期的なゲームだ。いくらやり続けても飽きない。ストーリーを一通りクリアしても、新しい武器の調達やレベル上げなどに勤しめば終結はないのだ。しかも深くのめり込むほどに新たな発見があり、いくら時間を費やしても意欲を失うことのない代物だった。
彼もまたそのゲームに魅了された一人である。寝る間も惜しんで毎日プレイし続けた。
彼は日常的にゲームにのめり込むタイプの人間ではない。最初は息抜き程度の感覚でしかなかった。
毎日自宅と仕事場を行き来するだけの単調な生活。彼は趣味と呼べるものを一つも持っていなかった。そんなとき、たまたま電気店の前を通りかかって半ば衝動的に購入してしまったのだ。
まず彼はグラフィックの綺麗さに驚いた。まともにゲームをするのは小学生の頃以来だったため、その急激な進化に面食らうのも無理はない。
彼はすぐにそのゲームに夢中になった。魅力的なキャラクター、幻想的な世界観、そこから抜け出せなくなる中毒性。その当時、彼を含めて世界中の多くの人々がこのゲームの虜となっていった…
彼は仕事で重要なプロジェクトチームの一員に選ばれた。もともとゲームは仕事に少し余裕ができた際の息抜きであったため、今後は仕事に集中しようと考えた。
しかしそれは無理だった。彼はすでに中毒症状とも言えるほどそのゲームに依存していたのだ。いつしか彼の生活は仕事中心からゲーム中心へと変容していた。
仕事が忙しくなってはゲームの時間が取れなくなってしまう。それを危惧した彼は自分をプロジェクトチームから外してもらえないかと頼み込んだ。しかしそんな希望が通るはずもなく、やる気がないのなら会社を辞めろと釘を刺された。
彼はすぐに辞表を提出した。職を失うことによる将来の不安よりも、とにかく今はゲームをやる時間が欲しかったのだ。
朝から晩まで、ひたすらゲームと対峙する日々。
しだいに食事を摂る時間や睡眠時間も惜しいと感じるようになった。腹が減ったら食べればいいし、眠くなったら寝ればいい。残りの時間はゲームに費やそう。彼はそう決心した。
しかし不思議なことに、ゲームをしていると全く腹も減らないし眠くもならなかった。部屋に籠って窓も閉めきっていたため、昼も夜も分からない。いったい今日は何曜日なのか、夏なのか冬なのか、西暦何年なのか。
だがそんなことはどうでもよかった。ゲームを永遠にやり続けたい。頭の中にはそんな欲望しか存在しない。食欲も性欲も睡眠欲も、ありとあらゆる欲望は彼の精神から抜け出てしまったかのようだった。
時間の感覚はとうにない。会社を辞めてから数ヶ月しか経ってない気もするし、数十年経ったと言われても頷ける。部屋には鏡がないため、自分がどのような姿になっているのかも確認することができない。
しかし彼は満たされていた。誰にも咎められることなく大好きなゲームに没頭することができるから。彼は満面の笑みを浮かべていた。
その時、突然部屋の電気が消えて真っ暗になった。一瞬何が起こったのか分からなくなる。ドアの隙間からわずかに差し込んでいた光も消えた。
彼は窓を開けようと腰を上げた。立ち上がるのはどれくらいぶりだろうか。久々に外の空気に触れるかと思ったが、風は吹いていなかった。それだけじゃない。窓の外はまるで地球をひっくり返したような、完全なる闇と静寂に包まれていた。
夜だから暗いというわけではない。星も月も雲も太陽も無い、つまり空が無いのだ。人も動物もいない。音も光も無い。あえて言うならそこにあるのは「無」だ。
彼は窓を閉めた。思考が追いつかないまま、その場に膝から倒れ込んだ。
その時、目に飛び込んできたものに彼は喜びを爆発させた。こんな状況でも神は自分を見捨てなかったのだ。そこには彼が今一番望むものがあった。
彼は再び永遠なるゲームの世界に入り込んだ。




