冬じたく -五十鈴-
この話には、エルダーテイル内での〈アイテム作成〉について独自解釈が含まれています。戯言と流していただくかそっとウィンドウを閉じていただくかでお願いいたします。
(ひゃぁあ、何かもうどこまでも女の子! って感じだよねっ)
顔見知りに居場所を訊いて、勝手知ったるなんとやらで部屋に向かった。もちろん軽めのノックはしたが、相手の返事が少し慌てていたのに気付いた時は、もうドアを開けてしまった後だった。
「い、五十鈴ちゃん?! あのっ、違うの、これは……あのっ」
驚きに顔を赤くして慌てる少女──セララに、五十鈴もつられて赤くなる。
「え……っと、あの、ごめんね! 驚かすつもりはなかったんだけどさ」
ここは〈アキバ〉の街にある、〈三日月同盟〉ギルドホールの一室。
〈ハーメルン〉から助け出された後、短期間ながら〈三日月同盟〉に所属していたことのある五十鈴は、今でもこうしてセララを訪ねたり、他の友人に会いに顔を出したりしていた。
と言っても実は〈記録の地平線〉に移籍した当初は、ばつの悪いものを感じて足が遠のきかけていたのだが。何しろすでにギルドメンバーではない自分が、ホールに気軽に出向くのには遠慮がある。それに自分にとっては必然だった移籍だが、夏季合宿で出会ったばかりのルンデルハウスについていく形は傍目にはもしかして──、
(裏切り者、とか思われちゃったりして……)
優しくしてくれた人たちなのに、ついそんな疑心暗鬼にかられてしまった。そうなるともう、何食わぬ顔して彼らの前にいくことなんて出来なくなった。
そんな状態を助けてくれたのは意外にも──と言ってはなんだが五十鈴には思いがけなかった──シロエと直継だった。
『悪いんだけど、これマリエさんまで直接届けてくれるかな?』
ご丁寧に封蝋までかけた手紙を持って、シロエは有無を言わさぬ調子で告げた。
内心としては、ぎゃー、である。
行きづらいと解っててもしかしてわざと? である。
ちょっと近寄りがたい雰囲気だと思ってたけど、この人、実はすごくイジワルな人? それとも新規メンバーとして何か試されてるの?!
今思うと酷い思い込みようだが、移籍後のどたばたが少し落ち着いて、不安が襲ってきたさなかだったので動揺も大きかった。少しだけシロエに反感を持ったりもした。
だから忙しいとか用事があるとか、何か言い訳で逃げようとしていたのだが、そのタイミングやよし、横合いから明るい直継の声が響いた。
『あ、それならちょうどいいや、俺も〈三日月同盟〉に用事があるから一緒に行こうぜ!』
当たり前のように言われると断るタイミングを失ってしまう。その上『よし、じゃあ全速前進祭りっ!』などと背中を押されれば、大人しく従うしかない五十鈴であった。
この時の五十鈴は気付いていなかった。直継が部屋に残るシロエにばちん、とウインクして見せたことも、頼むぞとばかりシロエが軽く頷いたことにも。
結局、ギルド会館に向かう道すがら、重たい足取りを気遣われて胸のつかえを打ち明けてしまった。直継はからりと笑って応えた。
『そういうのはさ、会わないでいるともっと辛くなってくんだぜ? 考えるより飛び込んじまったほうがマシだ。もしそれで本当に誤解されててもその時はその時祭りっ。対策は後で考える祭りだぜ!』
その物言いを大雑把だなあ、と思うと同時に、そうか考えすぎかも知れない、と思うことが出来た。
実際、ギルドに顔を出すとマリエは嬉しそうに笑い、他のメンバーもそれぞれ気遣いと興味を持って迎え入れてくれた。お互いの近況を話すのはとても楽しかった。
そんな訳で心配が杞憂だったことを知ったと同時に、苦手意識のあった新しいギルマスが、実はとても繊細に自分を気遣ってくれていたことを知った。帰り道、直継に『もしかして?』と訊いた時には『シロは照れ屋だから気付いてないふり、な』と言われてしまったけれど。
それはさておき。
目の前の友人を見てなんとも面映さを感じる。
〈ハーメルン〉からの救出直後から親身になって世話をしてくれ、夏季合宿でかけがえのないパーティの仲間となった〈森呪遣い〉セララは、手に持った優しい山吹色の塊を何とか隠そうと四苦八苦している。が、綺麗に整頓された部屋で、近くにあるのはクッションと小さな作業台だけ。入り口から動いていない五十鈴からも、何をしていたか一目瞭然だった。
(手編みかぁ、うんうん、クラスにもいたよね、セラちゃんみたいな女の子らしい女の子!)
冬が近くなるとほんの数人ではあるが、机で隠すようにして編み物をするクラスメイトがいた。自分がそう女の子らしいとは思っていない五十鈴だったので、わたしにはとても出来ないなぁなどと感じたものだが、その一生懸命さは出来ないがゆえに憧れを感じさせる部分があった。
(まあ、わたしには好きな人もいない訳だしね!)
もしかしたら誰かを好きになったら、自分だってそんなことをしたくなるのかもしれない。と、そこでふと、ふさふさとした尻尾をつい幻視してしまう仲間の顔を思い出したが、五十鈴の中では自動的に『大切なお友達』フォルダに分類されてしまう。
「違うの、本当に。これはちょっと練習っていうか、遊びっていうか……」
「すごく可愛いね、それ。セラちゃんって編み物も出来たんだ」
あまりに必死で、少し涙目にまでなるので、気にしないでという気持ちでそんなことを告げた。隠しきれないと悟ったからか、恥ずかしそうにセララは手にもった編みかけのマフラーを整える。
「うん、ええと、ギルドの子に習って、それで練習してて……」
「いいなあ、わたしそういうの苦手だから、憧れるよ」
言うとほっとした様子でセララが顔を上げた。
「あ、じゃ、じゃあ五十鈴ちゃんもやらない? 棒編みなら簡単だし、やってみると楽しいよ」
「えっ、でもわたしはそんな、そういう可愛いことって似合わないから!」
慌てて否定するとしょんぼりした顔に変わる。しまった、と思ったけれどやっぱり編み物をする自分は想像つかない五十鈴だった。
ぼんやりと風に当たりながら考える。
(好きな人が出来たら、わたしもあんな風になるのかなぁ? ……いやぁ、やっぱりそうは思えないよね、うん)
あの後、何となく気まずいままぽつり、ぽつりと話をしてから、ふいにセララが思い切った様子でこちらを向いた。
『あのね! 五十鈴ちゃん、笑わないで聞いて欲しいんだけどね……っ』
『う、うん』
何事かと緊張して言葉を待つと、セララはそのまま爆発するんじゃないかと思える真っ赤な顔で話を続けた。
『解ってるの、自分が全然似合ってないって言うか、こっちに来てから毎日すごく動いてる気がするのにまだ二の腕とかぷよぷよだしっ。年の差もあるし、レベルだってぜんぜん追いつけないし……』
おぼろげに話の方向は見えかけたが、彼女の必死さに押されてしまう。
『ほんとに、わたしなんかじゃって思ってるんだけどっ、でも、あのね、五十鈴ちゃんわたしね……』
あの、辛かったら無理しなくてもいいんだよ? と喉まで出かかった。そのくらい彼女は苦しそうだった。けれどその彼女が次に語った言葉ときたら。
『どうしよう、五十鈴ちゃん……。わたし、にゃん太さんのことが好きかもしれないのっ』
『…………はい?』
驚いた。
聞き違いか、ツッコミ待ちか。そもそもどうして『かもしれない』なのか。そこは確定事項でいいんじゃないのか。
(っていうか、おおーーーい、まさかバレてないとか思ってたわけ?!)
呆気に取られるが目の前の彼女はいたって本気だ。ふるふると小さな肩を震わせて、今にも泣きそうな、絵に描いたようなTHE 恋する少女。
『あの、セラちゃん? それほんとに……』
『うん……ごめんね急に。でもこんなこと五十鈴ちゃんにしか話せなくって。あ、あのね、だから他の皆には内緒にして欲しくてね、それでっ』
『あ、うん。分かってる。皆には内緒……ね。もちろんにゃん太さんにも……』
オーノー、彼女、本気で誰にもバレてない思ってるネ!
思わず言語中枢におかしなノイズが混じるような衝撃だ。
そうして堰が切れたようににゃん太のよさを語るセララは、その一途さと言い必死さと言い、自分と同い年の女の子とは思えない可愛らしさがあった。
(うん、やっぱりわたしはセラちゃんみたいな、女の子らしさみたいなのは、無理だ)
はは、とつい声を出して笑う。と、礼儀正しく節度ある距離を取って休んでいたルンデルハウスが不思議そうな顔でこちらを振り返る。
「どうしたんだい、ミス・五十鈴。何か困ったことでも?」
「う、ううん違うの。ちょっと、考えごとしてただけっ」
はっとして誤魔化す。そういえば今は散歩と称して、訓練がてらフィールドに出ているところだったのだ。辺りに敵影はなく、休んでいる最中だったとしても、連れがいることを忘れるほどぼんやりするのは油断が過ぎる。
(というより、そこまでリラックスできちゃうんだよねえ、ルディといると)
何だか不思議な気持ちになって、豪華な金髪の自分よりも背の高い彼を見つめる。
(うん、今日も相変わらず王子様!)
だけどどうしても彼の背後に見えるはずのない尻尾が見える。
「そうかい? もしかして少し冷えるんじゃないかな。秋祭りが過ぎてこのところ急に風が冷たく……っふ、ひっくしっ、っく、ひっくしっ」
王子様がありえない間抜けなくしゃみをする。こういうところが何とも憎めないんだよなあと五十鈴は感心してしまう。
「わたしは全然寒くないけど……もしかして、ルディって寒いの苦手?」
もしかして、と問うとルンデルハウスは覿面にしまったという顔をする。
「なっ、べ、別にそんなことはないぞ! ただその、他の季節より少し、動きに制限がかかると言うか、そもそも僕のいた国ではこの時期にここまで寒くなることはなかったと言うか……」
「苦手なんだね」
「……ほんの少し、得意ではないというだけだっ」
苦笑する。その、どこまでも素直じゃない物言いに。
「でもじゃあ、もっと上に着たらいいのに。これからどんどん寒くなってくると思うよ?」
「そうだな、近いうちに冬の衣服を買い足した方がいいのかもしれない」
(……あちゃー、しまった)
冬の衣服、と言われて想像してしまった。
例えば、オフホワイトの優しい色味のセーターは、彼にとても似合うんじゃないかな、なんて。特に、お約束みたいなあの縄模様のアラン編みのセーターなんて、彼の天使のような巻き毛がよく映えると思ってしまった。
(太い毛糸ならあっという間に出来ちゃうよ、とも言ってたっけ……)
白いセーターでもこもこになった彼は、今よりずっとわんこみたいで、きっとすごく可愛いんじゃないかな、とも思う。
(わたしが編むって言ったって、セラちゃんはきっと笑ったりしない、よね)
たぶんルンデルハウスだって、他のギルドの仲間たちだって笑ったりしない。それに、この〈エルダー・テイル〉の世界では、何にせよ手作りが自然なことなのだ。
(あーもー、らしくないっ! らしくないって分かってるんだけど!)
わたしにも教えて、なんて言ったら、誰のを編むつもりか訊かれてしまうだろうか。
(でもセラちゃんだって勇気を出して教えてくれたんだし)
問題は自分の場合は恋愛とかそういうものじゃなく、とても仲がいいだけの男の子というより大きなわんこにあげたいだけなのだと、ちゃんと分かって貰えるかということ。
「……っ、ひ……、ひ……、……っくし!」
「わ、ごめん。風邪ひいちゃいそうだね、もう帰ろうか!」
「うむ。……いや、寒いからと言うわけではなく、最近は日が落ちるのも早い。レディに暗い道を歩かせるわけにはいかないからな!」
「はいはい、分かってます。ね、今日お夕飯なんだと思う?」
「念話で何か必要なものがないか、聞いておいた方がいいかも知れないな」
念話、と口にする時、ほんのり口元に誇らしそうな笑みが浮かぶ。
しょうがないなあ、と五十鈴は思う。
(なんだかんだお世話になってるし、風邪ひかれたらわたしの訓練だって遅れちゃうんだし!)
次の休みはセララの元を訪ねよう。
思いながら二人で、ギルドハウスまでの道を歩いた。