マジックミュージック2
少女の家はワンルーム。玄関を入ってすぐ部屋がある。部屋の隣にはキッチン。反対側にはトイレと浴槽。一人暮らしするには十分なところだ。
「ここが私の城です」
同居することになった魔法使いは少女の案内で部屋に入る。
入るという表現は少しおかしいかもしれない。性格に言えば、右足を踏み入れた。それだけだった。
出入り口を除き、残りの壁は全て音楽機器が並べられており見ることができない。
今少女が座っている布団以外生活感を読み取れるものはなく、布団と機器の隙間を埋めるようにCDが散らばっていた。
「きたねえ……」
「ああ、すいません、今片寄せます」
少女は足を箒のようにしてCDを壁に寄せる。
「さあ、どうぞ」
「片付けならぬ片寄せ」
***
「そういえば、俺はあんたの名前を聞いちゃいないんだが」
粗茶も出ないまま、畳に胡座をかいた魔法使いが言う。
少女は布団に座ったまま、小さく口を開いた。
「……オトコ」
「男? いや性別を聞いたわけじゃ……ってお前男だったのか!!」
「違います」
ぴしゃりと少女が言った。
「音楽の“音”に子どもの“子”。それで“音子”、17歳です」
「あ、ああ―……なるほど。そうね、ふーん……」
「なんでしょう。そんなに私の胸を見て。セクハラでサクッします」
「あんまり胸ないんだが、あんた本当は男なんじゃ」
「必殺『ケース Bye ケース』」
サクッと、魔法使いの頭にCDケースが突き刺さった。
***
「にしてもお前この部屋……女性に合わない部屋だな。それに昼間なのにその格好……お前引きこもりか?」
「仕方ないのです。これも曲の影響」
「曲?」
「ええ。私の性格は曲によって変わります。
あるときは『笹〇美和』の『笑』を聞いて一喜一憂し、
『〇青窈』の『もらい泣〇』で感銘を受け」
「泣いてばっかじゃねえか」
「そして『RA〇WIMPS』の『ヒキコ〇リロリン』を聞いて人生が決まりました」
「人生が」
***
「音子は1日CDを聞いて過ごしてるのか?」
「CDというか、音楽です。ですが、テレビもラジオを見ます。まあ、大半はCDですが」
「へえ―……。飽きねえ?」
魔法使いがぐるりと部屋を見渡す。足の踏み場を無くすようにCDを散らしているとはいえ、その数は100より少ないぐらい。1日どれくらい聞くのかわからないが、これだけだとすぐ飽きそうなもんだ。
そういうと音子は“甘い”と言わんばかりに鼻で笑い
「ムカつくな、お前」
「魔法使い、私を甘く見たら困ります」
「はあ?」
「この家の――」
押し入れを開け、
「――収納という――」
布団下の畳をひっくり返し
「――収納は――」
天井裏を解放し、ギッシリ詰まっているCDを見せながら音子が言った。
「全てCDに占領されています」
***
「……お前、生活できてんの?」
ヨロ、と傾く魔法使いに、音子は言い放つ。
「今日生きれればいいのです」
「なにを――!!?」
「冗談です。ですが、あまり裕福ではありません」
「まあ、だろうな」
「ですが、心配には及びません。ちゃんとお腹いっぱい食べてます」
「ホントか?」
ほんとです、と音子がビスケットを一枚取り出す。
「サクサクサクします」
サクサクサクとビスケットを食べる。
「続いて、この曲をかけますと」
音子が音楽機器に命を吹き込めば、スピーカーから魔法使いも聞いたことある音楽が流れ始めた。
「音子、これあれだろ? ポケットを叩けばビスケットの数が増えるっていう――」
「お腹を叩けば胃の中で数が増えます」
「増えるか!!」
「お腹いっぱいです」
***
魔法使いが叫ぶと、押し入れに積まれていたCDが落ちてきた。どうやらギリギリのバランスを保っているらしい。
音子は落ちてきたCDを拾い上げると押し入れに投げ込んで押し入れを再度封印した。
「音子、もし、今のCDが聴きたくなったらどうすんだ?」
「はい?」
「いや、突然“この曲が聴きたい”ってことがあるじゃんか。そのときはどうすんのかなって」
「そのときは、この」
スッ。
どこからともなくリモコンを取り出し、電源を押す。
「コンポから聴きます」
呼応するようにコンポが青く光る。どうやら電源が入ったらしい。Helloの文字が画面に表示されている。
「家にあるCDは全てここに入ってます」
「じゃあ売れよCD」
***
「――ん?」
コンポに電源が入ったからだろうか。突然曲が流れ出す。
「おい音子、これどうやって止めんだ」
「――魔法使いさん」
「なんだ?」
「私、今さっきからあなたのことが、す、す、好きに……」
「……こんなに心に響かない告白ははじめてだ……」
流れ出した曲は、なるほど、『小林〇子』の『恋〇おちて』だ。
魔法使いはたどたどしくも曲を変える。
『因〇晃』の『別れて〇ださい』
「ふ―……、おしまいね。私たち」
「始まってすらないけどな。というか、俺がフられる側?」
***
「やっぱり不便じゃないか? その性格」
「慣れれば楽しいです」
「魔法のストックを使うか?」
「そんなもんのために使いたくはないです」
「……そんなもん」
「もっと楽しいことに使いたいです」
「……友達を作れば、魔法を使える回数は増えるぞ」
「ああ。そう言ってましたね。一人ごとに一回。ということは100人作ると100回ですか?」
「そういうことになるな」
魔法使いが腕を組む。
「音子は17歳なら……今高校生か?」
「まさしく」
「学校は?」
「行ってません」
「イジメ……か?」
魔法使いが訊くと音子は弱々しく首を振った。
横に。
「人生をねじ曲げてまで引きこもりを止めたくないだけです」
「よしわかった今すぐ魔法を使って性格を変えてやろうこのままじゃお前の人生ろくなことにならなそうだ」
***
「なるほど……友達ですか?」
「あん?」
魔法を使おうとしていた彼を、音子の言葉が遮った。
「なんだ、外にでる気になったのか?」
「魔法使いさん」
「なんだ?」
「はい、ちーず」
パシャ。と携帯で魔法使いが撮影された。
「なんだよ、いきなり撮んなよ」
「満面笑顔ピースの人が言わないでください」
***
写真を撮ったあと、音子はパソコンを操作し出す。
「音子―?」
「魔法使いさん」
「なんだ?」
カタカタカタとキーボードを打つ音子。
「さっきの話し、嘘じゃありませんね」
「さっきの話し? ああ、友達の話しか。
嘘じゃないぞ。友達一人作るごとに魔法を一回。俺も男だ。二言は無い」
「それを聞いて安心しました。――はい、魔法使いさん」
音子がパソコンの画面を指差した。
「ただいま、出会い系サイトに登録しました。
“お友達になりましょう”の一言で友達はいっきに100人です」
「なにしてんぞお前!!!!」
「ちなみに、プロフィールにある写真は魔法使いの写真です」
「こいつッ!」
「コスプレ仲間がどんどん増えていきます」
「俺はコスプレじゃねえぞ!?」
***
魔法ストック
1→100
「やっと収まった……」
魔法使いがサイトを退会し終える。
「なんてことしてくれたんだ、大変だったぞ」
「くっくっくっ、しかしこれで魔法ストックはいっきに増えました」
「お前ッ!」
「友達は友達です。魔法使いさんは先ほど男に二言はないと言いました」
「え――? そんなこといったかな――?」
口笛を吹く魔法使いを前に、音子は携帯を取り出す。
「スイッチオン」
「?」
『嘘じゃないぞ。友達一人作るごとに魔法を一回。俺も男だ。二言は無い』
「!!?」
携帯から聞こえてきたのは、さっきの魔法使いのセリフ。
『嘘じゃないぞ。友達一人作るごとに魔法を一回。俺も男だ。二言は無い』
「最近の携帯は録音機能もあるんですよ」
『嘘じゃないぞ。友達一人作るごとに魔法を一回。俺も男だ。二言は無い』
「汚い、汚いぞ音子」
『嘘じゃないぞ。友達一人作るごとに魔法を一回。俺も男だ。二言は無い』
「さあ、魔法使いさん」
『嘘じゃないぞ。友達一人作るごとに魔法を一回。俺も男だ。二言は無い』
「私のために魔法を使うのです」
『嘘じゃないぞ。友達一人作るごとに魔法を一回。俺も男だ。二言は無い』
「さっきから五月蠅いぞ、そのセリフ!! わかった。わかったから」
***
「ったく……。お前ってやつは」
「魔法使いさん」
「ん?」
「怒り……ましたか?」
女の子座りで魔法使いを見上げる音子は、心にキュンとくるものがある。
魔法使いは顔の赤らみを隠すために顔を背けた。
「べっ別に、おこ、怒ったりしてねえよ!」
「なら、良かったです」
「俺が曖昧だったのもいけねえし、それに友達作って欲しいってのはほんとだし」
「…………。ひとつ思ったのですが。
私の性格を変えずとも、魔法使いさんが他の人に魔法をかけて無理やり友達としたらどうなんですか?」
「ん――。だけどそれってむなしいだろ。魔法で作った友達なんて。
やっぱりさ、自分で動いて作るのが一番だと思うんだ。俺みたいなきっかけでもいいんだ。きっかけが大事ってこともある。だけどきっかけにしれなんにしろ、自分が動かなきゃダメだろ」
***
「魔法使いさん……」
「それに、さ。俺、人の気持ちを変える魔法って使えないんだ」
「なぜですか? 規則かなにかですか?」
「いや」
魔法使いは否定する。
「でしたら……なぜです?」
「実は……」
「はい……」
「好みの女性を操ってハーレムを作ろうと魔法を使ったのがバレてその罰で……」
「つまりあなたは前科持ちなわけですね」
「ちょっとした出来心だったんだよ〜」
魔法使いの弁解を耳にせず、魔法使いは布団に潜り込んだ。
その日1日は口を聞いてもらえなかったが、家を追い出されることがなかったのが幸いだった。