恋と夏休み(1)
ーー僕の中学校生活最後の大会は、こうして幕を閉じた。
後悔はない。
むしろ嬉しかった。
ずっとライバルだった駿介とあんなにいい走りが出来て...
結果的に駿介に勝つことは出来なかったけど、高校では絶対に勝つという新たな目標ができた。
よし、これで心残りなくここからは受験に向けて気持ちを切り替えよう......
というプランだったが、僕の体は言うまでもなく筋肉痛でボロボロだった。
ベッドに横になったまま僕は窓の外を眺めていた。
「あとは受験にまっしぐら...って、こんな暑いのに無理だよな。
部活引退したからって勉強に集中出来る気もしないし......」
夏休みも後半戦。
最後の大会は終わったが、夏休みはまだ終わっていない。
「そうだ!
駿介や雅紀を誘って、お疲れ様パーティーでもしようかな。
焼肉屋とか、カラオケあたりでいいかな...」
僕は体を起こした。
僕の頭は無意識のうちに、受験のことよりも残りの夏休みの楽しみ方の妄想を膨らませていた。
「じゃあ、さっそくメールでも
って、俺ケータイ持ってねーじゃん.....
電話かけても、雅紀の家は誰も出ないし、駿介の家は恐そうな父さんが出るから嫌なんだよな.....」
そう言って僕はもう一度ベッドに横になった。
「駿介たちに会うには部活しかないけど、もう部活も終わったしな。
しょうがねぇ、明日にでもランニングにでかけるかな。
駿介に会えるかもしれないし」
でも、まずは体の疲れを取らないと...
この日は1日、安息日となった。
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次の日、体にはまだ痛みが残っていたが予定通りランニングにでかけた。
「ずっと寝てたらいつまでも痛みが残るからな」
いつも使っているランニングシューズを履いて川原のコースを走った。
いつも走る道。
部活は終ったが走ることをやめるつもりはない。
気持ちよく風が胸を通り抜ける。
この気持ちがたまらなく好きだった。
いや、今も好き。
始めは筋肉痛であまり足が上がらなかったが、少しずつ歩幅が広がる
。
足を踏み出すたび、この3年間の記憶が甦ってきた。
「もう終わっちゃったのか」
部活は終ったけど走ることならいつでもできる。
そんなことはわかっているが、少し寂しかった。
筋肉痛の痛みとともに、僕の心にもとても大切ななにかが残っていた。
それは、痛みのように消えることはない。
そして、自分を強くしてくれる。
僕は信号機を右に曲がり、いつもより長いルートを走ることにした。
しばらく走り、雅紀の家の前を通った。
「向こうの公園で引き返そう」
僕は交差点の向こうの公園までペースを上げて走った。
すると、その公園には見覚えのある男の姿があった。
僕は思わず吹き出しそうになった。
見覚えのある男は雅紀だった。
彼は公園の砂場を使って走り幅跳びの練習をしていたのだ。
小学生が遊ぶような砂場に全力で飛び込んでいく雅紀をみて、笑いをこらえられなかった。
「あれ、翔悟じゃねーか」
僕の笑い声に気付き、雅紀が手を振ってきた。
「何やってんだよ雅紀、
公園の砂場に飛び込むやつはお前ぐらいのもんだよ」
「はは、そうか?
この公園にはよく来るんだぜ」
二人はベンチに腰をおろした。
雅紀はポケットに手を当てて、一瞬動揺を見せたあと
辺りを見回した。そして、砂場の中から半分埋まっている携帯電話を掘り出した。
「お前、やっぱり面白いやつだな。
ケータイをポケットに入れたまま飛び込むやつがいるかよ」
「はは、ケータイなくしたと思ったよ」
雅紀は笑いながら砂まみれのケータイを開いた。
「そう言えば、今週の日曜日に夏祭りがあるだろ?
麗奈とお前を誘って行こうって駿介が言ってたぞ」
「夏祭りか。もちろん俺も行くよ」
残りの夏休みの楽しみを探していた僕は、迷うことなく答えた。
「じゃあ、駿介に言っておくから。
日曜日の午前中から集まろうぜ。10時に神社で待ってるからな」
「おう、わかった」
こうして僕は、夏祭りの約束を取り付けた。
公園からの帰り道、西の空にはもう真っ赤な太陽が沈み始めていた。
知らぬ間に筋肉痛の痛みはすっかりなくなり、足取りは軽かった。
僕の額を流れる汗が夕焼けに照され、輝いた。
『大会が終わったら受験勉強』
そんなプランはもう僕の頭の片隅に追いやられていた。