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最後の大会

ついに大会当日。

昨日の夜中に少し雨が降ったらしく少し地面が湿っていたが、この程度ならば問題はない。

むしろ、どんな時のグラウンドの土を蹴り続けてきた僕にとっては好都合なコンディションだった。


僕は、何も言わずに朝食をとり、少し早めに競技場へと向かった。


「行ってきます」

「あ、翔悟。今日は大会だったよな。

兄さんは高校行くから見に行けないけど、がんばれよ」

「うん。ありがと兄さん」


僕は、家を出た。

今日は一人で行くことにした。

駿介と雅紀が迎えに来ると言ったが、なぜだか今日だけは一人で行きたかった。

僕は自転車に足をかけた。

少し風が吹いていた。風を受けてペダルをこぐ度に胸が痛い。

痛いというよりは、締め付けられるような感情。

「緊張してんのか?俺...」

胸に手を当てて足を動かした。

家からは10分程度で競技場に着いた。

その10分はとても長く感じた。


競技場に着いても、まだほとんど誰も来ていなかった。

僕は客席から、フィールドを見渡した。

ここには何度も来たことがある。

でも、いつもより広く感じる。

広い競技場の空気を思いきり吸い込んで、深呼吸をした。


楽しみのような、でもこの大会が最後かと思うとちょっと寂しいような...

僕の中ではたくさんの感情が渦巻いていた。




しばらくすると他の学校の選手も集まり始め、駿介と雅紀もやって来た。

少し遅れて麗奈も。

4人集まると、僕の心も少し楽になった。


▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼



ストレッチを充分に行った。

僕が出場する最初の競技、男子100メートル。


この競技は僕が一番力を入れていた競技だった。


しかし、競技のレーン割を見て僕は言葉を失った。

そして、なんとなく笑みがこぼれた。


なんと、隣のレーンは駿介だったのだ。


「最後の大会で駿介と走れるとは思わなかったよ」

「俺もだ。翔悟、本気でこいよ!」

「おう、当たり前だろ!」


スタートまでのほんのわずかな時間がとても長く感じた。

心臓が高鳴る。


高鳴る鼓動を感じながら、ゆっくりとレーンに入った。


「今までの全部をぶつけてやる」

僕はスタートブロックに足をかけた。


一瞬、空気が重くなる。そして、その空気を切り裂くようにピストル音がなった。


僕は力強く右足で地面を蹴った。

フライングギリギリ。

自分でも、フライングかと思った。しかし、続行されている。

最高のスタートを切れたようだ。

駿介は後ろだった。

しかし、後ろからどんどん迫られているのを感じた。


「負けてたまるか!!」


あと、30メートル、20メートル。

10メートルのところで、駿介に追い付かれ並んだ。


「抜かれるもんか!!」

僕は最後の力を振り絞って、ゴールに体を放った。


しかし、駿介もペースをあげて翔悟を捕らえていた。

そしてゴールする。

まわりで見ていた麗奈と雅紀もどちらが勝ったかわからなかった。


ゴールしてからしばらくして、掲示板にタイムが出た。

僕は11秒01。

そして、駿介は......

10秒98。


0.03秒差。

しかし、僅かに駿介のほうが速かった。


「......」


言葉が出なかった。

感情はしばらく無になったが、目からは涙だけが出ていた。


「なんで泣いてんだろ俺...こんなにいい走りが出来たじゃんか......」



声も出なかった。

すると、駿介が背中を叩いてきた。


「ありがとう。翔悟」


それだけ言い残すと、その場を去っていった。



「俺の最後に最高の走りが出来た。感謝したいのは俺のほうだ」


僕たちの最後の大会。

勿論この競技だけが全てだったわけではない。

しかし、僕の3年間の全ては、あの走りに込める事が出来た。


僕はスポーツタオルで汗を、そして涙を拭き取った――。



全ての競技が終わり、4人が顔を合わせた。

4人全員の顔は明るかった。


全員、心残りはなかった。

みんなに出会えて良かったと改めて感じた一瞬だった。

「終わったのか...」

「そうだな、でも、楽しかった」

「おう。なあ、駿介」


「ああ、あんなに気持ち良く走ったのは久しぶりだ。

ありがとな」

そう言って、拳を差し出してきた。


「おう」

駿介の拳に全員が拳を合わせた。

そして、ニッコリと笑った。



結局、最後まで駿介には勝てなかった。

悔しくないと言ったら嘘になる。

だけど、駿介を追いかけてここまでこれた。


駿介を越す。

その目標はまだ変わらない。

ここからは、受験という新たな戦いが始まることは、僕もよくわかっている。

いよいよ高校に向けて走り始めようとしていた。


この大会で、

高校に行っても、陸上を続けたい

という思いは僕の心の中で確かなものになっていた。


3人と別れ、一人で向かう家路は夕陽で真っ赤に染められていた。










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