最後の中学校生活(2)
出てくる高校の名前は架空のものです。
教室では、雅紀の隣の席に座っている。
窓側とも廊下側ともいえない真ん中の席。
窓側には麗奈が、廊下側には駿介が見える。
駿介は成績も上位だった。麗奈も頭がいい。僕も駿介に負けないようにと勉強しているが、勝ったことは1度もない。
学年で言うと、駿介がと麗奈が15位から20位。
僕は30位ぐらい。学年の人数が多いこの学校では僕でも充分自慢できる順位だ。
そして、雅紀はというと......
まだ2時間目だと言うのに、僕の隣の席で熟睡していた。
彼の成績は言うまでもなく悪かった。たまに、駿介に教えてもらっているおかげで少し順位が上がったが、100位前後というところだ。
「キーンコーンカーンコーン」
チャイムが鳴ると今まで熟睡していた雅紀も起きる。
不思議とチャイムが鳴る3秒前に起きるという特技を持っていた。
「おい、雅紀。今日は授業中に寝ないって朝言ってなかったか?」
「寝てた訳じゃない。今はコンディションを高めてたんだよ。今日の部活も頑張らないとな」
彼いわく、授業中に体力を温存するようにしてから記録が伸びたらしい。
ほとんど部活をするためだけに学校へ来ているようなものだった。
だが、部活の時だけは、とても一生懸命に取り組んでいる。
僕も部活は一生懸命だ。
3年生になってからは 僕も少しずつタイムが伸びてきた。
学年があがって、体力がついたおかげかも知れない。
でも実は、今年の春あることを心に決めていたからだ。
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それは、一言で言えば「進路」だ。
行きたい高校も決まっていなかった僕は駿介に相談した。
「なぁ、駿介は高校はどこ行くか決めたの?」
「ああ、俺は『翔陽高校』に行くんだ」
「翔陽高校?どこだよそれ?」
「お前、知らないのか?陸上も有名だぜ」
僕は、駿介に聞いた翔陽高校について調べてみた。
この高校は推薦は取っていないが、陸上をはじめとした運動部で高い実績を持っている。
全国レベルの練習を受けることができる学校だ。
そして、気になる学力レベルは...思ったより高くない。
駿介のランクならば安全圏だ。
僕でも充分に入学することができる。
しかし、部活のハードな練習についていけるだろうか。
初めは正直不安だった。
「でも、駿介もきっとこの高校を目指しているんだろう。
僕だって、行くんだ。そしていつかは駿介を抜かしてやるんだ」
その思いに突き動かされて、この高校に行くことを決めた。
「今年は受験生だ」
耳にタコができるほどこの言葉を聞かされた。
勉強しろと何度も言われた。
しかし、やる気は出ない。
その気持ちが部活にも影響しはじめて、タイムが伸び悩む時期があった。
その時期に僕はあることを心に決めた。
「今は部活に専念したい」
このままなにも手につかないような時期が続いたら、何もかもがうまくいかないような気がした。
だから、気持ちを切り替えたい。
翔陽高校ならば、この成績で充分に入学できる。
だから今は部活に専念しよう。
夏の大会が終わってから気持ちを切り替える。
それが僕の決意だった。
そう心に決めてからは、少しずつタイムが伸びた。
部活にも集中して取り組めた。
自分の気持ちが驚くほどに記録に表れる。
陸上はそこがおもしろい。
だから夢中になれる。
僕はこの競技を高校でも続けたい。
そしていつかは、目標である駿介を越してみせる。
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そして、今日も部活の時間がやってくる。
まだ少し肌寒い風がグラウンドの砂を巻き上げていた。
「ふーー、まだちょっと寒いね」
ウインドブレーカーを着た麗奈はかじかんだ手をポケットに入れた。
その隣には半袖ハーフパンツの雅紀がいる。
「相変わらず、雅紀は元気だな」
僕も少し遅れてグラウンドに来た。
「よーし。みんな集合!」
駿介がみんなを集めた。最高学年となり、キャプテンの姿も様になっていた。
駿介を先頭に軽くランニング。
ストレッチを充分に行い、種目ごとに分かれて練習を始める。
雅紀はいつものように幅跳び。軽く走って行って、ふわりと体をうかす。
この寒い中、初回で4メートルを楽々越えた。
「さすがだな。俺も頑張るか!」
僕は100メートルのレーンに向かい、スタートブロックに足をかけた。
両手を地面に付ける。
すると、からだ全体が風を受ける。
風を感じて、僕は強くブロックを蹴り出した。
僕は、この瞬間がたまらない。
今まで何度も繰り返してきた。自分が納得できるスタートを。
だけど、同じスタートは1度もなかっただろう。
風が弱い日、蒸し暑い空気が体を包む日、地面が湿って柔らかい日。
気持ち1つでもスタートのタイミングは変わってしまう。
少し力んでいれば、前に体重が乗ってしまったり。
でも、その全てを僕の右足はいつも受け止めてくれた。
そして、力強く前に蹴り出す。
僕も今未来に向かって大きく足を踏み出している途中だった。