道中、出会ったのはひょうきん者
バイクの振動を体で受けながら、春は舌を巻いていた。3日前、たった数時間、基本的なことを教えただけで今自分が掴まっている少年はバイクを乗りこなしている。その理解力と吸収力は悪寒すら感じるほどだった。
―シュウ
『ああ、いるな』
「春さん!しっかり掴まってください!飛ばしますよっ」
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!わたしは片腕っ」
空転をしないように注意しつつスロットルを開いて一気に加速していく。そしてこのバイクが出せる最高速度ギリギリまで達したとき、大熊が木を薙ぎ倒して現れた。
「え、ちょっと!でかくない!?」
「この森の主かもしれませんね。とにかく逃げますよ」
「逃げるたってあいつ速いよ!しっかりついてきてるよっ」
「それでも逃げるんです!舌噛みますから黙ってください!」
『80メートル先に木!そのからさらに20メートル先やや左側にもあり!』
―わかった!
シュウの視覚情報処理を頼りに、ユウは最短の回避ルートで障害物を避けていく。ユウの記憶では大熊が積極的に人を襲う習性はないはずだった。だとすると知らないうちに縄張りに入ってしまった可能性が高い。
とにかく人の気配の多い国家間通商道へと出ることができれば、気配を察して自分から諦めてくれる。しかし、真っ直ぐ北に向かえばすぐだと聞いて早3日。未だに通商道の気配はなかった。
「本当にこっちで合ってるんですか!」
「失礼ね!まだボケる年じゃないわよ!」
『ユウ、マズイ!倒木だ!』
―うぇっ!?
左側に急激にハンドルを切ったことで崩れたバランスをなんとか立て直し、ホッと一息つけたと思った瞬間、2人の乗るバイクは森を突きぬけた。しかし、出たところは小さな谷になっていて、着地の衝撃で2人は投げ出された。
「痛っ―――!腰打ったか…。春さん…大丈夫ですか?」
「……ええ、なんとか。あ、痛ったぁ…」
「でも、何とか通商道に出ましたね。大熊も諦めてくれたみたいですし」
「そうねえ。バイクも傷だらけだけど何とか大丈夫そう」
道に投げ出されて倒れたバイクを擦りながら、春が安堵の表情を浮かべる。そこに腰を押さえながらユウが近づき、バイクを立て直してエンジンをかける。
ドゥルン!と気持ちの良い音がなる。しかし少しずつ元気がなくなるように音が小さくなる。もう一度かけても一度は鳴るがすぐに止まる。
「嘘……」
「……どうしましょう、まだだいぶありますよ」
遥か遠くに、魔獣から国民を守るために高く築かれた国壁が少し見えている。普通に歩けば2日と少しでもあれば着きそうだが、動かないバイクと荷物を持っていたらどれくらいかかるかわからない。
「う~ん、エンジンが止まるなんて初めてだからなあ」
「下手に手をつけるのも考え物ですね」
「仕方ない、歩くわよ。荷物は持つから、バイク押して」
バイクに載せていたトランクを降ろしても、それなりの重量のバイクをユウが押していくのは無理がある。かといって片腕の春が押して歩くというのはさらに無理な話で、ユウは渾身の力で押し歩き続けた。
休みながら歩き、もうすぐ1キロ。何度目かわからない休憩をとっていたとき、低い唸りが後方から聞こえてきた。
「この音、トラックかしら」
「トラックって、あの…大きな箱を……後ろに引いた車、ですか?」
「いや、そこまで大きくはないと思うけど」
2人で音のするほうに目を凝らすと、緑に塗装された車が走ってくる。
「ああ、人員輸送用のトラックね。商人か使節を運んでたんでしょ」
「そう、なんですか……」
道端でへたり込んでいた2人の前をトラックが通り過ぎていく。しかし、少し走って止まると、バックで2人の前に戻ってきて男が降りてきた。
「どうしました?なにか……ああ!春さんじゃないですか!」
「ロイ!?久しぶりね!3年ぶり?」
「そんくらいです。ってどうしたんですかその腕!?」
「ああ……ちょっとね。そんなことよりあんた機械強いわよね?見てくれるかしら」
「え、いいですよ」
どれどれ、と動かなくなったバイクを隅々まで点検していく。点検が進むごとにだんだんと表情が険しくなり、終わると深い溜息を吐いた。
「今ここにある道具じゃ直せないですね。でもどうやったらここまで?」
「ああ~…ちょっとね。大熊に追いかけられてそこから大ジャンプを、ね」
「あそこから!?……まあ仕方ないですね。定期的に整備してました?」
「え……っと」
「……そりゃこんなになりますよ。その大ジャンプがトドメでしたね」
「そんなあ……」
望みのない答えにユウが思わず倒れこむ。その様子を見たロイはしばらく考え込み、まあいいかと小さく呟いた。
「あの国へ行くんですよね。乗ってください。客もいませんし」
「ホント!助かるわ」
渡し板でバイクをトラックに積み込み、ロープで結わいて動かなくした。そして春は助手席に、ユウは後部の脇に付けられた椅子に座った。
「ところで春さん。そこのお子様は一体誰ですか?」
「ユウよ。冬馬の秘蔵っ子」
「あらら、隊長、別のオンナに獲られましたか。残念でしたね」
「違うっ!冬馬の弟子!」
「あはは、わかってますよ。男の俺から見ても甲斐性無しですからね、あの人は」
顔を真っ赤にしながら起こる春とケラケラと笑い続けるロイ。ユウはそんな2人を不思議そうに見ていた。
「2人はお知り合いなんですか?」
「ん?そうよ。こいつはロイ。死神部隊の調査役。簡単に言えば悪魔を探し出して潰す係」
「いいんですか、春さん。俺達のこと話しちゃって」
「いいのよ。次期死神部隊、隊長候補なんだから」
ロイが突然ブレーキを踏んだことで春とユウは前につんのめり、春にいたっては鼻の頭を打ってしまった。
「止まるなら止まるって言いなさいよ……」
「何を言ってるんですか!?それは現隊長の死、もしくはそれに準じる事態の際に行われるものですよっ」
「……わたしは冬馬に腕輪を譲渡するように頼まれただけよ」
「いったい何があったんですか?」
「僕もそれは聞きたいです。聞かないでいましたけど、やっぱり気になります」
「……仕方ないわね」