無知な少年は死神と呼ばれた
―言葉遣いが昔に戻ってた…。あの憎悪を忘れないためにって、わざわざあいつの話し方を真似してたのに。戻したってことはきっと……
「う……ぅん。あれ…?ここは…」
「ようやくお目覚めね」
「あ、春さん。ここって……春さん!?」
床に寝かされていたユウが目覚め、蝋燭の薄明かりの中で最初に見たのは片腕を失った春の姿だった。それに気づき、春は傷口を隠すように体を抱え込んだ。
「…何があったんですか?先生に気絶させられたことは覚えてます。それから何があったんですかっ」
「………………」
『俺が話す』
「シュウ?」
『悪魔が来た。気配だけだったがおそらく堕天使も来てる。お前を守るため春は戦い、冬馬は戦ってる』
「悪魔?堕天使?いったい何のこと!?」
「誰と話してるの?」
シュウと話していたユウに春が問いかける。その目はあまりにも無気力で不気味で、ユウは背筋に冷水が落ちる感覚がした。
「シュウ、です。もう一人の、僕…」
「二重人格…か。あなたはとことん特別尽くめね…」
力なく笑って春はフラフラと立ち上がり、部屋の奥の棚の方へと歩いていく。そして棚から一つの箱を取り出した。
「とにかくっ、先生を助けないと!」
「無理よ!あなたでは無理!」
ユウの言葉に春は振り返り、睨み付ける。さっきまで何もなかった瞳に深い悲しみと怒りが刻まれているのをユウは感じ取った。
なんで、と問いかける前に捲くし立てるように春が吼える。
「今のわたしでもあんたを数秒で殺せるわっ!そんなあんたが助力に行ってなんになるっていうの!」
「で
「黙りなさい!冬馬が命がけで守ろうとした命をみすみす捨てようって言うの!許さないわよそんなことっ!」
ここまで言うと春は取り出した箱を抱きしめて、またへたり込んでしまった。落差の激しい春の様子にユウは逆らってはいけないと思って、向き合うように座った。
「悪魔、ってなんですか?」
「人の罪から生まれ、人の罪を貪るもの。堕天使の僕」
「堕天使、ってなんですか?」
「遥か昔、神に逆らった天使達。神の御子たる人間を滅ぼそうとするもの。死神が倒さなくてはならないもの達」
「死神?」
「堕天使に対抗するため、神が人間に特別な力を与えた。その力を持つ物たちの総称」
聞いたところでユウには何もわからなかった。今の状況すら未だに飲み込めていない。シュウは何かを知っているようだったけど、聞いたところでわかりそうになかった。自分だけが何も知らない。その疎外感がユウを無気力にさせた。
2人は向かい合ったまま、互い黙っていた。蝋燭が融けきり、そろそろ火が消えるという頃になって春は外を見てくると立ち上がった。梯子を上りきった春に、ユウは呼ばれ、部屋を出るとすでに朝日が差し込んでいた。
「とっくに終わってたみたいね」
「先生!」
外へと駆け出したユウの目に入ったのは焼け野原となった広場と黒く固まった血溜り。冬馬の姿はなかった。
「冬馬……」
「生きてますよ。先生は」
「何を言って」
「先生の痕跡がないんです。あの血溜りは春さんのでしょう?だとしたら先生は一切の傷を負わずに死んだことになる。そんなことはありえないっ。だから、先生は生きています」
「……そうね。うん、そう。あいつは簡単に死ぬような奴じゃない」
ユウの言葉に少し気力を取り戻した春は、持っていた箱をユウに手渡した。
「これは?」
「冬馬の伝言と思いよ。ユウ、それを受け取った時点であなたは死神を統べる者としての権利が与えられる」
「開けても?」
「構わないわ」
箱を開けると中に入っていたのは封筒と二つの腕輪。ユウはとりあえず手紙を読むことにした。
書かれていたのは、うろ覚えだった母のこと、記憶になかった父のこと。死神、悪魔、堕天使に関すること。そして謝罪と、感謝の言葉だった。
「……わかりました。その権利、頂きます」
「躊躇しないのね」
「わからないけど。わからないことだらけだけど。先生にまた会える可能性があるとしたら、先生の後を継ぐことだというのはわかるから」
「じゃあ、その腕輪をつけて。今までちゃんとはめられた死神はいないらしいけど一応ね」
箱から腕輪を取り出し腕をくぐらせる。すると腕輪は広がり、腕を締め付けるように小さくなる。そして腕の太さを確かめるかのように何度か大きさを変えると、ちょうど腕の太さで止まった。
「な……!なんですか今のはっ」
「腕輪に選ばれた…。本当に…あんたには驚かされるわ……」
「教えてください!この腕輪はなんですか!?」
「よくわかっていないわ。最初の死神が持っていたもので堕天使に打ち勝つ力を秘めているらしいこと。そして少なくとも100年以上は選ばれた死神がいないということしか知らない」
お茶をいれてちょうだい、といつもの調子でユウにお願いをして家の中へと戻っていく。まだ説明が不十分なことに不満を感じながら、自分ものどが渇いていることもあって素直に従った。
「これからあなたがすべき事は2つ。まずわたしを近くの国まで送り届けること。今のままじゃ足手纏いは否定できない。そこで別の死神にあなたの道案内をさせる」
「わかりました。それで、僕はどこへ行けばいいんですか?道案内ということは行き先があるのでしょう?」
「遥か西、世界中に信者を持つ最大の宗教の総本山がある。そこへ行きなさい。そこにはあなたが知らなければならない事が多くある」
「それじゃ旅支度をしなきゃいけませんね」
物置にある、昔冬馬が使っていたというトランクを引っ張り出しユウは旅支度を始める。しかし、旅というものをしたことがないユウは勝手がわからず苦戦した。
「まったく、さすが冬馬の弟子。師弟揃って不器用ね」
見かねた春がさっさと旅支度を進め、やることがなくなったユウは再び地下室に入った。特に理由はなかったが、もしかしたら何かがあるのではないかと思ったからだ。すると、壁に一着のコートがかかっていた。
「春さん、これって」
「それは……冬馬の防刃コートね。なつかしいわ」
気まぐれに羽織ってみるとだいぶ大きくはあったが着れないほどはなかった。コートから感じる冬馬の気配にユウは安心し、一層の覚悟が固まった。
「ユウ。改めて言うわ」
「はい」
「今日からあなたは、罪を犯した魂を狩るもの。それを僕とする堕天使を討ち取る者。死神よ」
ユウはただ、小さく頷いた。