男は自分の甘さを思い知った
ユウが表で魔獣たちと奮戦している頃、冬馬と春は裏で椅子に座って杯を交わしていた。
「いくら教練の一つとはいえやりすぎじゃない?」
「いえいえ、あの子の実力なら簡単ですよ。おや、ゴーレムを倒しましたか」
表のほうから聞こえてきた岩が崩れる音を聞いて冬馬は嬉しそうに一口酒を飲む。その横で春は頭を抱えていた。
「真実を知ったら泣くわよあの子。自分の先生が自分で結界を解いて魔獣と戦わせてるなんて」
「必要なことです。狙い通り、あの準備のかかる能力を二頭狼のスピードに追いつけるように補正しましたし」
しかし少し酷な事をしましたかね、と反省の色が見えない苦笑をしながら酒をあおる。さすがにこれは注意をしたほうがいいと思った春は口を開きかけたが、覚えのある気配を察し、それを冬馬に目で訴えた。冬馬も感じてるようで、すでに立ち上がっていた。
「そろそろ切り上げです。行きますよ」
「尻拭いくらい一人でやってほしいわ」
リボルバーとライフルを使い分け、相手に応じて能力を変えて、屋根の上から狙撃で倒していたユウは完全に息を切らしていた。
―さ、さすがに……しんどい…
『俺も…疲れてきた』
―あ、先生!それに春さんも
ユウの横に冬馬と春が現れる。もう大丈夫ですよ、と声をかけて冬馬は飛び降りた。白々しい、と小さく呟いて春も飛び降りる。
飛び降りてきた二人に魔獣たちが一気に飛び掛る。
「伏せてください。炎刀…」
着地すると同時に冬馬が空中で抜刀の構えをするとそこに刀が現れる。現れた刀に手をかけると、一気に引き抜いた。
「百火繚乱っ!」
引き抜かれた刀からは紅蓮の炎が渦巻き、飛び掛ってきた魔獣すべてを巻き込んで、広場に生えていた草もろとも灰燼に帰した。しばらくして炎が治まり、真っ黒に染まった広場が見えてくるとその場に伏せていた春が、わたしの出番ないし、と不満そうに立ち上がった。
「すごい…」
『…とんでもねえ能力だな』
「でもなんか……先生にしては苛烈な感じがする」
「ユウ!降りてきて薪を用意してくれますか?」
「あ、はい!」
言われてすぐに屋根から飛び降り、薪を取りに裏手へと回る。戦闘の形跡がまったく見えないことに少し訝しがったが、きっとさっきと同じことをしたのだろう、と特に気にすることもなく表へと戻った。
表では冬馬と春が2人がかりで倒されていた松明を立て直していた。
「でもどうして倒れたんでしょうか?嵐が来ても倒れるどころか消えもしないのに。魔獣が触れるわけがありませんし」
「さあ、なんででしょうね」
松明の中に薪を入れながら聞くユウに、まるで何も知らないかのように言い返す冬馬。いい加減にしなさい、と春が冬馬の頭を引っ叩く。叩かれた頭をさすりながら、後でちゃんと話しますよ、と少し不機嫌そうに炎刀の炎を松明に移した。
「さて、ごたごたしましたけど、今日のところは休みましょう」
「明日ちゃんと話しなさいよ」
「わかってますよ」
「何のことですか?」
「明日わかりますよ」
気になって仕方がないユウは何度も聞くがその度にはぐらかされる。その様子を春は笑いながら眺めていた。しかし、玄関の前に着いた瞬間、険しい顔で立ち止まった。冬馬も同様だった。一方でユウも何かを感じ取っていた。
―シュウ。なんか嫌な感じがする。
『……ああ、奴らだ』
―え?シュウ知って…
「どっちにしろ来ましたか」
「みたいね」
「え?え?」
冬馬たちは振り返り森の中の一点を見ていた。ユウだけが全く事態が飲み込めずにいた。すみません、冬馬は一言断ってユウの首筋に手刀をくわえて気絶させると、家の中に運び込みソファに寝かせて外へ出た。
「久しぶりですね、ファウスト」
「ええ、本当に。8年ぶりですか?」
森の中から現れた人影が月明かりに照らされて姿がくっきりとしてくる。そして完全に見えるようになった瞬間、春の瞳孔が怒りで広がった。
「この裏切り者っ!」
「待ちなさい!」
冬馬の静止も聞かず、春は太刀を出してファウストと呼ばれた男へと突進する。春の視界は怒りでファウストのみが入り、周りは一切見えていなかった。その上、乱れた精神で能力を使ったことで一気に体力が消耗していく。
「まったく、貴女も変わりませんね。情動に駆られて周りが見えなくなる。そういうところ、嫌いでしたよ」
「え……」
パチン、とファウストが指を鳴らす。その瞬間、春の左腕が千切れ飛んだ。悲鳴を上げてへたり込む春のそばの地面から黒い影がにじみ出て人の形を成していく。声にならない声を上げてその影を見上げると影は腕を剣のように形を変えて振り上げた。
春が死を覚悟した時、目の前を炎が包んだ。抱きかかえられたのを感じて呆けた顔で見ると、冬馬が厳しい顔をしていた。結界の中に入ると春は横たえられた。
「…ごめん」
「謝るくらいなら生きる気概を持ちなさい」
「ごめん」
「春、腕を諦められますか?」
言っている意味はわかっていた。出血がひどい、このままでは失血死にいたる。生きるためなら仕方ない、生きる覚悟をした目で春は頷いた。それに答えるように頷くと冬馬は炎刀を傷口に当てた。
「いきますよ」
「お願い。やって」
炎刀から火が漏れ傷口を焼いていく。その筆舌にしがたい苦痛に春はひたすら耐え続けた。
春の傷口を焼きながら、冬馬は自分の読みに甘さに唇を噛んでいた。ファウストの狙いはユウの命ではなかった。ユウの命を狙うなら機会はいくらでもあった。それでも守りきる自信はあった。しかし奴の狙いはユウの力を見ること。理由がわからない。次の一手が読めなかった。
「もう…大丈夫……」
「立てますか?」
「…うん」
ふらふらではあるが春はしっかりと立ち上がった。さっきまでの呆けた顔ではなく、むしろ今からでも戦おうという気配を出していた。
「退きなさい。今の貴女ではただの足手纏いです」
「わかってる。でもあなただけでどうにかなる数じゃないわ」
出血を止めている間にファウストの周りにはさっきの黒い影が大勢立っていた。夜の闇も手伝って、それこそ無尽蔵とも思えるほどの数だった。
「気にしないで退きなさい」
「でも!」
「退け!」
春にとって8年ぶりに聞く、冬馬の丁寧でない口調に春は確固たる意志を感じ取り、わかった、とさびしそうに答えた。
「キッチンの前に一枚、色の違う板があります。その下に多重結界を張った地下室にあるのでユウと入ってください」
「わかった。……無茶、しないでね」
「…善処します。中のものをユウに」
頼りのない答えに春は後ろ髪を引かれたが、事実、足手纏いになることがわかっている自分の体を不快に感じながら家の中に入った。