少年の生まれを男は語った
「さて……聞かせてもらいましょうか?」
ユウが部屋に入ったのを確認すると同時に春は切り出した。お茶を用意してきますと言ってキッチンへ消えた冬馬はしばらくしてポットとカップを持って戻ってきた。
「食事に薬を混ぜるなんてよほど聞きたかったんですね」
「気づいていながら止めなかったのは話したかったからでしょう?」
冬馬は苦笑しながら2人分のカップに茶を注ぐと、一口飲んで遠い昔を思い出すように目を閉じて話し始めた。
「那由他のことを覚えてますか?」
「あんたの義妹の?もちろん覚えてるわよ!可愛かったなあ。エルフらしい綺麗な子だった」
「故に里を追われたのですがね」
「ハーフエルフ…だもんね」
エルフ。世界中の鬱蒼と広がる森を住処にしていると言われる種族の総称。比較的長い耳と男女問わず美しい姿、そして不思議な力を持っていることを特徴としている。その不思議な力は自然を操るとも、姿を消すとも言われていてその力が魔獣が蔓延る森の中で住める理由である。しかし極端に閉鎖的な種族であり人との交わりを決して許さず、人と交わったものは里を追われてしまう。
「あの子は彼女の子です」
「まさか!?だってあの子は10年以上前に海で行方不明に……」
「生きてたんです。私は彼女にあの子を託されました。病で、今はもう亡くなっていますが」
「そう……。で、父親はどうしたのよ?」
「……その前に彼女の両親について話しましょう」
口を濁した冬馬はもう一口茶を飲み、やはり苦いですねと呟いて砂糖瓶を取りに席を立った。もったいぶった話し方に春が苛立ってきて、コツコツと床を鳴らし始める。
戻ってきた冬馬は一匙砂糖を加え味見をすると満足して再び話し始めた。
「彼女の故里を探し出して確認しました。母親がエルフ、父親が人だそうです」
「へえ」
「そして、父親は私達と同じ血族です」
靴音がピタリと止む。春の目は真っ直ぐに冬馬を見据えどんな些細な挙動も見逃さないようにしていた。対して冬馬は目線をそらすことなく話を続ける。
「本当です。戦闘により怪我をしてるところを保護したのが彼女の母です」
「……そうだったの」
「しかも母親はその里でも屈指の術者だったそうです。彼女も里を追われなければ将来を期待されたでしょう」
「あの子の両親のことはわかった。高い潜在能力をもつ可能性があって、あんたが期待してるのもわかった。で………ユウの父親はいったい誰なの?」
ユウの父親の話題になって冬馬は再び口を濁す。それを春が半ば睨みつけるように、話せと目で訴えかける。
落ち着いて聞いてくださいね。そう前置くと冬馬は口を開いた。
「私たちの敵にあたる者です」
「あんた本気で……!」
「落ち着きなさい」
感情が昂り声が大きくなる春に、今度は冬馬が静かな声で、そして有無を言わさぬ睨みを利かせる。
一口で茶を飲み干し、感情を落ち着けた春は大きく息を吐いて冬馬を見直した。
「事実なの?」
「本人がそう言っていました。海に漂っているのを救助されたそうです」
「あいつらがそんなことをするなんて。とうてい考えられないわね」
「彼らも一枚岩ではないということでしょう。そしてもう一つ」
もう何があっても驚かないというのを態度で示すように春は腕を組む。
残り少ないお茶を飲み干して、冬馬は告げる。
「弟がいて、その子は父親が引き取ったそうです」
「はあ……。厄介ね…」
「ユウは人の血を濃く継ぎ、弟は彼らの血を濃く継いでいる。私が最も気掛かりにしていることです」
「情に流されやすそうな子だもんね。奴らもそこを必ず突いてくるはず」
春は深く溜息を吐いたが、安心したように少し笑った。そしてお茶のおかわりを冬馬に要求した。苦笑しつつも、冬馬は水を沸かすために席を立った。
「なるほどね。視察中にいなくなって音信不通になったのはそのせいだったのね。でもあの子を連れて国に戻ってくれば良かったじゃない」
「人が多いところは彼らの僕との遭遇率が高いですからね。それだけは避けなければなりません」
「でもあの子、人間関係に関して弱くない?さっきだって、あの年の男の子なら何かしらの反応は示すものよ」
「ええ……少しばかり大事に育てすぎたのかもしれません」
茶葉を変えたポットにお湯を注ぎながら、冬馬は後悔した。しかし、すぐに頭を振って切り替える。
後悔ならばいつでも出来る。今はただ一日でも、一刻でも早く、ユウに戦う力を身に付けさせること。それが冬馬の目標であり使命だった。その為には後悔する時間も惜しい。
「……焦りすぎよ」
そんな冬馬の心の内を察して、春は優しく声をかける。しかし冬馬の表情はむしろ険しくなってしまった。
その表情に春も顔が険しくなる。どうしたのか問いかけると冬馬はある方向に視線を送りながら答えた。その方向は昨日の朝、狩りからの帰りに見た方向だ。
「奴らの気配を感じました。この場所を勘付かれたかもしれません」
「でも炎の結界がある限りあいつらは近づけないはずでしょ?」
「いえ。一人います。結界の干渉を受けずに近づけるものが」
「……あいつか」
冬馬は黙って頷いた。春は目に見えるほどの苛立った顔をし、歯軋りした。しかし、その顔はすぐに思案している顔に変わり、やがておかしなところに気づいた春は冬馬に聞いた。
「場所がわかってて、なんで奴らは仕掛けてこないの?」
「わかりませんが、正直助かっています。少しでも早く、ユウには能力を身に付けてもらわなくては」
「そうね。わたしも協力したいけど、あればかりは他人がどうこう言って身に付くものではないし」
「そうでもなさそうですよ」
そう言って意味ありげに笑う冬馬を春は訝しげに見たが、すぐにこれからのことを話し合おうと、またお茶のおかわりを要求した。