その女は轟音とともにやってきた
寝間着を着てリビングへと出ると昼と同じくらいの量の食事が用意されていた。それを見た瞬間、ユウのお腹が空腹の音を立てた。
「どうやら余分ではなかったようですね」
笑いながら最後の料理を持ってトーマがリビングに戻ってくる。
いつものように座って食事を始めると、すぐにトーマが切り出す。
「明日の狩りは私一人で行きます」
「そんな!大丈夫です!今日みたいな失態はもうしません!」
「そうじゃありません。明日も朝から能力の修行です。体力の回復に睡眠は欠かせません」
「だいじょう、ぶ…で……」
言い返そうとするとトーマは鋭い目つきで有無を言わさぬ睨みを利かせる。それはユウを黙らせるには十分で、黙ったのを確認すると口を開いた。
「能力使用による消耗は激しく、それは時に命に関わります。よく肝に銘じておきなさい」
「………はい」
それからは全く会話はなく、食べ終わるとすぐに歯を磨いて眠るように言われ、ユウは素直に従った。
* * * * * * * * * * * *
次の日、目を覚ますと既に陽は上がっていた。
リビングへ行くとトーマがいつもの笑顔で朝の挨拶をする。それに安心してユウは顔を洗って着替えて再びリビングへと向かった。
朝の食事をしっかりととり、昨日と同じように広場の端の椅子で修行を始める。
トーマは広場の方で鍛錬をすると言ってユウだけ残した。
―う~ん……。やっぱりここで詰まるなあ
『諦めて別の能力を考えたらどうだ?』
―言ったでしょ。これ以外は考えられない。あ……
『どうした?』
―もう少しでできそう……ん、なにこの音?
そろそろ昼になる頃、修行の妨げになるほどではない音量だが今まで聞いたことのない音がユウの耳に入ってくる。それは森の奥から聞こえてきて、段々とこちらへ近づいてるような気がしていた。気になったユウはへろへろになりながら部屋に戻った。その時、さっきの音は轟音になりさらにそれを凌ぐほどの怒鳴り声が聞こえてきた。
「とぉぉまぁぁぁぁ!」
すぐに広場が見える側の窓を開く。見えたのは書物で見たことのある乗り物を乗り捨て、広場で鍛錬していたトーマへと向かっていく人の姿。
その人はどこに隠し持っていたのか、2本の小剣でトーマに斬りかかる。それをトーマは刀で受け止めた。
これは大変だ、とユウはおぼつかない手でライフルの準備をする。そして再び広場の方を見て、ユウは唖然とした。
凄まじい速さで2本の小剣を操る人と、それを避け受け流すトーマの姿。しかもそれには無駄と思われる動きが全く見れなかった。
―速い……。あんなんじゃ疲れてなくても狙いをつけるなんて出来ない…
『おい!見ろ!』
―え?
さっきまでは小剣を使っていたはずなのに、手に持っているのは身の丈を越えるほどの大剣に変わっている。小剣の速さがなくなった代わりに、振り下ろしただけで地面が抉れ、小剣とは破壊力が比べ物にならなくなっている。
―あの人も能力を!?
『多分な』
―そんな……。せ、先生を助けないと!今なら狙いをつけられるはず!
窓から銃口を出し狙いをつける。武器の重さが影響してか、さっきまでの速さはなくなって、今のユウでも狙い撃つくらいは出来そうだった。ぶれないように、手で持たずに窓の縁に乗せスコープを覗く。それに気付き、トーマは声を上げた。
「その必要はありませんよユウ!この人は私の古い友人です!」
「え!?」
「よそ見してんじゃないわよ!」
「うわ!」
女性の怒鳴り声がすると大剣が振り下ろされ土埃をあげて地面にひびが入る。2人とも土埃の中に入ってしまって全く見えないのに剣戟の音だけが聞こえてくる。
しばらくして剣戟の音がなくなり、土埃が晴れてくると女の持っているものが太刀に変わり、トーマと鍔迫り合いをしていた。女の表情はゴーグルで見えなかったが、トーマの表情は確かに親しい友人に合うような笑顔だった。
「笑ってんじゃないわよ!あんたはいつもいつもそうやって!」
「久々の再会じゃないですか。喜んでくださいよ」
「喜べるか!大事な仕事ほっぽり出して!7年探し回ってようやく見つけたと思ったら何!?私塾でも開いたっての!」
「それについてはあとでちゃんと説明しますから、今は剣を納めてくれますか」
「………全部話してもらうわよ」
「ええ、もちろん」
2人の間で約束が交わされると、女は太刀を地面に突き立て、かけていたゴーグルを外した。女の目は窓から顔を出しているユウを鋭い目つきで見据え、本人はその目にたじろいだ。その様子を見たトーマは優しい笑みで手招きする。トーマの顔に安心して、ユウは2人のところへ向かった。
「ユウ、この人は私の祖国の友人。春といいます」
「よろしく。冬馬の幼馴染よ」
「よ、よろしくお願いします!」
春の出す相手を圧倒する雰囲気にのまれ、ユウはほとんど直角になるくらいのお辞儀で返した。
それを見た春は目を丸くして驚き、そしてすぐに弾けたように笑ってユウの頭をグリグリと撫でた。
「アハハハ!面白いわねこの子!」
「ちょうどお昼ですし、昼食にしましょう。ユウ、風呂で汗を流してきなさい」
「お風呂あるの!?」
「ええ、ありますよ」
「わたしも使っていい?ここ数日走りっぱなしでろくに汗も流せてなくて気持ち悪いの。なんなら一緒に入ってもいいけど」
からかうような口調でユウと冬馬に聞く春。どうします、と冬馬に視線で聞かれたユウは、お先にどうぞ、と特に気にかけるような様子もなく返した。その様子が不服だったのか、つまんない、と呟きながら春は家の中に入っていった。
2人が風呂から上がった頃には食卓の上には昨日よりもさらにたくさんの料理が並べられていた。
「助かるわ~。能力使った後ってお腹空くのよねえ」
「お客様は久しぶりですからね、腕によりをかけましたよ」
「冬馬の料理は美味しいからなあ。食べ過ぎないかしら」
「足りなくなったら作りますから、遠慮しないでください」
食事をしながら和気あいあいと会話をしている2人を見て、ユウはこれほどまでに楽しいそうな冬馬は見たことがないことに気づいた。いつもの冬馬の笑顔も確かに本物かもしれないが、今の表情を見てそれが心から笑えていなかったのだとわかった。
「どうかしましたか?」
「いえ、なんでもありません」
黙ったままのユウに冬馬が問いかける。それに対して本当になんでもないように笑って返したユウは、春に昔のトーマのこと、能力のことを聞ける限りのことを聞いた。
食事が終わり、能力について聞いたことをメモするとユウは突然、睡魔に襲われた。能力の修行で疲れたのだと冬馬に仮眠を勧められ、ユウは少し失礼しますと言って自室へと入っていった。