能力とは限られたものの力である
風呂からあがったユウがリビングの食卓に並べられたいつも以上に多い料理を不思議そうに眺めていると、最後の料理を持ってきたトーマが笑みを浮かべた。
「午後からは能力の修行に入ります」
「ホントですか!」
「ええ。能力の使用は消耗が激しいですから、たくさん食べて体力を回復してください」
2人はいつもどおり向かい合わせに座り手を合わせ、頂きます、といって食事を始めた。
「でもどうして突然?」
「突然ではありませんよ。そろそろ教えても良い頃合かと思っただけですよ」
「そうですか……。何かコツとかあるんですか?」
「そうですね。祖国の諺に良いのがあります。"好きこそ物の上手なれ"。好きな物事は上達が早いという意味です」
「ということは自分の好きなものが能力にしやすいということですか?」
「そうなりますね」
察しの良い弟子に笑みを返し、返された弟子は照れ笑いを返す。
「じゃあ先生は火が好きなんですか?」
ユウとしては浮かんだ疑問を好奇心に任せて質問をしただけだったが、トーマの顔を見て後悔した。
先ほどまで純粋だったトウマの笑顔に深い悲しみが見て取れた。
「好き……というわけではありませんが、因縁はありますね」
「……すみません」
「気にしないで下さい」
それ以降は2人とも黙って食事を続けた。
途中、話しかけようともユウは思ったが言葉が見つからず、口を少し開いては食べ物を口に入れてごまかした。
「ご馳走様でした」
「はい、お粗末さまです。食器を洗い終えるまでくつろいでください」
トーマが食器をキッチンまで運ぶのを見届けるとユウは部屋に戻り、トーマから譲り受けた銃2丁を持ってリビングで整備をするためにソファに腰掛けた。
ユウの使う銃はリボルバーとライフル。銃は各地で発掘された古代遺物ではあるが、今では各国で安定生産されている。
特に輪胴弾倉式拳銃、俗にリボルバーと呼ばれるものは他のものに比べ単純な構造で複製が早くできた為に信頼性があり、かつ高威力であるため国と国の間を移動する際の魔物対策用として需要がある。
ライフルは狙撃に特化されたパーツが付けられ、リボルバーと同じく信頼性の高いボルトアクションになっている。
―言っちゃいけないこと言っちゃったかな……
手始めにリボルバーの整備をしながらさっきの会話のことをシュウに語りかけてみる。
しかし、シュウからの応えはない。
―まだ寝てるの?
『……ん?ああ悪ぃ、何だ』
―なんかあった?
『…いや……なんでもない』
―そう
それから二人の間に会話はなく、ユウは黙々と整備を進めた。リボルバーの整備が終わり、ライフルを整備のために解体し始めた頃にトーマはキッチンから戻ってきた。
「それが終わったら教練を始めましょう」
「いえ、大丈夫です!あとでも出来ます」
「私の方でも準備があります。ですから構いませんよ」
それだけ言ってトーマは自室へと向かった。入れていた気合を抜かれてしまい、ユウは仕方なく整備を始めた。
残るは組み立てるだけとなったとき自室から出てきたトーマは、ユウが見たことのない白装束に身を包んでいた。
「先生……その格好はいったい…」
「祖国で神事に身を置く者が纏うものです。能力は精神が関与しますから、こちらの方が都合が良いのです」
「え、でも、修行をするのは……」
「私も少しばかり鈍っているでしょうからね。付き合いますよ」
「は、はあ…」
残っていた組み立てを手早く済ませると、ユウは先に外に出ていたトーマを追った。
トーマは広場の端にある切り株の椅子に胡坐をかいて座っていた。
「そこに一番自然だと思う格好で座りなさい」
近づいてきたユウを見ることなくトーマは指示を出す。言われたとおりにトーマの前にある椅子に腰掛けると、トーマは目を閉じたまま続けて話した。
「とにかく自分の能力をイメージしなさい。目を閉じる必要はありませんよ。具体的なイメージがなければ"こんな力が欲しい"と考えなさい。後は潜在意識が道を示してくれます」
「はい」
必要はないと言われたがユウは目を閉じることにした。集中するには極力情報を断っておきたかった。
ユウの中でイメージはすでに出来ている。自分に最も合っているものは銃。だから銃に関するもの、特に銃弾に絞った。
―でも、ただの銃弾じゃ意味がない。魔物によっては効かない相手だっている。なら色んな付加効果が要る。火が有効なもの、冷気が有効なもの……。速さも要る。じゃあ雷の直線的な速さと風のような変則的な速さが欲しい
『贅沢だな、お前は』
―黙っててよ。弾種を絞るのは良くないかな……。できれば3種、それくらいは欲しい。でも問題は方法か。大きさがそれぞれ違うからなあ…
思わぬところで引っかかり、ユウの能力修行は苦戦を強いられた。
弾種を絞れば良いだけのことだがそれだけは避けたかった。弾というのは銃という媒体がなければなんの力も引き出せない。そして銃が故障しないとは限らない。リスクの分散はトーマに教練をつけてもらうようになってから耳にたこができるほど聞かされてきた。
一方で絶対に故障しない銃を創り出すというのも考えにあったが、それはあえてしなかった。能力という言葉から、ユウはこの"何かを創り出す力"には許容量があると考えていた。そして銃を創り出しさらに付加効果をつけるのは自分の許容量を超えていると判断して、弾を創り出すことに絞った。
「ユウ」
「はいっ……!」
「今日はここまでにしましょう。暗くなってきましたし、何より貴方の体がもちません」
トーマからの突然の呼びかけに目を見開いたユウは驚いた。始めた頃はまだ陽が傾き始めたばかりだったのに、すでに月が上がりかけていた。そして身体中に汗を流し脚はガクガクと震えていた。
「あれ…なんで?」
「能力は精神と身体、両方の力を使います。創り出す物に迷ったでしょう?」
「……はい」
「その焦りと不安が余計に疲労させたのでしょう。今日は休んで明日また」
「はい、わかりました」
立ち上がろうとすると脚が思い通りに動かず倒れこむのをトーマに支えられ、そのまま家まで担がれた。そして風呂に入れられ脚をしっかりとマッサージしてから出てくるように言いつけられた。
―ああ……疲れた
『お疲れ』
―うん……
『お前は少し望みすぎじゃないか?もうちょっと抑えろよ』
―そうは言ってもね。あれが最低限なんだよ。他にしっくり来る能力も思いつかないし
しっかりマッサージもして痛みを取ったし汗だくだった身体も綺麗にできた。風呂からあがると良い匂いがリビングの方から香ってきた。