納涼会
毎日暑いですが、今回はそんな話。
巷では節電節電と言っているが、如何せん暑いものは暑いもので。ではその暑さから目を逸らしては?って言うので、飲み会のお知らせが唯から皆の携帯に向けて一斉送信された。
そうして数分も経たないうちに全員から「OK」の返事が貰えた事で、唯はにっこりと微笑んだ。
今日は珍しく亨のマンションに全員集合している。
本来であれば唯のマンションで…と思ったのだが、生憎部屋のクーラーが故障してしまった。言いだしっぺの唯が困ってのを助けたのが、もちろん唯を溺愛中の亨である。幸いにして亨の住んでいる部屋はかなり広いため、六人はおろかその倍以上でもなんて事は無いのだが、それはそれ、これはこれ。そもそも人を部屋に招く性格ではないのを考えると、今回に限っては特別らしい。鶴の一声ならぬ、唯の一声はかなり強力なのである。
ともあれ、唯以外は亨のマンションを訪ねるのは初めてで、なまじ高級マンションのペントハウスである。明らかにビビッている一般人桜と悠生を引き連れて玄関までやってきた桐生兄妹。この二人は育ちが育ちなので、この程度の規模ではびくともしない。一通りきょろっとすると、面白そうに秀人が、次いで美奈がぶすくれた声で感想を述べた。
「さすが遠藤グループのお坊ちゃん。」
「いけすかなーい。」
などと勝手気ままに感想を述べてエレベーターに全員で乗り込んで目的地である最上階に着くと、一つしかない玄関が開いて可愛い妹が顔を出した。
「いらっしゃーい!って言っても先生のおうちなんだけどね。」
「あぁ、来たか。入ってください。外暑いでしょう。」
「部屋の中、設定気温26℃だけど…節電?」
「…気持ち節電。」
などと言いながら部屋に入って行く唯と亨を追いかけて部屋に入った面々(主に桜と悠生)は驚愕に目を見開いた。
広い。
広すぎる。
なんだ、この部屋。
一応ここ玄関だよね。広すぎね?
一体何部屋あるんだ、この部屋。
うわ、眺めいいな、この部屋。
などと庶民の桜と悠生が内心思っていると、お互いのパートナーが訝しげな顔をしてこちらを見ていた。
「何してるの?」
「二人とも早く入れよ。冷気が逃げるだろ。」
きょとんとしている二人を尻目に、桜と悠生はこそこそと話す。
『こ…ここ、かなり広いですよね…』
『…広いよね…一体家賃いくらなんだろう。怖くて聞けないわ…。あれ?ここって分譲だけで即売したっていうマンションだったっけ?』
『わかんないです…。ていうか、美奈さんも秀人さんもけろっとしてますよ。』
『…もともと金持ちだからね、あそこの父親…』
『ああ、桐生総一郎…桜さん、昔美奈さん達がイタリアで住んでた家見た事あります?俺、マジでビビリましたもん。』
『見た見た!!十何世紀かのイタリア貴族が作った別荘だか別宅だかを買取ったって言う、もんのすごい豪邸でしょ!?あんなところで過ごしてたんだよ、あたしだったら絶対無理!!』
『ですよねー!』
などとこそこそ話しをしていると二人で仲良く話していたのが気に入らなかったのか、お互いのパートナーに引きずられるようにリビングへと運ばれた。
リビングもやはり広く、一般人の桜と悠生は終始ひきつり笑顔だ。そんな彼等に気付いた唯が苦笑交じりでその心に賛同する。
「確かに広すぎますよねー。こんな部屋に一人暮らしなんて贅沢だと思いません?」
「煩いな。お前も人の事言えないだろ。」
「む、むぅ…」
そう、唯の住んでいるマンションも相当広いのだ。
勿論義父である桐生総一郎が手配した物件だったのだが、そこもワンフロアに二軒しかなく、そのうちの一軒が桐生家の…唯が一人暮らしで住んでいる部屋である。間取りは3LDK。もちろん、システムキッチンやらオール電化などが完備され、管理も一括管理で一階のフロントにはコンシェルジェまで常設されている。防犯システムは生体認識機能が採用されているため、万が一鍵が無くなった等の心配はない。
全て唯を愛してやまない総一郎の親心である。
「あんた、唯に何かあったらどうするのよ!」
「そうだぞ。もしセキュリティが甘くて唯が変態なんかに襲われたらどうするんだ!!泥棒と鉢合わせするかもしれないんだぞ!!ああ、心配になってきた…ねえ、唯、実家に帰って来ない?」
「や。」
「「唯…」」
「や。」
ぷいっとそっぽを向いてしまった妹に哀愁漂う視線を送りながら、テーブルに置かれてあったビールを煽る。
くそ、冷えていて美味い。
しかも生ビール。泡が美味すぎる。
「業務用のビールサーバー貰ってきたんで、好きなだけどうぞ。」
さらっと凄い事を言った亨に未成年である唯以外の視線が集中した。ちなみに唯は雰囲気だけでジンジャーエールを飲んでいる。
「うちの会社の作ってるビールですけど。」
「え!?遠藤グループって酒造部門あったっけ!?」
と桜が驚いて聞くと、妙に気難しそうな顔で亨が答えた。
「祖父が一年前に創設したんですよね。ほとんど道楽みたいなもんで、お陰でしこたま飲まされましたよ。流石に翼も『もうビールはいい』って言ってましたし。」
「じゃあ、もしかしてビール以外も…?」
「フランスでブドウを仕込んでるって父親が言ってたような気がする。あー、でもウィスキーの樽もどうとかって…ま、市場に出回る量までは造ってないだろうけど、それでも多分相当量はあると思う。」
「「「…さすが坊ちゃん…」」」
「やっぱりいけすかないわ!!」
そんな大人の絶句している姿を見ながら、唯はもっさもっさと食事をしている。ほとんど自分が作ったものなのだが、皆は酒ばかりで食べる気がないようだし、おつまみは皿に並べたチーズやピスタチオでいいだろう。
もくもくと食べている唯を尻目に、大人たちは何杯目かのビールを空けて、次はワインだチューハイだなんだと飲んでいる。一人未成年で飲めない唯はそんな大人達に飽きてきたので、一旦リビングを後にしおつまみを補充するためにキッチンへと向かった。
その光景を見ていた桜が亨に声をかける。
「そういえばー、遠藤さんっていくつでしたっけ?」
「29。」
「29かぁ。唯ちゃんと一回りも違うんですね。何話すんです?共通の話題とかってあるんですか?」
「俺も学校で他の子達と話してると、全然言葉通じないときとか普通にありますもんね。ジェネレーションギャップって凄いんですよ、美奈さん。」
と悠生が美奈に向かって言うと、中高生世代にもファンがいる美奈も心得ているのか、うんうんと頷く。
「そうなのよね。今の子達って私が高校生してた頃とは全然違うしね。…でもさ、唯って全然今時の高校生ギャルじゃないし、ましてやなんとなーくだけど、唯ってさ、…基本ズレてるでしょう。」
「………否定は、しない。」
「好きなタイプは『中山きんに君』だからなー。あの父さんを持ってしても、きんに君の方がかっこいいって言ってたから。」
「きんに君が筋肉留学するっていう時は絶叫してたわね。」
「…それってどうなんですか…まさか亨さんも神崎ちゃんの好みから外れてるんですか…?」
悠生の疑問からふぅ…と切ないため息を吐き視線を逸らした亨を、さすがの美奈も不憫に感じてしまった。
きんに君が誰よりもタイプど真ん中と豪語してやまない神崎…いや桐生唯。
それはフェロモン帝王である義父桐生総一郎と、そのフェロモンを受け継いだ秀人・美奈を持ってしてでも覆ることはなく、ましてや女達からの秋波を送られまくってきた亨、翼の美貌をもろともしない屈強さ。なまじ鈍感だと周囲から思われているが、実際は美形音痴どころか結構好みがズレているのだ。
その美形音痴に助けられたことは一度や二度ではないが、それは自分が関わったところでない箇所で発揮して欲しいと切に願う亨だ。
別に唯自身の審美眼がおかしいわけではない。ちゃんと亨達の事は美形揃いだと思っている。しかし、基本的にそういった普通以上の顔形に興味がないのを見ると、やはり好みの問題である。本気できんに君にベタ惚れなのが微妙なところだと、そこにいた全員が口には出さないものの内心でははっきりと悟った。
「あれ、何の話してるの?」
おつまみと軽いデザートを持って戻って来た唯に、皆が可哀想な視線を投げかけるが、本人はきょとんとした反応を示すだけだ。ため息を付いた亨が自分の隣の席に来いと手招きすると、えへーっと笑いながら喜んでその席に腰掛けた。
途中デザートを唯の口に運んでやる亨を見て大いに本人を睨みつけた秀人と美奈は、それぞれのパートナーに同じ事をされ(桜は嫌々。しかも秀人が嫌いな甘い甘いマンゴー)、一人は満足そうに、一人はかえって機嫌が悪くなるという出来事があったものの、結局そのまま楽しい時間は過ぎた。
「あれ、もうこんな時間か。桜、そろそろ帰るか。」
「ああ、よかったら泊まって行って下さい。ゲストルームは二部屋ありますし、一部屋にシャワー付いててるし、メインバスルームは各々自由に使ってもいいですから。ベッドもダブル以上なんで狭くないはずですけど。」
「「ええ!?」」
驚く桜と悠生を尻目に、秀人と美奈は「じゃあお言葉に甘えて」と言い、すっかり泊まる方向へと動いた。
ちなみに亨の寝室は二階にある。そう、この部屋はメインベッドルームが二階にあるメゾネットタイプなのだ。
「じゃあ、おやすみ。」
と言うと、亨は唯の手を引いて二階に上がって行こうとする。それを当然見咎めたのは美奈である。
「ちょっとぉ!!なんであんたと唯が一緒の部屋なのよ!!」
「…なんでって。」
「唯、お姉ちゃんと一緒に寝よう?こんな男と一緒だなんて絶対駄目よ!!」
「え、美奈さん。俺は?」
「その男と寝れば?」
冷たい美奈の言葉にショックを受け項垂れるヘタレ悠生に対し、あくまでも亨はスルー。
「おい悠生、連れていけ。」
「ゆーいー!!おいでー!!」
「美奈さん、行こう。ね?」
「あたし唯と一緒がいい!!」
「み、美奈さん、ほら行くよ!って、秀人さんどっちの部屋がいいですか?」
と秀人を見ると同じくギリギリと亨を睨んでいる。それを窘めているのは言うまでも無く桜である。
「あんた、まさか唯ちゃんと一緒に寝るとか言い出さないわよね。」
「え、駄目?」
「駄目?じゃないわよ!!馬っ鹿じゃないの、このシスコン!!」
「なんだと!?妹と一緒に寝て何が悪いんだ!!」
悪いだろ。
思わず0.1秒で突っ込んだ悠生は、この凄惨な状況を鎮める唯一の手段である唯に助けを求めた。しかし当の本人はすでにかなりおねむのようで、目をしぱしぱさせて亨の腕にすがり付いている。既に限界点まで行っているようだ。
そんな唯を見た亨は、唯を抱き上げてさっさと二階にあるベッドへと運ぶ。
「先に寝てるか?」
「…うん…寝てる…」
「ちょっとぉぉ!!バカ遠藤待ちやがれ!!」
「煩いな、唯が起きるだろ。」
「だったら、あんたが唯をあたしと一緒に寝るベッドに運びなさいよ!!」
キーッと怒る美奈だったが、唯の一言で涙に濡れた。
「わたし、とおるといっしょにねる。」
そう言うなり、限界だったのか目を閉じてしまった唯。そんな彼女を運んでいる亨は、崩れ落ちた美奈を尻目にさっさと自分のベッドルームのドアを閉めた。
残されてさめざめと泣く美奈を宥めるようにして部屋に連れて行った悠生と、お互い喧嘩しながらも結局のところは仲がいい秀人と桜カップルは大人しく夜を明かした。
しかしながら彼等…特に男二人には女子には内緒で亨から厳しい通達が出されていた。それは…
「一応全部屋、防音になってます。」
「「へー…」」
「あと、シャワーも完備、もしくは近くにありますので自由に使ってください。」
「「……へー…」」
「『万が一』そういうコトをするのなら。一応ここは俺の部屋だと言う事を忘れないで下さい。」
「「………」」
「あ、あと。部屋のシーツを洗濯するのは唯ですから。ま、二人だったら我慢して、今日はしないと思いますけどね。じゃ、おやすみなさい。」
悪魔のような笑顔を浮かべ爆弾を落とした亨は、そのまま唯の待つベッドルームへと消えた。
「……秀人さん、亨さんの最後の一言凄いですね…」
「………僕、昨日神戸から帰ってきたばかりなんだけどな…」
「俺、美奈さんが生理だったから昨日まで出来なかったんですけど…」
「お前、僕が美奈の兄だって言う事忘れてないか?」
「あ、いや、そういう事じゃなくて!!」
「だったらどういう事だ!大体、何が悲しくて妹のセックスライフを自分の彼女から聞かないといけないわけ!?お前、馬鹿じゃないの!?」
それから優に三十分。
秀人に滔々と説教されて項垂れる悠生の姿を、亨が発見し「いい加減にしてください」と叱られる二人がベッドに入った時、既に問題の彼女達はすやすやと寝息をたてていた。それを見て更に二人が凹んだのは言うまでもない。
基本全員が唯に甘いのに対し、基本唯は全員に厳しめ。わかっているからこその対応です。




