Stag party
パーティっぽくないですけど。
「スタッグパーティ?」
『そ。この前、美奈が発案して女子会なるものやっただろう?だったら、今度は僕達が男子会ならぬ、スタッグパーティをやろうかと思って。』
「Bachelor partyみたいなものですか?」
『バチェラーパーティは独身お別れだろ。ま、スタッグパーティも似たようなもんだけど、意味的には違うからな。それに、好き好んでストリッパーなんか呼ばないし。ま、言うなれば単なる普通の飲み会だよ。』
だったら、普通に飲み会と言えば言いのにと思った亨だったが、一応は言わないでおいた。腐っても大学時代に世話になった先輩であると同時に、自分の可愛い彼女の兄だ。義理と言えど、敵は身近に作るものではないと理解しているからこそ何も言わない。
隣にいた悠生に声をかけてやると、少しびびっていたものの、了解の返事を貰い店と時間を聞いて電話を切った。
「秀人さん、何て言ってたんですか?」
「スタッグパーティって名前は付けたが、結局は単なる飲みだ。この前桐生さんと美奈が暴れた店は出禁になったから、今度は違う店らしいぞ。」
「………」
「あの後、大変だったんだろ?お疲れさん。」
涼しい顔で授業の資料を捲っている亨を軽く恨めしげに睨んだ悠生は、先日の一件を思い出した。
美奈と喧嘩をしたものの、結局は彼女に会いたくて女子会が行われるという店の前まで来たのだが、どうしても店に入る一歩が踏み出せなくて躊躇していると、後から到着した亨と秀人が自分をからかった直後に店に入るのを見ていた。少しして亨と唯が出てきたのだが、亨から自分たちは帰るからと言って、自分の彼女が飲み食いした分の金を余分に払い、さっさと唯を連れて帰った。帰り際に唯が可愛くバイバイとしてくれたのにほわっとしつつ(隣の亨は物凄い目で睨んでいたが)、覚悟を決めて二の足を踏んでいた店の中に入ると、そこはすでに居酒屋の個室ではなくなっていた。
完全なる魔界…。
今でも思い出したくない。
可愛い可愛い義妹がいないと叫ぶ秀人に、あの野郎…と酔った勢いそのままに切れた美奈。二人とも兄妹仲良くイタリア語で亨を罵倒し尽くし、挙句の果てには唯、唯と泣きだす始末。いい加減にしろと言っては見るものの、その勢いは留まるところを知らず、しょうがなく秀人の彼女に助けを求めると、彼女は彼女で全く役に立たなかった。いつの間に頼んだのか、一升瓶を抱え(ボトルキープにしたが、結局は出禁になったので廃棄だろう)ゲラゲラと桐生兄妹の怒声と笑い飛ばしている桜。
よくあの店を叩き出されなかったと思う。まぁ、出禁という沙汰が下ってしまったが、とりあえずは美奈と仲直り出来たので良しとする。
「今度は大丈夫ですよね。」
「平気だろ。」
悠生は一抹の不安を拭いされないまま、亨の元を後にした。
日が暮れて予約しているという店に着いた亨と悠生は、既に一杯引っ掛けている秀人と合流。早速二人はビールを頼み、本日のスタッグパーティと言う名の飲み会は始まった。
と言っても、秀人と悠生の位置関係は正直微妙なところである。悠生が美奈と付き合った理由を唯の口から聞いた秀人が大激怒。悠生を一発殴った後、それの光景を見た美奈の手により兄である秀人はマットの上ならぬフローリングの上に沈められた。
それ以降少し苦手意識を持っているのか、悠生は秀人に近づこうとしない。くだらないと思いつつも、結局は二人の知り合いだという事で間に入らざるを得ない亨は、このスタッグパーティもどきで関係改善の足がかりとなればいいだがとひっそりと思っている。
日本人ならではの『とりあえずビール』が来たところで、一応乾杯となったのだが、やはり会話の内容は先日の事だった。
「この前は悪かったな。」
「本当ですよ…。俺を含め、店に残った全員が出禁になりましたから。亨さんと神崎ちゃんは上手く逃げましたよね。」
「そりゃあな。あいつは一応未成年なわけだし。」
各自つまみを摘みながらぐいぐいと飲み進めて行く。ちなみに、この中で一番酒が強いのは秀人だが、亨もそんなに弱いわけではない。悠生が普通だと考えると、やはり二人は強い。
早くもビールを飲み干し、次のビールを頼んだ悠生のピッチを目で確認しながら、二人も新しい一杯を頼んだ。
「亨、お前、僕と美奈が『じゃあね』って送り出すまで唯を帰すなよ。」
「嫌ですよ。面倒くさい。大体、それやったら桐生さん、唯にキスするでしょう。」
「え。」
「マジだぞ、悠生。ここの家族全員そうだからな。唇じゃないのが唯一の救いだがな。」
「愛情表現じゃないか!!僕の可愛い唯に「僕のじゃないです。俺のです」…っ!何で、唯はこんな奴と…。」
くぅ!といった苦悶の表情を浮かべた秀人を呆然とした目で見ていると、その隙を見た亨がすかさず日本酒を頼んだので、悠生もチューハイを頼んだ。
「今更何を言いだすかと思えば…可愛い唯にお願いされたんでしょう?『お兄ちゃん、反対しちゃいや』って。」
「くっ…!!だって、あんな可愛い顔で、しかもおまけに涙目まで浮かべて訴えられたら許さないわけににいかないだろう!?」
「…やりますね、神崎ちゃん…。」
「あいつ、のほほんとしているように見えて、桐生さんを手玉に取る方法を知ってるからな。」
詳しく桐生家の内情を知らない悠生は、一体唯はどんな教育方法で育てられたのかと不思議に思ったが、亨がその言葉を引き継いだ。
「ハグ、キスは当たり前、美奈は泊まって行ったら同じベッド、オヤジに桐生さんは、あいつに自分の食べないデザートを口に運んでやるのも当たり前。すげぇぞ。」
「……うわー…なんか引くんですけど…。」
完全にドン引きした悠生を鼻で笑いながら、亨はくいっと日本酒をひっかける。
チラリと秀人を見ると、綺麗な顔が歪んでいた。それでもその持ち前の美貌が損なわれないのは凄いなと思う。
「なんだとぉ!!悠生、お前美奈と付き合ってるからっていい気になるなよ!」
「なってませんって!!だいたい、秀人さん、俺と美奈さんが付き合うの了承してくれたんじゃないんですか?」
「美奈が怖いんだろ。」
しれっと亨に本音を暴露された秀人は、一気に焼酎を飲み干し次の一杯を頼んだ。
美奈が怖い。それは語弊ではあるものの、あながち間違いではない。
大事な実妹である美奈は勇ましいと言うか何と言うか…。
高校に上がる前に来日した時、たまたまTVで見たホイス・グレイシーの試合を美奈の何の琴線に触れたのかはわからないが、すぐさま父に頼みこんで高校に入学するなりグレイシー柔術を習いに道場の門を叩いた。それこそモデルの仕事も始めたばかりだと言うのに、みるみるうちに腕前を上げて行き、自分がイタリアに三年間修行をしに行っている間に並み居る男共を押しのけて、道場一強くなっていた。
今でも忘れない。イタリアから帰ってきたばかりで美奈の力なんか…と高を括って甘く見ていた瞬間、落とされた悪夢を。そして、何をヒートアップしたのか父まで巻きこまれ、最期には祥子さんが助けてくれた事を。お陰でストッパーの役割をしてくれた祥子さんを、神を仰ぐようになった。
そんな美奈は、最近ではモデルの仕事もあるのでナリを潜めてはいるが、先日自分が悠生を殴った際、腕ひしぎ十字固めで本気で腕を折られるかと思った。兄である自分の腕を本気で折ろうとする辺り、悠生に対しては相当な思いがあるのだろうと思った秀人は、渋々ではあるが交際を認めていたのである。
「お前…、美奈と喧嘩してたんじゃなかったのか。」
「あー…、その節はお騒がせしました。もう大丈夫です。」
にっこりと笑ったメガネの奥の目を盗み見た亨は、先日の唯の言葉を思い出していた。
『なんかね、お姉ちゃんは早乙女先生にイジメられてるって言ってた。』
『イジメ?』
『コトバゼメとー、コウソクとー、メカクシプレイ。あ、あとホウチプレイって。ねぇ、先生どういう意味?私、さっぱり意味わからないんだけど、桜さんが真っ赤になっててね、』
『忘れろ。お前は何も聞いてない。何も美奈から聞いてない。わかったか?』
それこそ洗脳のように忘れろと唯に言いきかせた亨は、悠生の事を内心『ヘタレのくせに鬼畜なメガネ』といつしかそう呼んでいる。
美奈も美奈だ。唯は純真であるべきだと思っているはずなのに、何故そんな事を教えるんだと半ば八つ当たりのような感情で日本酒を煽った。
「悠生、お前美奈と変なプレイするなよ。美奈から唯に行くんだぞ。」
「それ、桜も言ってたな…。お前、真性のドSだろ。」
「…ご想像にお任せしますけど、俺、どちらかって言えば攻めってだけですけどね。秀人さんと亨さんはどうなんですか…って、亨さん、神崎ちゃんに手出したんですか?」
「………ノーアンサーで。」
「…………亨、お前ヤッたのか…。」
さあねと言った亨をギリギリと睨んだ秀人は、さすがにこの前の二の舞になりたくないと焦った悠生によって話題を摺りかえられた。つまりは桜の事である。
「美奈さんが言ってましたよ。『お兄ちゃんの初カノだ』って。俺、嘘くせーって思ったんですけど、違うんですか?」
「どうなんですか、桐生さん。そう言えば、大学時代もどこで遊んでたんですか?俺も相当遊びましたけど、桐生さんと女被った事ないですよね。」
「…僕の事はほっとけ。」
そうやって口を濁した秀人だったが、それには理由がある。しかし、それはまた別の話である。
幾分腹も膨れ、じゃあ違う店に行こうかと言い出した秀人だったが、その次の店と言うのがビリヤード台のあるバーだった。
「ビリヤードですか。久しぶりだなー。」
「悠生、お前やった事あるのか?」
「大学の時にちょいちょい。よく遊んでたんですけど、そんなに上手くないんですよね。亨さんは?」
「三台ほど家にあるからな。ガキの頃からやってる。」
そう言えば、遠藤邸にはビリヤード台の他にプールもあれば、小川も滝もあるらしい。なんてデカイ家なんだと言ってみれば、桐生さんの住んでいたイタリアの家はもっとだと言われて仰天する。
後で美奈から写真を見せて貰った時の衝撃と言ったら無い。如何にも海外の豪邸と言った趣だった。ブーゲンビリアの咲き誇る庭と、白亜の壁に豪華な調度品。
リゾート地の別荘のようなその家は、秀人と美奈から言わせれば冷たい家だったらしいが、まぁそれも二人の育った環境を鑑みればそうなのかもしれないと思った。
「じゃあ、ナインボールでいいよね。先行は?」
「バンキングで決めましょうか。」
「あ、最初は俺見学してます。少し酔った気もしてるんで、酔い覚ましに。」
「そう、じゃあ、亨。」
はいはいと返事をしてバンキングをすると、似たり寄ったりの距離だったが亨の方が若干近いので、先行は亨からになった。カカンとボール同士が弾き合う音が辺りに響いた。
そのセットは辛うじて亨が勝ったが、悠生が次に入ると、またセットの様相は一変する。悠生が思いのほか、上手い。
「お前…、上手すぎないか…。」
「えへ、すいません、実は学生の時に大会で優勝してて…。」
「そう言う事は最初っから言えよ!!腹立つー、亨、お前も本気出せよ!」
「俺より翼の方が得意なんですけど…翼、呼びますか?」
「え。翼って…亨さんの双子のお兄さんですよね?うわー、俺見てみたい!!んでもって、二人並んでるとこ写メ撮りたいです!!」
「止めとけ。翼は呼ぶな。」
「わかりました。」
結局ほとんどのセットが悠生の一人勝ち状態になり、諦めて一杯飲もうとカウンターに移動した時に見知らぬ女三人から声をかけられた。
三人とも美人だが、伊達に遊んで来た秀人と亨ではない。あっさり彼女達の本性を見抜き、無視したが、元来人がいい悠生がそれを断りきれずに、一杯だけならと誘いに乗ってしまったのである。
「おい…悠生、お前…。」
「す…すいません…。」
「ヘタレめ…。こんなとこ美奈に見られたら、またお前達喧嘩だぞ。」
二人で悠生を責めるが、彼女達はそれがお気に召さなかったらしい。豊満な胸を腕に押し付けられて、正直面倒くさい以外の何者でもないのだが、女だと思うと乱暴な事も出来ずに、ただ厄介な事になったなと思うだけだった。
「ねーねー、何内緒話してるのー?」
「あのー、今夜三人とも暇なんですか?」
「ていうか、桐生秀人以外のお二人ともすっごいかっこいいですよねー。お二人とも俳優さんとかですか?」
さすがに秀人は営業用ののキラースマイルを振りまいて対応しているが、不機嫌極まりない亨はさっさと帰ろうかなと思い出した。
未成年の唯はともかく、あの顔の広い美奈経由で桜の耳に入る事もあり得る。まさに触らぬ神に祟り無しである。
「すいません、桐生さん、俺帰ります。」
「えー!?帰っちゃうのー!?」
「まだ全然話してないじゃないですか。まだ夜は長いですよ!」
「悪けど、俺彼女いるから。この二人もだぞ。」
金を払い、さっさと二人を残して店を出る。丁度、タクシーに乗り込む際、見知った女が店に入ったのを見て『危ねー…』と嘆息し、タクシーで家路に着いた。
二人を残してきたことに少しばかり良心が痛んだので、秀人の携帯に連絡を入れたものの、どうやら遅かったらしい。胸の内で合掌をして、やはりどうなったのか後日聞いてみなければと思ってため息をついた。
二日後。
「あのねー、またお兄ちゃんとお姉ちゃん達喧嘩してるんだよー。」
「…へぇ…」
「お姉ちゃんと桜さんはピリピリしてるし、お兄ちゃんは気まずそうな顔してるし…。先生何があったのか知ってる?」
「………」
「早乙女先生に聞いても言葉濁してばっかりなんだよー。ねー、先生、何も聞いてない?」
実は秀人と悠生から聞いている。
タクシーに乗り込む際に見た女…美奈が友達と店に入った際、カウンターではしゃぐ女達と、それに囲まれている兄と彼氏を発見。
美奈の凄まじいまでの眼力で睨みつけられた男二人は、美奈の隣にいた友人共々竦みあがったらしい。その後、カウンターに陣取った美奈によって、あの三人の女は一蹴。当の美奈と言えば、女三人に囲まれた秀人と悠生を写メで撮り、桜に送信。無言のまま笑顔で帰って行ったらしい。
それ以降唯一被害を免れた亨は、桜に着信拒否された秀人の泣き言を聞かされ、更には悠生のヘタレっぷりに迷惑を被っている。
とんだスタッグパーティだったと嘆息しつつ、唯の頭を撫で、その旬な話題から彼女の考えを逸らした。
悠生は鬼畜メガネ属性。
亨は逃げ上手。父親の危険察知能力を受け継いだのでしょう。