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ゆい、ちいさくなる②

ミニマムになった唯が総一郎と秀人の目に晒されます。

視点は秀人。

「やーっと着いたー…。」



ドサリとトランクを置いて、濃いコーヒーで一服。

甘いものは嫌いだけど、こんなに疲れきっていると流石に糖分が必要らしい。帰ってくる道中に無糖のチョコレートを買ったのを一つ摘み、ココアの甘さを感じる前にコーヒーで流し込む。



「秀人、まだ唯が帰ってないが、美奈はどうした。」


「あ、お帰り。美奈はー……仕事じゃない?…あー駄目だ、カフェイン取っても時差ボケで頭働かない。」


「今回は長かったからな。」


「そう言う父さんこそ、さっき帰って来たばっかりなんだろ?そろそろ自分の年も考えなよ。」



しかめっ面でうるせーぞと言いながら、リビングを出て行った父の背中を見ながら、ふーっと息を付いた。


疲れた。

今回はパリ、ローマ、ロンドン、アテネを経由した強行軍だった。父から少しずつ仕事を任されるようになったのはいいとしても、たった二週間の間に殺人的スケジュールを詰められた。詰めたのは言わずもがなの零だが…。

父も父とて、昨日まではドバイにいたはず。全く、そろそろ年を考えて欲しいものだが、顔と体にそれが出ないのが厄介だと思う。



あぁ、唯にお土産買ってくるの忘れたな…。ヤバイ。桜のも忘れた。て言うか、忙しすぎてそれどころじゃなかったし。まぁ、零は拘束が緩い分ちゃっかり買ってたな…。


その唯もまた亨の部屋にお泊まりか…。仕方が無いとは言え、ムカつくな…。



――ピンポーン――



玄関でインターホンが鳴った。目を開けて時間を確認すると、どうやら唯が帰ってきたらしい。とは言え、唯はインターホンを鳴らさずに入ってくるのだし、宅配か何かだろうと思いながら電話を取った。



「はい。」


『どうもです、桐生さん。すいません、開けてもらいませんか?』


「亨、お前だけか?唯はどうした?」


『いるにはいるんですがー………とにかく開けて下さい。』


「?わかった、入ってきていいぞ。」



何となく歯切れの悪い亨を訝しげに思いながら、二週間ぶりに会える愛しの妹に思いを馳せる。

こんな事をうっかり漏らせば、桜にシスコンと罵倒されるのは非を見るより明らかなので、最近ではかなり自制しているのだが。



「お帰りなさい、桐生さん。あ、ナイトのリード持ってもらえませんか?」


「よ、久しぶり。おいで、ナイト。ただいまー!」



わしわしと愛犬の頭を撫でていると、奥から父が耳聡く聞きつけたのか玄関にやって来た。ナイトは一家の長である父に絶対服従なので、僕の脇をすり抜けて父の方へ行き、手荒い歓迎を受けていた。

そんな光景を見ながら亨に視線を移すが、愛しい妹がいない。時差ボケも相まって不機嫌気味に「唯は?」と聞くと、微妙な顔をした。



「…あの、何があっても驚かないって約束出来ます?」


「はぁ?僕はお前と唯が付き合ってるって言うのが人生最大の驚きなんだけど。ねぇ、父さん。」


「おい、バンビ。俺はできちゃった結婚は許さないからな。」


「ま、自分がそうだったからね。って、父さん痛いよ!!」


「口の減らないガキのくせに何ぬかす!おい、バンビ、唯は?」



僕と父さんが言い争いをしている最中にも、亨は一言も発しないまま、微妙な表情を張り付けていた。

珍しい。あまりこんな顔をするような男じゃないんだが…。



「いますよ。」


「は?どこに?」


「……ここに。」



ここにと言われて視線を落とすと、二歳、三歳ぐらいの子供がちょこんと立っていた。

まさか亨の隠し子かと思った矢先に、それが間違いである事が判明する。



「おにーちゃん、おかえりぃ…あ、ぱぱもおかえりー。」


「「……………」」


「よっと…はい、唯です。小さくなりましたが、間違いなく、桐生家のアイドルの唯です。」


「あいどるじゃないもん!もー、せんせいおろちてよー!」



亨の腕に抱かれて、じたばたと動き回っている幼児。もとい、唯。


自分はどうやら、時差ボケで頭がイカれたらしい。ヤバい。これはヤバい。白昼夢なんて可愛い物ではないのかもしれない。

僕が混乱しているのにも関わらず、流石に父は冷静だった。亨に抱かれて暴れていた唯に手を差し伸べると、気付いた亨が父さんの腕に渡した。



「随分縮んだな、唯。」


「ちがうの、ぱぱ。あのね、あさにね、おきたらちっちゃくなってたの。」


「俺が祥子と再婚しようとしてる時ぐらいの背格好だな…。何でまたこんな事に…。おい、バンビ。唯に何かしたか?」


「まさか。気付いた時にはこうなってたんです。…って、桐生さん?大丈夫ですか?ちょっ!!桐生さん!!」



やけに遠くに感じる亨の声を聞きながら、僕の意識はフェードアウトしていった。


意識…というか目が覚めたのは、自分のベッドの中だった。時計で時間を確認すると二時間ほど眠ってしまったらしい。おかげで、頭が冴えた。

意識を失う前唯が小さくなっていたような気がするのだが、自分の目の錯覚ではないかと思う。なにせ、唯はれっきとした十七歳。二、三歳児ではなかった。そうだ、時差ボケが引き起こした目の錯覚だ。そうに決まってる。



「おにーちゃん、おちたの?」


「あれ、僕まだ夢見てるらしいな。おかしいな、起きた気がするんだけど。」



小さい唯がよっせよっせとベッドによじ登ってくるのを、可愛いなーと思いながら見ていると、小さい手で頬を抓られた。


痛い。



「ゆめじゃないでちょー?」


「……マジでか…」



がっくりと項垂れた僕の頭をぽんぽんと撫でてくれたのは、相変わらずの小さい手の持ち主である唯で。

あー、もういいか。ごちゃごちゃ考えるのは面倒くさいし、小さくなったとは言え唯は可愛いし。

小さい体をよいしょと目の前に抱き上げてやれば、軽い軽い。そう言えば、ただいまと言っていなかった。



「ただいま、唯。それと、おはよう。」


「おかえり。それとおはよー。もうだいじょうぶ?いきなりたおれたから、びっくりちた。」


「ん、大丈夫だよ。て言うか、唯、舌っ足らずだね。」


「しょうなの。ちたがまわりゃないのー。」



…なにこれ。

ヤバい。

めちゃめちゃ可愛い!!

持ち前のくりっとした黒目がちの目が子供特有の愛らしさを助長、さらにぷくぷくしたほっぺが堪らなく愛らしい。んでもって、やっぱり子供らしいさらさらの髪は、今時の子供みたいに少し光を通すと茶色い。

只でさえ可愛いのに、これはもう犯罪級に可愛い。更に小首なんか傾げられた日には、僕は死ねる。



「おにーちゃん?どうかちた?」


「…っ!!唯ー!!!!!!!!!!!!」


「きゃー!!!!おにーちゃん、はなちてー!!」



ぎゅうっと抱き締めてやれば、子供みたいに…と言うか、子供なので小さい。じたばたと暴れているけど、それがまた可愛すぎる。

ぐりぐりと愛でていると、呆れたような声が割って入った。



「何してんですか。」


「あれ、亨、まだいたの?」


「まだいたの?じゃないですよ、唯が潰れます。離してやって下さい。」


「あ、ごめんごめん。大丈夫?」


「ぷはっ。おにーちゃんのばか!くるちい!!」



ぺっと僕の手を払うと、唯はよいちょと言いながらベッドを降りようとしたが、すかさず亨に抱きかかえられていた。

唯は気に食わないのか、むーとむくれているが亨はお構いなしだ。



「…おにーちゃん、ひげいたい。」


「あ。ここ、赤くなってるぞ。俺達リビングに居ますから、ヒゲ剃って来てくださいね。じゃなきゃ、唯が嫌がりますよ。」


「何でお前に指図されなきゃいけな…!ごめんねー、唯。痛かったね。すぐにシャワー浴びて来るから、いい子にして待ってるんだよ?」



亨に抱き抱えられている唯の頭を撫でながら、亨を睨むと、父さんが唯を探している声がした。



「ぱぱがよんでる。せんせい、ぱぱが。」


「はいはい。じゃ、桐生さん、後で。」


「あぁ。じゃあね、唯。」



唯と亨を見送り、一人、シャワーを浴びようとコックを捻ろうとした時、ふと、唯が着ていた服は何とかならないものかと考えた。

多分既製品であるのだろうが、唯に似合ってない。と言うか、如何にも大量生産です的な感じが癪に触る。

僕の可愛い唯に、大量生産の既製品を着せるなんてことはあってはならない。唯が着るべき服は、一点物の完全オーダーメイド!!これに尽きる!!


熱いシャワーを浴びながら、シャワーの水に負けないぐらいの熱い熱意でシャワーを浴び終え、ヒゲまで剃ってリビングに向かう頃には、僕の頭の中では唯に着せる服のイメージが、まさに源泉から湧き出るような勢いであふれ出ていた。



しかしながら、流石親子。

考える事は同じらしい。




「よし、唯まだ動くなよ。」


「あぃ。」


「バンビ、そこからピンクの布取ってくれ。」


「これですか?」


「違う、もっと淡いやつだ。そう、それ。」



リビングで繰り広げていたのは、まさに父さんが唯に一点物を仕上げている最中で。父のあまりに素早い行動に感嘆すると共に、若干の嫉妬心が湧き上がった。


たった一人の日本人デザイナーが、イタリアの無名に近かったブランドを世界的に広めたその圧倒的なデザインセンスと、天性の才能。父である『桐生総一郎』は僕にとっては、父であると同時に師匠でもありライバルでもある。

身内にこんな才能がいるのは、目の上のたんこぶだと言う奴もいるけれど、それは目の前の才能についての見方を知らない奴だ。

自分の目の前で出来上がっている服を、誰よりも近くで感じる事が出来る事の興奮と感動。これを超える麻薬は無いと思う。



とは言え、自分が考えていた印象と若干違うイメージになっている父の作る服を見ていると、僕の手もうずうずと疼いた。

唯にはもっと可愛さを取り入れた感じでないと。父さんが仕上げているピンクのお姫様仕様は可愛いんだけど、色合いをもう少し抑え目にして、布地を若干上げ気味にすればどうだろうか。




「秀人、起きたのか。」


「うん。父さん、ここのライン、もう少しシャープにした方がいいんじゃない?」


「いや、ここは背中から腰にかけてのラインだからな。このままだ。」



なるほど。そういう見方もあるか…。



「じゃあさ、袖は?季節を考えればまだ半袖でもいいんじゃないの?…あー、駄目か。全体のバランスが崩れるな…。」


「半袖に出来ない事もないが…。そうなると…。」


「あー、なるほどね。」



デザイナー同士の白熱した話し合いの結果、一時間ずっとトルソーのように立たされた唯が、お腹空いたとブチ切れるまでその議論は続いた。

次回、桐生家に帰ってくる爆弾娘、美奈の視点。

とりあえずは、唯至上主義者。

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