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遠藤家のバレンタイン

本編から移動しました。内容はおなじです。

『亨、チョコあげるから帰ってらっしゃい。』



それだけ言って電話を切った母。

日曜の朝、しかもまだ4時だぞ、あのババア……。

携帯をサイドボードにぞんさいに投げつけた時にゴトンと携帯が落ちた音がしたものの、そのまま眠りに落ちた。





「やべえ、寝過ぎた…。」



再び目を覚ますと既に日は高く、時計を見ると10時を回るところだった。


何か朝方に電話が着てたような…と思い出し、携帯を探すと、ベッド脇に落ちていて何故か電源が切れていた。

バッテリーでも切れたかと思い、充電器に繋いでもうんともすんともしない。



「最悪…壊れた…。」



壊れた物は仕方ない。

修理に出すのも時間がかかるし、そろそろ機種変でもしようとした矢先だったので、都合がいいと思い、出掛ける用意をして、近くの携帯ショップへと足を運んだ。



日曜なだけあって人が多い。

人混みがあまり得意でない俺は、さっさと新しいのを買って帰ろうとした所で、見知らぬ女二人に声をかけられた。



「あのー、お一人ですかぁ?」


「良かったら、私達とご飯食べません?」



うっぜぇ、逆ナンかよ。


そう思ったが、極力顔に出さないで、努めて冷静に断った。

だがこの女達は食い下がる。



「えー?いいじゃないですかぁ。ほら、今日ちょうどバレンタインだしー!」


「そうそう!!チョコレート使ってイイコトしましょうよー。」


「やぁだ、何言ってるのよぉー!恥ずかしー!!!」



キャーキャーとはしゃぐコイツらは、馬鹿なのかと本気で思った。

日中、しかも道のど真ん中で恥ずかしげもなく大声で話す彼女達ははっきり言って、かなり目立っている。

顔や体を一瞥したが、別に大した事はない。何せ、高校・大学時代に嫌と言うほど遊んだし、現在進行形でそのスタイルは続いている。まぁ規模は大分縮小したが。

その中で付き合ってきた女達から比べたら、今目の前にいる彼女達はある種、未知との遭遇だ。何せ、こんな開けっぴろげなのとは付き合って来なかったし。


頭の中で思案しているのを、いい反応だと受け取ったのかどうかは知らないが、片方の女が腕にへばり付いてきた。わざと胸を当てるようにしているのだろうが、残念だが何も感じなかったりするんだよな。こういうあからさまなのは。



「離してくれない?俺もヒマじゃないんだけど。」


「えー!?じゃあケータイの番号だけでも教えて下さいよぉ。」


「今、手元に携帯無いんだ、悪いな。」


「ウソー!絶対あるでしょー!?」



しつこい…。

俺のイライラが、凄い勢いで山を駆け上がってる。

その頂点に達する前に、聞き慣れた声が後ろからかかったので、反射的にその方を向いた。



「ちょっと、その子を放してもらえないかしら、お嬢ちゃん達。私その子に用があるの。」



後ろにロールスロイスを従え、どんっと立っている着物美人を目の当たりにしたナンパ女達は、そのあまりの迫力にそそくさと退散したものの、なおも物欲しそうに俺を見ていたが、あえて無視した。

まるでその筋の女の様に、乗りなさいと言われ大人しくロールスロイスに乗ると、隣に座った着物美人…母、雅から説教を食らった。



「朝に電話したでしょう、今日帰ってらっしゃいって!!なのに、無視して女の子にナンパされてるなんて…もーお母さん恥ずかしい!!」


「携帯が壊れたから買いに来たんだ。ナンパは偶然。しつこかったから助かったけどな。」


「朝には通じたじゃない。」


「あれで壊したんだよ…って、朝の基準が違うくないか?どうしたら朝方の4時にかけてくるんだよ!」


「だって、お父さんが今ロンドンに出張中なのよ。だから電話してたのー。今日バレンタインだから。」


「ロンドンにいるなら、あっちじゃバレンタインは明日だろ。」


「あら、お父さんはいつも日本時間でかけてくるわよ?」


「…あっそう…。で、俺が呼ばれたのもバレンタイン?」


「勿論よ!!家に帰ったらチョコレートあげますからね!あ、お義母さんもあるって言ってたわよ。」


「…おばあ様の…。」


「翼は食べてたわよ。」



…ドンマイ、翼…。

日曜なのに可哀想に…。

彼女と過ごす時間までには回復出来ればいいんだが…。




実家に着くと、待ちかねたかのように祖母が出迎えてくれた。

勿論、チョコレートを持って。



「はい、亨。バレンタインのチョコレートよ。」


「…ありがとうございます…。マンションに帰ってから食べますよ。」


「今食べなさい。今!」


「今ですか…?」



ひくっと口が引きつった。

遠く目の端に写ったのは、ソファーに撃沈している翼と祖父。隣には悲しそうな顔をした渡瀬も立っている。

見た目は普通の抹茶チョコのようだが…。

如何せん、デカイ。手のひらサイズだ。デカ過ぎる。


…食うしかないのか。

今この場で…。


目の前には、キラキラした目で俺を見ている祖母と、わかっているくせに面白そうな顔をした母、口元を覆って顔を背けているメイド達が…。



仕方ない。腹くくるか…。



「ほら、亨。食べなさい。」


「…いっ…いただきます…ふーっ…」



ぱくっ






――ブッ!!――







「きゃあ、亨、どうしたの!?」


「……こ……このチョコレ……」


「え?今年は頑張って、練乳と蜂蜜とメープルシロップとキビ砂糖を煮詰めて固めた後、ベルギーから取り寄せた99%カカオに浸して、さらに抹茶チョコレートとホワイトチョコレートでコーティングしたのよ?美味しいでしょう?」




…。



みなまで言うな。


わかってるから…。


そう言っている祖父の目と、我慢だ。我慢。という双子の兄、翼の空気。

バレンタインは毎年繰り返される遠藤家の悲劇だ。



結局、次の日まで続いた胸焼けと、原因不明の腹痛に悩まされた俺(と翼、祖父、渡瀬以下使用人)はもう二度と祖母の作ったチョコレートは食べたくないと心に刻んだのである。



父さん、わざとロンドンに出張したな。絶対…。

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