女子会
未来編のため、全員がカップリングしています。唯と亨、桜と秀人は勿論、美奈が誰と付き合っているか知りたくない方は、回避してくださいね。
「さー、ぱーっと女子会といきますか!」
ビールが並々と注がれたグラスを片手に声を張り上げたのは、昨今のモデル業界で次々と新人が出てくる中、並み居る若手や中堅達をその実力と美貌とで封殺している桐生美奈。至って本人の性格は竹を割ったようなさっぱりとした性格をしている。その人気と美貌を鼻にかけない性格も相まって、日本だけではなく、アジア圏に絶大な人気を誇っている。
美奈の父は、世界的ブランド『Dupont』の元看板デザイナーであり、現在は自身のブランドを立ち上げ、その中でも日本限定レーベル『カサブランカ』で圧倒的支持を得た、世界有数のデザイナーである桐生総一郎だ。また実兄である桐生秀人も、父と同じくデザイナーの道を選んだ。兄もまた新進気鋭の若手デザイナーとして、国内外から熱い期待を持って見られている。
「かんぱーい!…ぷっはー!!くーぅ、んまぁぁぁいっ!!」
一杯目のビールを一気に半分まで減らした彼女は、葛城桜。
桐生家のアイドルであり、絶対的庇護対象である義理の娘のアルバイト先の『アクア手芸店』の店長である。
彼女と桐生家の義理の娘との出会いは、数年前に遡る。当時桐生家に入ったばかりだった小さな彼女は、よく似た母親に連れられて桜の父が店主を勤める店に来店した。子供好きだった桜は、その子とあっという間に仲良くなり、母親が来店しない時でもちょくちょく遊びに来るようになった。
そんな中、桜が高校生の頃に彼女と一緒に店で遊んでいると、溺愛する義妹を迎えに来た兄が放った一言に桜の堪忍袋がぶっちんと音を立てて切れた。以来、兄とは犬猿の仲だった。
にも関わらず、あれよあれよと言う間に、気が付けば彼氏彼女の仲になっていた。桜にしては、未だに騙された風にしか思えないが、あの男はいけしゃあしゃあとこう言った。
「僕以外にお前に我慢出来る男なんて、絶っっ対にいないから。」
自信たっぷりに言った男にムカついて、その綺麗すぎる顔をグーで殴ったのは間違っていなかったはずだと信じている。
「いただきまーす。あ、これ美味しいなぁ。」
いたくのんびりとした口調で、美奈や桜がグビグビとビールを煽る中、ぱくぱくと料理に舌鼓をうつ彼女。グラスの中身はウーロン茶である。酒が飲めない?いやいや、彼女はまだ未成年なので飲めないのだ。母親は酒豪だったらしく、父や義父を酒のボトルの中に沈めたと後に語られた。故に、潜在的に酒豪の血を引いているのではないかと家族内では囁かれているが、未成年の為に未だ予想の域は出ないままである。
神崎唯。戸籍上は義父の姓である桐生なのだが、本人の希望と義父の力添えによって、学校内では実父である神崎の姓で通っている。
自他共に認める義理の家族全員からの溺愛っぷり、そして本人は無自覚なままのロリ系の可愛さは校内でも人気が高いのだが、生来のものなのか鈍感なので、告白をされてもそれを告白と思わないままに、今までの学生生活を過ごしてきた。本人曰わく、平凡らしいが、それを周囲は無言で否定しているのを彼女は知らない。
「女子会って言ってもさ、美奈さん、彼氏と喧嘩したって聞いたけど。その愚痴を言いたいんじゃないの?」
けらけらと笑い、桜が一杯目のビールを飲み干した。早々にピッチャーでビールを頼むと、美奈はそれを見ながらシーザーサラダに手を付けた。
「いやぁ、喧嘩っていうかー…」
「お姉ちゃん、喧嘩したの?」
「らしいよ。秀人が嬉々として喋ってたから。なんかね、最後の辺りには関節技かけて落として帰ったって言ってた。」
「…お姉ちゃん…。」
愛する義妹の可愛らしいくりくりした目が悲哀に染まったのを見るや否や、必死に否定し始めた美奈は、それまでの経緯を事細かく話し出した。
「仕事でキスシーンの撮影があったから、それを言わないでいて、いざそれが発売された雑誌で見たときに、一言あっても良かったんじゃないの?って言われたからー…。」
「で、喧嘩したの?そりゃあ美奈さんが悪いでしょー。」
反論出来ないのかむっつりと黙りこくった美奈を尻目に、唯はもぐもぐと食べ物を口に放り込む。現在は軟骨のから揚げを食べ、残り二つ三つしか無くなっている。
「なんか、想像付かない。怒ってるとこ。」
「あたしはよく会ったことないからわかんないけど、どんな感じの人なの?」
「うーん……いつも笑ってる感じ?あんまり怒る事ってないんですよね。」
「美奈さんってさ、前カレもそんな感じだったんでしょ?そーいうのがタイプなの?」
「いや、唯は騙されてる!あいつはスッゴいイヤな奴なのよ?イジワルばーっか!毎回あたしの方が泣かされてる!」
唯は美奈の彼氏を思い浮かべる。
イジワルと言っても、思い浮かばない。とは言え、美奈がこうまで言うのだから間違いではないのだろう。あの泣きボクロのある目はずっと優しいものだと思っていたが、これからは少し見方を変えた方がいいのかもしれない。
「あたしの事はいいわよ、桜はー?どうよ、お兄ちゃん。あたしが見たところによると、お兄ちゃんって相当桜にのめり込んでると思うんだけど。」
「あ、それ私も思ってた。」
姉妹合わせてうんうんと頷き合っているのを見て盛大に顔をしかめた桜は、美奈と二人で飲んだピッチャーのビールが残り少なくなっているのに気付き、次はウーロンハイを頼んだ。美奈は甘めのカシスオレンジだ。ついでに唯の飲み終わったウーロン茶をオレンジジュースに変えて、いくらか食べ物も追加で注文して、詳細を聞きたくてうずうずしている仲の良い姉妹に向き合った。
「言っちゃ悪いけど、あの男は、まー、俺様!!あたしの意見なんて聞こうともしないわ!!」
「お兄ちゃんが?」
「唯ちゃんさ、本当にあの男が義理の兄で嫌な事されてない?あたしからすれば、一事が万事ムカついてしょうがないんだけど!」
「あははははっ!!桜ってお兄ちゃんに振り回されてんの?」
「振り回されてるっていうか、あいつは俺様だからね。ていうか、亭主関白?ねぇ、美奈さん。秀人ってイタリア育ちよね?あれ、どっかの血入ってるんだっけ?イタリア人って女の人に優しいんじゃないの?」
「あ、あたし達フランスの血が入ってる。うーん、イタリア男はねー、女を愛でるのよねー。ラテンの男は情熱的よぉ。イタリア、スペイン、ポルトガル辺りは本当にいい男揃い。ま、その分女も情熱的だけどね。」
例の如く、焼きそばを頬張っている唯に構わずに女二人の熱いトークは進んでいく。
「大体さ、お兄ちゃんって恋愛音痴なのよねー。」
「どういう事?」
「今まで好きになった女っていないんじゃない?ねぇ、唯。」
「む(頬張りながら頷く)」
「マジで?」
「今までに付き合ってきたのだって、セックス目当てみたいなもんよ?」
「………サイテー…。」
ぼそりと低い声で自らの彼氏を罵った桜の目が座っているのに気付いた唯が、あわあわと必死にフォローする。
「でっ!でもね!!お兄ちゃんの彼女のポジションは桜さんが初めてだよ!」
「ああ、そうそう。お兄ちゃんって、絶対に特定の彼女作らなかったの。イタリアに居たときからそうだったわよ。」
「それに、日本に来た高校時代の頃の事を高橋さんに聞いたけど、そう変わらない異性関係だったって教えてくれたし!大体、お兄ちゃんって恋愛音痴だから、恋愛関係に持ち込むのって無かったと思う!だから、桜さんがお兄ちゃんの初めての彼女!!ね、良かったね、桜さん!!」
「…なんか微妙だけど…まぁいいや…。」
ぐいっとウーロンハイを飲み干した桜は、芋焼酎を注文し、それに乗じて美奈は日本酒を頼んだ。
唯はコーラを頼み、今度はお新香の盛り合わせをせっせと食べている。
それを見て桜はふっと笑んだ。
「唯ちゃん、よく食べるねぇ。」
「本当羨ましい…唯、体重何キロ?45キロとか無いでしょ?」
「えー…?………うん…だっ、だけど身長無いからね!!」
「かーっ!細っ!!」
「ねー!?細いよね、細いよね桜!にも関わらず、胸はあるのよ、どういう事?」
美奈にぐいっと唯の後ろに回り、そのあまりの素早さに驚いている矢先、胸が揉まれた。声にならない悲鳴を上げている唯をよそに、美奈の手は容赦なく揉みしだいて、桜はそれを感嘆の目で見ている。
一応個室の為に人の目に触れる事は無かったが、生憎店員が注文の品を持って来たところとかち合ってしまった。それが女の店員だったのであればまだ救いがあったものの、運悪く男の定員だったもので、胸揉み現場に遭遇した店員は顔を真っ赤にさせて狼狽えてしまい、挙句酒を零し、それを見た桜はゲラゲラ笑い、遂には唯の機嫌はみるみるうちに降下していった。
とは言っても、真っ赤な顔で涙目のまま睨みつけてくる義妹の可愛さに悶絶している美奈には通用しない。桜は酔った頭で、唯の彼氏の事を考えた。
「美奈さんさぁ、あんまり唯ちゃんにイタズラすると、唯ちゃんの彼氏に怒られ「あんな男が唯の彼氏だなんて、あたしはずぇっっったいに認めない!!!!!」
料理の空いた皿が浮き上がる程の強さでテーブルを叩いた美奈の目は、最早完全に座っている。
「あの男が…あんな男が唯の彼氏……何かの間違いに決まってる……。」
「み…美奈さん?」
『あんな腐れ○○○(ピー)の野郎…△△△(ピー)して★★★(ピー)のまま、×××(ピー)してやる…』
「美奈さん、イタリア語で罵らないでー!!」
「何で唯はあんな男がいいのよぉぉぉぉ!!!!!」
決して泣き上戸ではない美奈が、義妹の彼氏に対して大絶叫をした挙句、号泣している。
おいおい泣いて、愛する唯に抱きついたままの美奈は、忌まわしき男の声が聞こえるなりその涙が引っ込んでいた。
「美奈、どけ。唯に触るな。」
「先生、あれ?なんで?」
「迎えに来た。帰るぞ。」
『変態野郎、唯を渡すわけないだろーが!』
『はっ!悔しいだろうが、今日は連れて帰るからな。』
にやりと笑った唯の彼氏をイタリア語で罵った美奈は、あえなくスペイン語で返された。ギリギリと睨み合っている中、唯の身体に回っていた美奈の腕が外された。見ると兄、秀人がそこに立っていた。
「あれ、お兄ちゃん。」
「唯、酔っ払いの世話も大変だな。」
「んー、美味しいもの食べられたからいいや。あ、でも今最後のスイーツが…あ。来た来たー!」
「お前、まだ食うのか…。早く食えよ。…ほら、スプーン寄越せ。」
最後のスイーツであるトライフルを食べようとした唯からスプーンを取り上げた亨は、せっせと口に運び始めた。それを見た秀人と美奈の機嫌は損なわれ、確実にこの個室の空気が氷点下まで下がったのを感じていたのは、桜だけ。芋焼酎を飲みながら、こわー…と思っていると、秀人からその酒を取り上げられた。
「ちょっと!」
「帰るぞ、桜。お前、飲みすぎだ。」
「やだー!!まだ飲み足りない!ていうか、なんでここに唯ちゃんの彼氏さんだとか、あんたとかいるの?今日は女子会のはずなんだけど。」
「どうせこうなる事がわかってたからな。飲み潰れる前に迎えに来てやったんだぞ、有難く思え。」
「うっせー!!あたしはもっと飲むんだー!!グラス返せー!!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ兄とその彼女の動向を見守りつつ、相変わらず美奈の目線は、愛する義妹を盗んだ憎き男を睨んでいる。そんな義姉の視線に気付いているものの、亨が次から次へとトライフルを放り込むので、口を動かすことしか出来ない。亨は亨で、気にする風体もなくスプーンを彼女の口に運んでいる。
「むかつく…。」
「美奈、お前悠生と喧嘩したんだろ。あいつに連絡取ってやれよ。」
「なんであんたにそんな事言われなきゃいけないのよ…。ていうか、唯に触るなー!汚れるー!!」
「失礼だな。つーか、悠生外にいるけどな。行ってやれよ。な、唯。」
うんうんと頷く唯の頭を撫でて、美奈を見る。日本酒をぐいっと煽った美奈は、相変わらず座った目で亨を睨んだ。
「あたしが悪いの!?だって仕事なんだからしょうがないじゃない!ねぇ、お兄ちゃん!!」
「は?僕?」
「お兄ちゃんだって、昔仕事だって称してキスシーンあったじゃない!!」
「…美奈さん、それマジ?」
「マジよ、マジ。お兄ちゃんのレーベルのカタログに載ってたワンショットの…むぐぅっ!!」
「美奈、お前は喋るな!!いてっ!桜、殴るなよ!!」
「聞いてないぞ!!このバカ秀人!!」
随分と賑やかになった個室内。そろそろお店の迷惑になるのではないかと思い始めた時、亨が唯を促して店を出た。外で待っていた悠生に中に入れと言って、唯と一緒にさっさとその場を後にした。
後日、亨が悠生から聞いた話では、愛しの義妹が消えた事に激昂した秀人と美奈が大暴れし、イタリア語で暴言が飛び交ったらしい。そして、各カップルのパートナーに連れられて帰った後、正座をして説教されたとの事だった。
【唯&亨】
「女子会って結局、みんなの彼氏の愚痴り場?」
「…違うと思うが、お前はもう行くなよ。悪い大人の見本だからな。」
「えー、美味しいご飯タダで食べれるのにー。」
「………」
可愛く、むぅーと口を尖らせた唯を見て、亨は遠い目をした。
【桜&秀人】
「それで?」
「だから仕事だって言っただろう。大体、唇に触れてないし。」
「今度美奈さんに聞くからいいや。」
「桜、悪いが店出禁になったらしいぞ…。」
「それはあんたと美奈さんのせいでしょーがっ!!こんのシスコン男!!」
「なんだとー!?」
そしていつもの如く、ケンカップルらしい怒号が飛び交った。
【美奈&悠生】
「仕事って言ってもさ、俺に一言あってもよかったよね。それに、美奈さんと秀人さんのせいで、店が出入り禁止になったんだよ。それわかってる?」
「…わかってるわよぅ…」
「いーや、美奈さんは全っ然わかってない!あの店にいた俺と、秀人さんの彼女も出禁になったんだよ。あの店に顔出せるのって、神崎ちゃんと亨さんだけじゃん!!」
「あのロリコン男が唯を人目のある場所に連れて行くわけないじゃない!!それに、仕事だって言っても、あたしは何の感情も入ってなかったんだから、お咎め無しでしょー!!」
「…ふぅん…反省無しか…。美奈さん、明日仕事は?」
「ゆ…悠くん?顔が怖いよ…?」
「休み?」
「や…休みだけど…。何か薄ら寒い気がするのは気のせいよね?」
「反省の言葉が聞けるまで、お仕置き。明日が休みで良かったね。」
にっこりと笑った悠生の目がメタルフレームの中で、全く笑っていなかった事に身震いした美奈だった。
美奈の彼氏は早乙女先生でした。
本編でまだ知り合ってもいないのに、二人が何故付き合うことになったのかはもう少し待って下さいね。