異世界の神を蹴り飛ばして手に入れたもの
暑い中、僕はペダルを回転させる。
目指すは家、自分の部屋。
『じゃあ、これで終わりだから』
『ありがとうっ』
2026年7月30日、1つの長編が終わった。
あの子が小学2年生の7月30日からノートに書いていた、作品。
高3の7月30日、それは完結をした。
早く最後を知りたい、ワクワクしながら足で回転させ、家へ向かう。
ワクワクによる不注意、だったんだろう。
「あーれー」
大きくて重そうな車、トラックに突っ込まれてしまい、僕は前方へ勢いよく飛んだ。
死ぬわ、コレ。
「おめでとうございます、あなたは異世界の神に選ばれました」
「だが断る」
「即答。もう少し考えましょうよ、折角神に選ばれたんですよ?」
「あの超大作の最後を知ることができなかった。それがどれほど悲しいか、わかるか?」
「その超大作の存在すら分からないのですが」
長い銀髪を揺らし、神(多分)の少女は困ったような表情をする。
可愛らしい神だとは思う。髪は綺麗だし、顔もタイプだ。
だからお願いを聞く、とはならないが。
「その超大作? の世界に変えたらどうですか? 神なんだから。何でもできますよ、神だし」
「あんな世界はゴメンだね」
「好きか嫌いか分からないんですけど」
「テンプレの異世界系、KADOKAWAに送ったらくたばれってすぐに返信される、酷い作品だよ」
「嫌いでよくないですか?」
「あの子が書いたから意味があるんだよ。分かってよ、小学2年生から高3まで、毎月ずっとそんな酷い作品を書いていたんだよ? 可愛いじゃないかっ」
「はあ」
「僕は中学生から一緒で、初めての読者なんだよ。つまり小学生の頃はって考えてみなよ、みじめで可愛らしいじゃん」
「みじめって言っちゃった」
何もない、真っ白な空間。
その床を拳で殴る、何回も何回も。血が出てもおかしくないくらいの勢いで。
最後を見ることができなかった、という悔しさ。
正直、酷い作品だった。テンプレ異世界系、よくいる主人公、よくある展開。
だからこそ、愛着がわいた。それを書くあの子にも、その作品にも。
なのに最後を読めない? これはひどい。
「落ち着きました?」
「僕を帰して下さい、異世界の神とかマジどうでもいいです」
「まあ、いいですけどね。次の死者を神にすればいいし」
「やったぜ」
「最後に聞きますけど、本当にいいのですね? 異世界の神にならなくて。結構人気ですよ? 異世界の神」
僕は笑顔で返してやった。
「あの子が、待ってるから」
「はい。
じゃあ、紙出すんで、書いてもらってよろしいですか?」
「そこはすぐに帰せよ」
「あ、戻ってきた」
「よかった、何か生き返った。葬式の人に言わないと」
「そこまで進んでたの?」
「死んだって確信してたんだよ? 生き返ってよかったよ」
「確信は酷くない? 少しは泣いてよ、死んでたんだろ? 僕」
「よかったよかった」
頭を撫でてくる少女。
短い髪、可愛らしい顔。
本当に生き返ったんだ、てか本当に死んでたんだ、色々ビックリする。
「そうだ、最後、ノートある?」
「ノート?」
「最後を知りたいんだよ、君の作品の」
「ああ、あれね。あるよ、血で真っ赤っ赤だけど。読むの? 書き直そうか?」
「いや、僕はアレが読みたいんだ」
「ありがとう、一応読めると思うから、出すね」
「わあ、本当に真っ赤」
そして、僕は読む。
可愛い女神の誘いを断り、手に入れたもの。
テンプレの異世界系、賞に出したら鼻くそをつけられそうな、だけど僕にとっては可愛らしい作品。
緊張しながら目を通す。こんなドキドキは18年の人生で初めてだ。高校受験は余裕だったし。
意外、それはたった一言。
『だけど、それは全部主人公が眠ってるときに見ていた夢でした。終わり』
…。
僕は黙って病室の天井に顔を向ける。
夢オチ、かぁ…。
「意外なオチでビックリでしょ?」
むふふ、と笑顔で見てくる。
「もう1回死んでみようかな、僕」
最後まで見ていただき、ありがとうございました!




